第2話_消える右回し蹴り

 伊藤涼介は廊下を通り抜け、別棟へと続く通路を駆けた。校舎の離れにある音楽室へと向かった。

 幼馴染の古賀星太が3年3人に連れていかれたと聞いた。不良っぽいということを聞いて、放ってはおけなかった。その不良っぽい男の1人が「久原1人を音楽室へ連れて来い」と怒鳴って去っていったらしい。

 その一言で涼介は、何がしたいのか想像がついた。


 3年、久原貴斗。生徒会議長を担当している。議長とは名ばかりで、正義感が強いうえに武闘派。タチが悪い。学内の不良たちにとっては鬱陶しい存在。目をつけられているという噂を聞いたことがある。だが、ケンカを売られようが誰にも負けなかった。

 久原家は道場を開いていた。有名な道場ではないが、実践的な久原流の武術を教えており、久原貴斗も当然、武術を会得している。聞いた話によると12歳で師範代になったらしい。バケモノだ。

 そんなバケモノにやられたのだろう。報復のために、同じ生徒会1年の星太を連れていったようだ。


 3年のどんなヤツがつれていったのかわからないが、そいつらは知らないのだろう。星太は久原流2段。有段者だ。久原の弟弟子だ。だが、星太は絶対に手は出さないだろう。優しい。優しすぎるヤツだ。

 涼介は、星太が抵抗していることを願いつつ、音楽室の入り口の前で足を止めた。中の様子はわからない。だが、行くしかない。

 音楽室の扉をそっと開いた。


 「しつれいしまーす」

 中にいた3年の目線がこちらに向いた。

 「誰だ?お前」と、3年の1人が低い声で威嚇してきた。

 涼介は、素早く音楽室内を見回した。3年生と思われる5人。うち2人が星太の両脇に立ち、星太は床に座らされていた。

 涼介は星太の方に視線を向ける。

 星太は両脇にいる2人に気付かれないように、軽く手を挙げた。


……こいつ、絶対になんとも思ってない。

 あいつ、ちょっと笑ってねぇか?


 「あ、コイツ、1年だぜ。この生徒会のヤツといつも一緒にいるやつだぜ」


 あ、よくご存じで……


 「なんだ?助けに来たのか?」

 3年の1人が近づいてくる。

 「久原を呼んで来いって言ったよな?まあ、いいか。久原が来る前にやっとくか?」

 そう言って、近づいてきた1人がシャドーボクシングのような動きを見せ、拳をこちらに向けて何度も突き出してきた。

 「いいぜ。かかって来いよ、1年」


 では、遠慮なく……


 涼介は目の前の3年のがら空きの腹部に向って、思いっきり右回し蹴りを入れた。振り抜くよう思いっきり。

 シャドーボクシングの3年が吹き飛び、音楽室に並べられている机にぶつかった。その勢いで、机といすのいくつが、派手な音を立てて倒れた。


 涼介も星太に誘われて、中学3年までは久原道場に通っていた。ちなみに、涼介は1級。正直、星太に歯が立たない。


 黙ってて、ごめんね……


 吹き飛んだ3年生に心の中で謝った。

 一瞬、時が止まったように静かになったが、すぐに「やんのかぁ、コラァ」と大声をあげた。

 星太を押さえていた2人が殴りかかってきた。

 涼介は、1人目の拳をかわし、2人目の男を殴った。一撃必殺とはいかなかったが、殴られた勢いで体勢を崩していた。その隙に、1人目の姿を確認し腹部に膝を入れた。そのまま、床に崩れ落ちた。

 2人目も、再度、殴りかかってきたがそれをかわし、腹部に拳を入れたところで、2人目も床に崩れた。

 崩れたのを確認した瞬間、視界が揺れた。

 顔を殴られた。いつの間にか、不良の1人が距離を詰めてきていたのだ。

 涼介は視線をすぐにそちらに向けた。が、2発目の拳をひいており、そのまま拳が飛んできた。顔を殴られた。

 すぐに3発目の拳が装填されていた。さすがに3発もはいらない。涼介は両腕で顔を隠すようにガードをし、3発目はまともに受けることはなかった。

 その時、背中の方で勢いよく扉が開く音がした。

 「何をしている」


 知っている声。久原さんの声だ。


 3年2人は涼介を通り過ぎて、久原に襲いかかった。

 が、『秒殺』という言葉がふさわしい。それぞれの攻撃を軽くかわし、1人目を殴り、2人目を殴り、こちらに向かって右足が……


 涼介は音楽室の天井を見ていた。

 「涼介、大丈夫?」

 星太が、覗き込んできた。

 涼介は体を起こした。首が痛い。ゆっくりと首を回しながら「何が起こった?」と星太に聞いた。

 「右回し蹴りだよ。見えなかった?」

 「そ……そんなわけない」

 「見えなかったんだねぇ。久原君の回し蹴り、めっちゃ早いもん」

 星太が笑っていた。右回し蹴りと言った星太。星太には見えるんだろうよ。

 涼介は、ため息をつきながら音楽室を見渡した。あの不良5人はいなかった。が、久原の姿はまだあった。


 久原がそばに立ち、見下ろすような位置関係となった。

 「久原さん、蹴ることないじゃん」

 涼介の言葉に久原は「お前も悪い」と即答した。

 「え?俺も悪いの?」

 「当然だ。うちの道場を辞めたとはいえ、うちの武術をケンカに使ったことが許せん」

 この後、涼介は30分ほど久原の説教を受けることになった。


 放課後。

 「顔、腫れたね」

 「星太は、傷ひとつないよね」と涼介は嫌味を言った。

 だが、星太は嫌味に気付くことなく「そうだねぇ」と笑った。

 連れていかれた星太本人は、全くの無傷。助けに行った涼介は、もう1人の格闘バカ助っ人に回し蹴りを喰らって負傷するという結果となった。まあ、今となってはどうでもいいことだ。

 「今日、どうする?」

 「今日も生徒会で打ち合わせがあるんだ」と星太は返事をした。


 引っ込み思案でおとなしい星太が生徒に入ったと聞いたときは、さすがに驚いた。

 以前、星太になんで生徒会に入ったかを聞いたこともあるが「いや、誘われたから……つい」とだけしか、回答をもらえてなかった。

 まあ、幼馴染とはいえ、ずっと一緒にいるわけじゃあないんだから、何しようが勝手だけど……


 涼介は「そっか。じゃあ、帰るわ」と言って立ち上がった。

 涼介は特に部活に入っているわけでもないので、学校のスケジュールが終わると、さっさと帰ることにしていた。

 「それじゃあ」と星太に声をかけ、教室を後にした。


 ここから涼介にとって大切なルーティンが始まる。

 まず、学校から少し離れたコンビニに立ち寄り、漫画や雑誌をチェックする。いわゆる、立ち読みだ。

 その感謝の気持ちを込めて、かならずアイスを購入し、食べながら帰る。

 これが、涼介のルーティン。


 自身のルーティンを守るべく、コンビニに入り、雑誌をチェック。

特に新しく出ている本もなかったので、すぐに本を戻し、アイスを購入した。今日は、バニラアイスにチョコレートがコーティングされたものを選び、それを食べながらコンビニを出た。


 「初夏のアイス。甘くて冷たいなんて、なんて罪な食べ物なんだ」


 涼介は、誰にも聞こえないくらいの声で、そのすばらしさに感嘆の声を漏らしていた。



 その涼介の様子をビルの上から見るタキシード姿の中年の男。

 「さあ、始めましょうか……いいよね?」

 そのタキシード姿の男は、首元の蝶ネクタイを正し、踵を返した。




<登場人物>


■崎山高校

・伊藤涼介:高校1年生。久原道場の元門下生

・古賀星太:高校1年生。生徒会所属。涼介の幼馴染。久原道場門下生

・久原貴斗:高校3年生。生徒会議長。武闘派。久原道場師範代。


■株式会社神楽カンパニー

・神楽重吉:神楽カンパニー代表取締役会長


■不明

・タキシード中年男:不明

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