第41話 模擬戦授業

 土の精霊ノーマンは、現在ぷゆぷゆ言っている。正座で。


 英語というか、ここでは古代語だけど、それも得意ではない様子だ。

 フヨフヨ通訳で対話を試みている。


『ノーマン、ここ作った精霊のひとり。仲間、前の名付け親、とっくに死んじゃった。モンスターにいじめられたって』


 ダンジョンを精霊に作らせたのか……。

 とりあえず、近場にいたアリっぽいモンスターを風魔法で倒す。


『ぷゆ!』


 歓喜の波動が来た。


『もしかしてこのあたりを掘ると弱っちゃう?』

『違うって』

『ぷゆ!』


 ノーマンが壁を指さしている。

 そこには穴があった。覗き込む。


『……結晶?』


 なんか、繊維がやけに見える石がある。でっかいな。20センチを越える……宝石よりは金属に近い見た目。

 光に照らしてみると紫がかって見える。


『アリがかじったって』

『ヒタチにとってのヒタチ樹か』

『それなの! 守って欲しいの!』


 ヒタチ樹は、地味に農民さんたちにも世話をされ、祈られ、守られている。

 ポツンと砂漠に生えた樹は、信仰対象みたいになっているのだ。もう砂漠じゃないけど。


 ノーマン結晶は、こんなところに埋まっていたらアリにまたかじられる。


『移動して大丈夫?』

『ぷ、ぷゆー!』

『埋めるって。ここの土の奥がいいんだって』


 なるほど。

 ノーマンは、慌てたように穴を塞いだ。やっぱり土魔法が使えるみたい。綺麗に埋まったけど……。


『もっと土をかぶせて固めたほうがよくない?』

『ぷゆー……』

『通路に出っ張ると人に怒られて土をどけられるって』


『……怒る人はもう来ないと思う。土壌ソイル


 通路に土を盛り、少し押し固める。

 それから表面はコンクリートで覆う。ポコッと出っ張ったけど、気にしない。


『ぷゆ!?』


 驚きと歓喜の波動が来た。そしてまた土下座。大げさだな?


 さて、通路をワープルームまで直接繋げたい。

 ノーマンにお願いしてみようかと思ったけど、ヒタチによる日本語のお勉強がはじまった。


『ヒタチなの!』

『ぷゆ』

『違うの、なの!』

『いたち、ぷゆ?』


 すごい『ぷゆぷゆ』言ってる。

 動きが大げさでコミカル。

 なごみながら穴掘りを続けた。


『通路はこんなものでいっか。シリュウ、宝の運搬明日でもいい?』

『もちろん』


『じゃあ、ノーマンを宇宙へ連れて行ってみようか? 大丈夫かな?』

『ぷゆ!』


『大丈夫』

『大丈夫なの!』

『らいよーぶぷゆ!』


 みんなくっついたらノーマンも笑顔でくっついてきた。かわいい。

 宇宙へ移動。


『ぷむゆ!?』


 手足バタバタノーマン。


『フェネカと同じパターンか』

『忘れてもらいたいのう。ずっと地に足をつけて生きておったんじゃろう』


 離すと地上に帰りそうなので高い高いしてみる。


『ぷゆ!?』


 なんか驚きながら喜んでるな。

 精霊はみんな無邪気なんだろうか。


 やがて慣れたようで、ニコニコしながら平泳ぎの動き。

 泳ぎ回るフヨフヨを見てるな。

 そっと離してみる。


 フヨフヨを追っていった。

 ヒタチはわりとフェネカに懐いているけど、ノーマンはフヨフヨに懐いたみたい。

 まあ、ヒタチはいま俺の頭に乗ったけど。自由で楽しい。


『今日はもう加護レベル上げの時間はなさそうかな。結構穴掘りに時間かかったね』

『うむ。話しは変わるがの? どうやら北の戦場はケリがついたようじゃぞ。賢者の完全勝利じゃろうが、確認してくるかの?』


 北の戦場は大規模になったらしい。敵も増援が来たのだ。お隣の北西の国から。

 けど眷属からの波動によると、圧勝みたい。

 夜になっても追撃が行われているとのことだった。


『確認お願いしてもいい?』

『もちろんじゃ。気軽に命ぜと言うたじゃろ?』


 おどけて言い、確認に向かってくれるフェネカ。

 眷属なクラゲさんは、フヨフヨのように日本語堪能ではないし、感知能力も低いみたい。


 ほんとお供たちには感謝しかない。

 もっと喜ばせることが出来たらいいんだけど。


『フェネカに命じる! して欲しいこと言って!』


 楽しげな波動。


『そうじゃのう。もっと我が道を行ってほしいの? そなたは、もっとなんだってできよう。それが見たいのじゃ』

『そうかな? 結構好き勝手してるよね?』


『いや、遠慮しすぎじゃ。それに怖がりすぎじゃ』


 以前にも似たようなことを言われて改善したつもりでいるんだけど。


 フヨフヨからも同意の波動が来ている。


『フヨフヨ縮んでも平気』

『……じゃあ、一緒にアンナさんを罠にはめよう。なにしたら驚くかな?』


 なんか、フェネカが爆笑している波動が。


『損をさせるでも、いじめるでもなく、驚かせるというところが、遠慮しとるんじゃ』

『それは遠慮してるのとは違うよ。傷つけると俺が自己嫌悪におちいる』


 ギャフンと言わせればそれでいいのだ。

 でも、俺が女性に口で勝てるとは思えない。なので驚かせたい。

 思惑をはずさせたい。


『ふむ、光魔法が使えることは知っておるかの?』

『どうだろう? シェキアには口止めしてあるから知らないかも?』


『もう使っても戦争には行かされんじゃろ?』

『……たしかに』


 本来『聖者』は王様の治療が第一だ。そのうえ国的には、万が一にも俺が倒れるのは避けたいはず。再生できる人がいなくなる。

 それにもし頼まれても断ればいい。


『無属性と光属性は解禁してもいいやくらいに思っとくよ』


『うむ。もっと好き勝手せい。それでチャンスがあればアンナを驚かせればよい。……ふむ。賢者は元気そうじゃ。残党はもう残っとらんようじゃぞ』


 北と北西の敵国は撤退したらしい。ひと安心かな。


『確認ありがとうフェネカ。あと、アドバイスもいつも助かる』

『お安い御用じゃ。空がだいぶ明るくなってきたのう』


 ちょっとスッキリ心が軽くなった気分でマイボディに帰る。

 ノーマンは結晶に帰るそう。

 また夜に。



  ◆◇◆



 今日の午後は、新しい授業。

 騎士学校で実践的な回復だそう。

 ディープに揺られて騎士学校へ向かう。模擬戦と聞いてちょっと不安。


 到着すると、すぐに説明が行われた。副担任を辞めたカレン先生がひっそり隅の方にいる。


 そして、ギーゼラと金髪の男の子が前に出る。

 持っているのは木剣だ。


 俺は重傷でないと回復してはならない。

 最初に回復するのはミリーだ。だいぶ緊張している様子。


 模擬戦にのぞむギーゼラは、キリッとして不安もなさそう。


「始め!」


 いきなりギーゼラが大きく振りかぶり、踏み込んだ。速い。

 男の子はあわてて飛びのく。どちらも身体強化を使っているけど、明らかにレベルが違う。


 男の子がバランスをくずしながらも、ギーゼラの2撃目を木剣で受けた。

 上手く受け流したみたい。

 けど、直後にギーゼラの回し蹴りが木剣にあたる。

 木剣が飛んだ。


「勝負あり!」


 うん。両方無傷の圧勝。ギーゼラは〈聖剣〉さんを使わなくても強い。

 別のふたりが呼ばれて前に出る。

 ギーゼラは俺の横に来た。


「ギーゼラ強いね」

「ユイエルのおかげだ」


 小声でそれだけ言った。魔力量が増えたおかげで身体強化も強くなったということだろう。


 うっ。今度の勝負は、無傷とはいかなかった。


 木剣がしたたかに指を打った。

 打たれた方は、明らかに親指が折れている。身体強化が雑だったり未熟だったりするとこうなる。

 いきなり骨折の回復か。


「勝負あり! 治療を!」


 先生の声で、ミリーがビクッとした。


「ミリー、落ち着いて深呼吸」


 安心させるように、背中をポンポンして送り出す。

 はっきりと深呼吸の音が聞こえた。


「ひ、回復ヒール


 大丈夫。ミリーは無事に骨折を治した。

 何度も反復練習をしているからね。ミリーは相当な努力家だと思う。


 隣では、ギーゼラもホッと息をついた。

 こっちも凄まじい努力家だ。まだ模擬戦はあるだろうに、無属性の円錐をふたつ作って維持している。


 どんどん模擬戦が行われ、クラスメイトたちが順に回復していく。

 俺の出番はないかな。そう思った終わり間際。


 やけに真剣に見える男の子が、隙をつくように木剣を突き出した。顔に向けて。

 俺は息を飲んだ。

 木剣は鋭利ではないとはいえ、穂先は目に深く入ったように見えた。出血もしている。


 しかも、突き刺した男の子は、追撃のかまえ。

 この子、真剣なんじゃない。睨みつけているんだ。


「そこまで!」


 騎士学校の先生が止めに入る。

 しかしそれを避け、なおも追撃の構え。ギーゼラは横で身体強化全開。

 けど、そのまえに止める。


聖域サンクチュアリ!」


 木剣が板状の聖域にあたって止まる。

 目を抑えて倒れた子を見る。うめきを上げながら、のたうちまわっている。


回復ヒール! 大丈夫!?」


 駆け寄る。ちょっと足りなかったかも。あまり激しく動かないで欲しい。


 先生が、刺した生徒を怒鳴りつけ、木剣を奪った。

 そして、奪われた男の子は、バッとこちらを向いた。


「邪魔するな!」


 般若の形相なんだけど。いったいなにがあったの?


 フヨフヨから警戒の波動。


『避けよ!』


 フェネカから警告。

 男の子は、俺に無属性魔法を撃ってきた。

 円錐が3つ。殺す気か。でも――。


 飛びのく。簡単に避けられるよ。身体強化なしで。加護レベルはたぶんもう200近い。


『ありがとう。平気』


聖域サンクチュアリ


 まだ倒れている男の子を覆う。

 ギーゼラが動いた。

 犯人の男の子が吹き飛ぶ。ギーゼラが殴ったのだ。


『……生きてるよね?』

『うん。気絶』


 あの子はあとで浄化だ。あれは絶対おかしい。

 俺は倒れている子に言う。


「目を見せてくれる?」

「う……み、見えない、見えないんだ」


 かなり混乱している様子。涙がこぼれている。

 聖域解除。


再生リジェネレイト

「……え」


 男の子は、まばたきを繰り返している。


「見えた?」

「あ……見える……はい! ありがとうございます、『聖者』さま!」


 最近知ったけど、これ有名な物語のセリフでもあるらしい。本来は『聖女』さまだけど。

 だからか、みんな一様にこれを言う。


 どよめきが大きくなってきた。

 元の位置へ戻る。

 なんかむずがゆい視線が多数。ミリーを筆頭に。

 拝まないで欲しいな?


 犯人の男の子は、ストレッチャーモドキに固定された。回復はしないらしい。


『……フェネカ、あの気絶した子の見張り頼める?』

『お安い御用じゃ』


 ちょっと原因究明しようかな。アストラルボディで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る