メイン:精霊の魔導書と私の本音

第27話 古の魔導書

 それは一冊の魔導書。

 しかしただの魔導書じゃない。

 何千年、いや、何万年も前から存在する、偉大な魔導書であり、内包する魔力と記述された内容は、決して人語を話す者達が解き明かしてはいけない。


 眩い閃光を放ち、その存在を強烈に露わにする。

 惹きつける魅力に視線を奪われ、どれだけの人達が狂わされて来たのだろうか。


 だから今でもその魔導書はこの世界にある。

 そしてその魔導書は古くから人の手に渡り、大変貴重な物として調査と研究、それに加えて丁重な保存がなされてきたと言う。


 けれどその魔導書を真に理解できる者は未だに居ない。

 ましてやその魔導書に選ばれた者など一人も居ない。


 何故ならその魔導書は生きている。

 否、魔導書の中でも特殊を生きる。

 その魔導書は人の言葉を正確に理解し、その心に触れることができる。


 だからだろうか。その魔導書は人の持つ心の闇を知っている。

 自分のことも、自分を取り巻く群衆の群れも。


 その全てが嫌になる。嫌になって仕方がない。

 だから魔導書は心を閉ざす。

 その声は届いていても、真に開くことはない。

 そう魔導書は否定すると、静かに時を眠るのだった。




「どうだ?」


 男性魔導書士Aは同僚の男性魔導書士Bに声を掛けた。

 机を前に突っ伏している男性魔導書士Bは「ん?」と面倒臭そうに答える。


 連日徹夜で眠い。

 本当に調査しないと行けない魔導書があると、休息を取る暇なんて無くなる。

 鬱陶しそうに男性魔導書士Bは顔を右に向けると、湯気の立つマグカップがあった。


 如何やら同僚の男性魔導書士Aが淹れてくれたコーヒーらしい。

 これは助かる。そう思い重たい上半身を上げると、マグカップに触れる。


 指を掛けると温かい。

 熱伝導が伝わり、男性魔導書士Bは「はぁ」と溜息を溢す。


 唇をゆっくりとマグカップに触れると、コーヒーを少しだけ飲む。

 やけに熱い。すぐさま唇を離し、表情を顰める。


「どうだ?」

「どうだもなにも、熱すぎるだろ!」

「あはは、そう言うなよ。魔導具の調子が悪いんだ」

「ったく! 魔導省本部って、なんでいつもいつもこうなんだよ。エリート街道じゃねえのか?」


 悪態を突き、マグカップをコースターの上に叩き付ける。

 すると同僚は「まあそう言うなよ」と呑気に答える。

 それもそのはず男性魔導書士Aには目の下に隈がない。

 男性魔導書士Bとは打って変わってで、流石に苛立ちが湧き上がる。


「うっざ! んだよ、お前仮眠取ってたな!」

「まあ、そこは上手くやって行こうぜ。って、調子は?」

「あん?」

「調子だよ。体調、悪いんだろ?」


 男性魔導書士Aは自分の話になると、上手く切り抜けて、話題の種を変える。

 男性魔導書士Bはそれに踊らされてしまい、眉根を寄せて余計に苛立つ。


「あー、最悪だよ。この野郎!」


 その様子は今にもマグカップを放り投げる勢いだった。

 しかしその辺りはまだ冷静で、男性魔導書士Bは項垂れる。怒る気もないくらい疲れていて、連日と言っても三週間缶詰だったのだ。


「あー、早くベッドで寝たいわ。もう固いとか柔らかいとかどうでもいい」

「まあそうだよな。俺もソファーで、って、だから睨むな睨むな。とにかく、魔導書の調査も終わったんだろ? やった解放だ! 飲み行こうぜ!」


 男性魔導書士Aは酒を飲む仕草をする。

 その様子に欲求が強烈に刺激されてしまった。

 しかしまだ調査報告書が残っている。これを放置すると、後で面倒な目に遭うだろう。それを避けるため、男性魔導書士Bは頭を抱えた。


「あーったくよ。一体なんの調査結果書けば気が済むんだよ!」

「それもそうだよな。で、その魔導書どうするの?」

「うーん。難しいことを聞くなよ。ったく、聖霊の魔導書だったよな? この魔導書、結局ペースを開くことすらできないから、なーんにも分からないんだよな」


 男性魔導書士Bは悪態を付く。

 けれど男性魔導書士Aはコーヒーを飲むと、眉根に皺を寄せる男性魔導書士Bにこう言った。


「もう仕方ないよな?」

「仕方ないってなんだよ」

「だからさ、その魔導書は謎を秘めているんだ。諦めるしかないって。どうせ誰にも読ませる気はないんだからさ」

「……そんなんで上が満足するとは思えないけどな。それしかないか」


 男性魔導書士Bは机の上に置かれた精霊の魔導書に舌打ちをする。

 腹が立つ。今でもそこにあるだけで、全く言うことを聞かない。


 男性魔導書士Bは報告書を書くのを辞めた。

 訳ではなく、もう思いの丈を書き残すしかない。

 男性魔導書士Aはコーヒーを愉悦混じりに一口飲むと、同僚が必死になって報告書を書くのを見届けるのだった。

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