第14話_共喰い

 生徒会長の木下が言った「大丈夫よ。私のアニマを分けてあげるからね」と言う言葉に、副生徒会長の世良が「会長、それ以上は……」と慌てた。

 「いいの、いいの。私はどうせ戦えないんだから」と木下は笑った。

 「伊藤君、見て」と木下は、手のひらを上に向けて制止させた。その手のひらの宙に柔らかい光が集まってくるのが見える。集まった光は複数の球を形成し、球同士が細い線で不規則に連結された物体となり、ふわふわと浮いていた。

涼介は科学の教科書で見た、原子が結合している図に似ていると思った。


 「これが私のアニマ……名前は『デコピン』」



 ネーミングは最悪だ。

 涼介はふと視線を感じ、世良の方を見た。世良はすぐに顔を横に向けた。初めて世良と共通点を見つけたような気がした。



 「アニマってね。みんな形が違っていて、できることが違うの」と木下はデコピンと呼ばれた自身のアニマを眺めていた。木下は言葉を続けた。

 「アニマにアタリ、ハズレっていうのがあるのかどうかはわからないけど、少なくとも自分に合っている能力かどうかはあると思っているんだよね。私の場合はハズレだった。ちなみに、このデコピンは……」


 デコピンがゆっくりと砂の子犬に近寄っていく。砂の子犬はデコピンに対しても嬉しそうに尻尾を振っていた。


 木下が「ごめんね」というと、砂の子犬の頭部が少し弾けた。

 霧散した砂は、すぐに尻尾を振っている子犬の所に集まり、破損していた頭部がすぐに元通りに形成された。何事もなかったように砂の子犬はデコピンに対して尻尾を振っている。


 デコピンが木下のもとに戻っていく。その様子を見ながら木下は、言った。

 「デコピンの能力は『弾く』こと。だからデコピンって名付けたの。でも、これだけなの」

 木下は笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 「アニマには、人間にはできない何かができるということと、そのアニマを使役する人の資質によって、その強さが決まるみたいなの。私の場合、デコピンの能力である『弾く』ということ。ただし、このワンチャンの頭部を少し弾くくらい非力。だけど、私に資質があるってことなのかもしれないんだけど、アニマを容量……体力、持久力みたいなものは膨大なの。やろうと思えば、余裕で1日以上顕現しつづけることができると思うわ」


 涼介はデコピンを見た。デコピンは木下の顔付近でふわふわと漂いながら、木下の話を真剣に聞いているように見えた。


 「アニマは、他のアニマを捕食してその力を吸収する。自分自身の力を強くしたり、相手のアニマの能力を奪ったりするみたいなの。なんで食べたら強くなるのか。その原理やルールはよく分からない。だけど……だったら生徒会メンバーに、あまり強くないけど、容量が膨大なデコピンのほとんど食べてもらえれば、みんなそれぞれが強くなるって思ったのよ」

 木下は「デコピンには悪いけど、生徒会メンバー全員にデコピンのほとんどを分けて食べてもらったわ」と笑った。


 「え?なんでですか?」

 涼介は目を丸くした。木下は穏やかな声で答える。


 「だって、デコピン弱いもの。デコピンはかわいいだけだから」



 ……かわいいか?

 涼介は首を傾げ、世良の方を見た。

 世良はすでに横を向いていた。



 「コロッセオは最後の1人、優勝者が決まるまで終わらない。コロッセオを戦い抜くためにアニマが存在するのだけど、弱いアニマでは勝てない。先が見えているわ。ましてや、前回の覇者ラスボスがいるのよ。絶望しかないじゃない。だけど、今回はバトルロイヤル。だから、膨大な私の力を皆に分けて、みんなのアニマを強くした方が生存確率上がると思わない?」

 木下は笑う。

 「力はほとんどなくなって、戦うという面では役立たずになっちゃったけど、僭越ながら生徒会長としての役割は全うするつもり。戦えない代わりに、私はこのくだらないコロッセオを壊す算段を立てている。優勝じゃなくて、壊すの。まだ、計画は完璧なものではないけど、やるべきことはもうわかっている。だから、どんな手を使ってでも、そこまでたどり着いてコロッセオを壊さないといけない。だって、壊さないと最後の1人になるまで戦い続けないといけないからね」


 デコピンが、再びゆっくりと砂の子犬の方に近づいていく。


 「伊藤君だって、好きでこのコロッセオに参加したわけではないよね。それに、もし最後に残ったのが伊藤君と星太君だったとき、伊藤君は星太君を食べることができる?私ならできないわ」


 デコピンが砂の子犬の前で動きを止めた。


 「伊藤君。残り少ないからあまり上げられないけど、私のアニマを食べて欲しい」

 砂の子犬の前で、デコピンが半分に分裂した。小さくなったデコピンが2体。そのうち1体が砂の子犬の足元にぼとりと落ちた。残りの1体は、木下の方へ戻っていった。

 「さあ、どうぞ。もしかすると子犬から中型犬くらいにはなるかも」と木下は笑った。



 ……いきなり、喰えって言われても。



 涼介は周りを見渡す。生徒会メンバーのほとんどがこっちを見ていた。星太と目があった。星太は軽く頷いた。

 砂の子犬は足元に落ちているデコピンを嗅いでいた。その砂の子犬に涼介は「いいよ」と言った。

 砂の子犬は、落ちているデコピンに咬みつき、おいしそうに食べ始めた。


 砂の子犬が飲み込むのと連動して、涼介の胃の中に何かが溜まってくるような感覚があった。

 その胃の中に入ってくるのと同時に、よく分からない映像と音が頭の中で高速で早送りされていく。

 気持ち悪い。強制的に流れてくる映像と音に酔いそうになる。胃も受け付けない。奥の方からこみあげてくるものがある。


 木下が慌てて声をかける。


 「伊藤君。気持ち悪いのを我慢しなくてもいいけど……それはアニマの捕食に干渉を受けているだけなの。実際は何も食べてないよ。だから、気を確かに」

 その後、すぐに木下は言葉を追加する。

 「やっぱり、吐かないでね。あとで掃除が大変だから」と笑った。



 最悪だ……




<登場人物>


■崎山高校

・伊藤涼介(砂の子犬):高校1年生。久原道場の元門下生

・古賀星太:高校1年生。生徒会所属。涼介の幼馴染。久原道場門下生

・高山明:高校1年生。同級生。思い出作りに燃える。

・長谷川蒼梧:高校1年生。同級生。美形。


・桜井千沙:高校1年生。同級生

・笹倉亜美:高校1年生。同級生

・小森玲奈:高校1年生

・池下美咲:高校1年生


・木下舞(デコピン):高校3年生。生徒会会長。学校内の人気絶大。

・世良数馬:高校3年生。生徒会副会長

・久原貴斗:高校3年生。生徒会議長。武闘派。久原道場師範代。

・上田琴音:高校3年生。生徒会総務

・美馬:生徒会2年生。生徒会会計

・和久井乃亜:生徒会2年生。生徒会監査



■株式会社神楽カンパニー

・神楽重吉:神楽カンパニー代表取締役会長

・白い仮面の男:スカウトマン・プロ―トス

・石田:スカウトマン・ヘクトス

・北上慶次:スカウトマン・エナトス、ラスボス


■不明

・水野:日本刀を持つ女

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る