6. 僕とコンカフェに行かないか

「ぼ、僕と、コンカフェに行ってくれない?」


 僕がそう言ったのは、夢魔と遭遇してから一週間後のことだ。


 黒はソファに座り『伝承と怪異』を読んでいたところ、ふと顔を上げて『なに言ってんだコイツ』という目をした。


 それから黒はまた本を読みはじめた。見事なスルー。


「ちがうんだ。コンカフェに、夢魔がいるかもしれないんだよ……」

「なに? あー、コンカフェって、あの、メイド喫茶とか、そういうやつだろ? コンセプトカフェ、だっけ」

「うん。そうだけど。その中でも、モンスターの女の子が接客するってコンセプトの。そういうお店が、あるんだよ。そこに、夢魔がいるかもしれない……」


 黒は本をテーブルに伏せた。


「夢魔が? コスプレってことだろ」

「ちがうよ。本物が」

「ちょっと待てよ。意味がわからねえよ」


 そうして、僕は語りはじめた。



 夢魔と遭遇した翌日、僕は桂木さんと再び話をして、心当たりを聞いた。変わった場所に行かなかったか。なにか女性と接点がなかったか。すると、マッチングアプリの話や、飲み会の話や、付き合いでキャバクラに行った話を聞いた。それに、同僚に誘われて、コンカフェに行きはじめた、ということも。


 僕はしらみつぶしにそれらの店を回った。その中で、そのコンカフェ『ナイトティアーズ』の店頭に行ったとき、夢魔の気配を感じとった。あの、桂木さんの部屋で出会ったあいつと似た気配を……。


「そんなに、夢魔は悠長なのか?」


 と、黒は言った。


「どういうこと?」

「ああ。だいたい、夢魔――サキュバスみたいなやつらは、獲物を見つけたら、すぐにでも精気を吸い取っちまうもんだと思う。そうだろ?」

「うん。そうかもね」

「翠、おまえの話だと、あの日の夜も、やつはたいしたことをしてない。桂木さんの顔に触っていただけ、だろ?」

「たぶんね」

「今までも、そんな感じだったんだろ? なにをしようとしてるんだろうな……」

「だから、それをたしかめるんだ」



 夕方、僕は黒と一緒に電車に乗って、『ナイトティアーズ』に向かった。


 黒と出かけると、人々の視線を感じる。通りがかる人々はちらちらと黒を盗み見て、ときに見とれた。――特に女性がそうなった。


 黒はその日、薄手の紺色のパンツに、白いポロシャツを着て、胸元にサングラスを引っかけていた。その立ち姿と端正な顔立ちを、道ゆく人々に惜しみなく披露した。


 それに引き換え、斜め後ろを歩くのは、謎のウェストポーチを腰に付けた冴えない高校生。――僕は付き人のように黒を追いかけ、縮こまっていた。


 人々が黒に見とれるのは妬ましいが、同時に誇らしくもあった。


 僕は黒のひどい低血圧と寝癖を知っている。動物好きなことを知っている。そう、他の誰よりも黒を知っている。


 なにより僕らは『鬼梏村』を出た退魔師だ。こと退魔にかけては、だれも僕らにはかなわない。


 ――なんて、そんなことを考える自分に気づき、恥ずかしさを感じながら、秋葉原で地下鉄を出た。


 しばらく歩くと、古びたビルの二階にある、『ナイトティアーズ』の看板が見えた。

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