第21話 窓辺に映る二人の影

 いや、どこかのAVやん。こんなの。


「今日のご飯もとても美味しいよ」


「ありがとう。優君も今日一日ありがとう」


 目の前で肩を寄せ合って夕食を食べる夫婦、の婦の方は俺の元友人だ。年齢差25歳。ありえないだろう。そんな景色を自分の前に並べられてさ。


「俺、ちょっと煙草吸ってくる」


「裕司、せっかく作ってくれてるのにまだ半分しか食べてないだろう」


「後で食べる」


 そう言って、さっさと庭に退散する。家を買って、俺を産んで、俺が14歳の頃に病気で亡くなった母。父はそれから男で一つで、家事や料理に奮闘して、俺を大学まで出してくれた。そんな父を尊敬していた。社会人になっても家にしばらくいて、お金を家に入れて楽させてやりたいと思う程度には。


「実はな、結婚したいと思っているんだ」


 社会人になってすぐの春、父はそう言って、俺の大学の友人だった飯田由紀子を連れてきた時の衝撃は今でも忘れられない。


 大学に近い自分の家にサークルのメンバーがよく集まっていた。飯田由紀子もそのうちの一人だった。気さくで、気の置けない彼女の下にこんな甘ったるい女の顔があったなんて、俺はちっとも気づけずにいた。結婚すると報告するその時まで、それを一切俺に気づかせなかったのは父たちの配慮に他ならないだろうが、それでも衝撃なものは衝撃なのだから仕方ない。


 外は蒸し暑くて、赤い火に煙がまとわりつくような重さがあった。


「私、優君のことを絶対に幸せにするから」


 父のことを優君と呼ぶ、そんな友人の姿に俺の感情はいまだに整理がついていない。窓辺には寄り添う二人の影が映っている。その影に自分がなりたかったのか、と言われるとそこまでではない。


 ただまあ、少し甘い期待もあった。飯田由紀子が自分の部屋で「私もこの小説好きなの」「私もこの曲、よく聞いたな」と言うたびに。彼女の短い髪に自分の指を差し込む幻想を抱いたことがないわけじゃなかった。


 黒い影は甘くて、それはもう自分が間に入る余地がまるでないように思えた。一度、彼女が言ったことがある。


「せっかく家族になれたんだから、一度川の字で寝てみない?」


 何をバカな、と思った。自分はもう24歳で、川の字は家族の象徴になんてならない。せいぜい、若い女を取り合う二人の男の図だ。それに川の字は、母との、思い出なわけで。


 影から楽しそうな笑い声が漏れ出てくる。早く家を出ていかないといけないな。煙を吐き捨てる空は薄くグレーだった。

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