私には小説を書けない理由

森下 巻々

第1説 「小説」は誰にでも書ける

「小説」は誰にでも書ける、と筆者は考える。

おそらく、近代小説という概念には、どんな文章をも呑み込んでしまう性質があるのだろうと思うからである。

その概念には「量が質に転化する」という言葉も関係しているとも思う。例えばペットボトル飲料にある原材料名の表記だって、或る文量を備えて、或る体裁で示せば「小説」に見えてくるはずである。

架空の(体験した事実を少し変える等した)日記や手紙なら、誰にでも書きやすいのではないか。これらを書き、小説というカテゴリで文書をカクヨムに投稿すれば、小説作品ということになると思う。小学校で書いた作文のようなもので構わないのである。

「小説」は誰にでも書ける。それにも、かかわらず、私には小説が書けない。

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