第3話_7月12日放課後の画策

 7月12日金曜日、今日のすべての授業が終わった。

 涼介は帰る準備をしていたところ、呼ばれたのでそちらに顔を向けた。

 同級生の高山明。崎山高校に入学した後、席が近いこともあり、話しかけられてそのまま仲良くなった1人。涼介は、幼馴染の星太と明の3人で一緒にいることが多かった。

 その明が、笑みをこらえきれないといった微妙な顔で近づいてきた。が、涼介はその表情だけで察した。

 「来るんだろ?」

 涼介は片方だけ口角を上げ「愚門だな……当然行くさ」と返事をした。

 「ああ、さすがは涼介。いい面構えだ。なにか覚悟を感じるよ」

 明も片方だけ口角を上げ、にやりと笑う。

 先週末、明の家で見た古い任侠映画。明がハマっており、半ば強引に涼介はその映画を見せられた。内容は全く好みではなかったが、その主人公が片方だけ口角を上げてしゃべる姿にハマってしまった。涼介はことあるごとに、そのまねをしていた。

 涼介がして、明が返す。今週限定のマイブームってヤツだ。当然、明以外の前でやっても、この良さがわかってもらえるわけがないし、伝わらない。

 明は口角を戻して、ただの笑顔に戻った。

 「で、涼介。本当に大丈夫なんだよな?来月の4日」

 「ああ、大丈夫、大丈夫。俺、やることないから」


 ここ崎山市では、毎年夏祭りが2つ開催される。

 1つは、崎山市主催の夏祭りが毎年8月13日、14日、15日の3日間行われる。それとは別で、同市にある公園、神尾公園主宰の夏祭りが毎年8月第1日曜日に開催される。

 神尾公園の祭りは、市主催のものに比べると小規模ではあるが、県外客は少ないため、地元の人間は参加しやすい。それに学生からするとアクセスがしやすい場所にあるため、一花咲かせようとする中高生が集まる祭りで有名である。

 涼介の友人、明がその「一花」の画策を進めているのである。


 涼介は「それにしても、女子が……俺らみたいなのと遊んでくれるのか?」と明に言った。

 明の表情には、ただならぬ自信にあふれていた。

 「蒼梧をスカウトした」

 長谷川蒼梧。同じクラスの男。クラスで……いや、学年でぶっちぎりで美形の男である。噂では、今年のクリスマスどころか、来年のバレンタインまで予定が入っていると噂されるほど、女子からモテている。女子にモテる男は、男子に嫌われないとバランスが取れないと涼介は常々思っているのに、男子からの信頼も厚い男である。なぜか高山と仲がいい。

 「でも、それってみんな蒼梧目的なんじゃないの?」

 「かもしれない。だけど、ワンチャンあるかもしれない。いいか、涼介。宝くじは買わないと当たらないんだぜ」

 明はそう言いながら、茶髪をかき上げた。

 「で、その宝くじってどんな感じ?」

 涼介の言葉を聞き、明はニヤニヤしながら、涼介の隣に肩がくっつくほど接近してきた。

 「涼介さん。任してください、任してください。涼介さんのための人選ですよ」

 「え?」

 「小森玲奈、池下美咲、笹倉亜美、そして……桜井千沙」

 涼介の胸が大きく波打った。

 たぶん、顔に出てしまったのだろう。明のニヤニヤがとまらない。

 「涼介さんのお気に入りの桜井さんも呼んでおります」

 「お……おう」と涼介は声がうわずった。

 桜井千沙。同級生。入学して約3か月だが、まだ、会話をしたことがなかった。涼介にとって人生初の一目惚れ。話かけるチャンスが全くなかったわけではないが、いざ話しかけようとすると、身体が固まる。あがってしまう。

 「あ、涼介さん、涼介さん。笹倉亜美さんはダメですよ。あの子は俺のお気に入りなので」

 「わかっているよ」

 狙ったような人選。これを実現した明……というか、蒼梧だな。蒼梧の男としての実力を感じずにはいられなかった。


 ふと気づく。

 「女子4人だけど、明に蒼梧、俺の3人だけど、あと1人は?」

 明は腕を組み「星太は?」と言った。

 「彼女はいないはずだけど……こういうの来るのかな?」

 涼介の中の星太は、女子と遊ぶ……いや、それ以前に誰が好きとか、どんな子が好みなどという話すをするイメージすらない。

 明は頷く。その表情に躊躇はない。

 「じゃあ、決定ね。高校1年生の男子が断るわけがない。星太を誘ってみるわ。星太は?」

 「生徒会かな」

 「ってことは生徒会室だな。ちょっと、声をかけてくるわ」

 そう言って、明は教室を出ていった。


 しばらく待っていたが、明が帰ってくる気配がない。

 「帰ろ……帰りますよ」

 誰に伝えようとするわけでもなく、涼介はそう言いながら席を立った。

 学校から少し離れた行きつけのコンビニに立ち寄り、漫画や雑誌をチェックする。今日は新しい本は出ていなかった。

 立ち読みもそこそこに、アイスを購入しコンビニを出た。


 アイスの袋を開けたところで、後ろから「伊藤涼介君だね」と声をかけられた。

 振り返るとタキシード姿の中年の男が立っていた。中肉中背で丸顔。黒髪はきっちりと七三に分けられていた。例えるならば、大型のゴキブリのようなシルエット。どう見ても、不自然で怪しい男。


 「伊藤涼介君だよね?」

 「いえ、違います」

 涼介は、軽く頭を下げて去ろうとしたが、追いかけてきて肩を軽くつかまれる。タキシードの中年男は、ちょっと追いかけてきただけなのに思いっきり息切れしていた。

 「へ……返事、早くない?ちょっとは悩もうよ。もしかすると昔の知り合いかもしれないじゃない?」

 「だから、違いますし、おじさんのことも知らないです」

 「いやいや。でも間違いない。伊藤君だ。お久しぶり」


 久しぶり?こんなオッサンに知り合いはいない。


 涼介の様子を察したのか、タキシードの中年男は「じゃあ、初めましてにしよっか?」と笑みを浮かべた。

 胡散臭い。絵にかいたような怪しさ。

 「あ、ごめんなさい。学校の先生に、知らないおじさんに声をかけられたときは無視するようにって言われているから」

 「まあまあ、そう固いこと言わずに……」

 タキシードの男が笑みを浮かべた瞬間、後ろから、何かの布のようなもので口元を押さえられた。薬品臭いがする。

 そのまま、涼介は意識を失った。




<登場人物>


■崎山高校

・伊藤涼介:高校1年生。久原道場の元門下生

・古賀星太:高校1年生。生徒会所属。涼介の幼馴染。久原道場門下生

・高山明:高校1年生。同級生。思い出作りに燃える。

・長谷川蒼梧:高校1年生。同級生。ぶっちぎりの美形。明と仲が良い


・桜井千沙:高校1年生。同級生

・笹倉亜美:高校1年生。同級生

・小森玲奈:高校1年生

・池下美咲:高校1年生


・久原貴斗:高校3年生。生徒会議長。武闘派。久原道場師範代。


■株式会社神楽カンパニー

・神楽重吉:神楽カンパニー代表取締役会長


■不明

・タキシード中年男:不明

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