第26話 結局みんなまとめて怒られたwww

 その後しばらくの間、長々とした問答が続いた。

 ヒノワ館長はマリーナさんと一緒に事情を説明してくれた。

 用務員のお爺さん=ウェルジさんは、些か不振めいた表情を浮かべつつ、私のことを流し目する。保護者を連れて来た私のことを敵視している様子で、何も喋れなかった。


 けれどウェルジさんも理解度のある人。ヒノワ館長たちの話を聞き、初めはムッとした表情になっていた。

 けれど話をして行くうちにお互いに齟齬が合ったと気が付かされる。


 ウェルジさんは私が魔導図書館で研修をしていること、ヒノワ館長は大事な清掃の日を伝え忘れていたこと。

 そのせいでお互いに勘違いをして、掃除のために魔導図書館の鍵を開けていたウェルジさんを私が不審者と勘違いし、勝手に子供が掃除をした後の床を汚しに来たのだとウェルジさんは勘違いをしてしまった。


 緒方位にちょっとした勘違いの齟齬のせいで、ここまでの事態に発展した。

 幸いなことに私が魔導書を巧みに使い、ウェルジさんも武力行使で暴力に訴えかけることがなかった。そのおかげで災厄の事態を免れることに成功し、まさにスレスレの奇跡となった。


「なるほど。ヒノワ館長、とりあえず理解はしましたぞ」

「私も責任の一端を担いでしまっているのでなんとも言えないけど、理解を示してくれた助かったよ」


 何故かヒノワ館長は上から目線だった。

 この場に居る誰もがその凛としたナルシストな態度を止めて欲しかった。

 けれど本題から逸れるので誰も口にはせず、マリーナさんが代わりに口火を切った。


「まさか、お互いに勘違いをしていたなんて。嘘みたいな話ですよね」

「うーむ。確かに全てはお互いの勘違いからでしたな。アルマと言ったな、先程は悪かった」

「は、はい。こちらこそ、勝手に逃げたりしてごめんなさいです」


 ウェルジさんは丁寧にお辞儀をした。謝罪の意を示している。

 それを見倣い私も頭を下げた。今回のことは単純に痛み分け。お互いに非があると見た。


 それもそのはずで、私も魔導書の言葉に踊らされ過ぎてしまった。

 もちろん魔導書達も見えない悪意を感じ取ったから、私に教えてくれたに違いない。

 けれど話をしてみればそんなに悪い人じゃなさそう。あくまでも印象の話でしかないけれど、私はウェルジさんのことを何も知らな過ぎたのだ。


 だからこそ、今回はお互いに負け。引き分けの状態。

 一体いつ顔を上げればいいのか、そのタイミングすら窺えず、私はキョロキョロし始めた。


「だがの……」

「えっ?」


 畏まった空気が張り詰め始める中、急にウェルジさんは口調を荒げた。

 何だか嫌な予感がする。さっきまでの殺気が再び露わになり始めている。

 私は嫌な予感がしてならない。恐る恐る顔を上げると、鬼の形相のウェルジさんが私だけじゃない、私達全員を睨みつけていた。


「「「ひいっ!?」」」


 流石に恐怖心が伝染する。

 私だけじゃ止まらず、ヒノワ館長もマリーナさんも悲鳴混じりの声を上げた。

 一体何が起こっているのか。これから何が起ころうとしているのか。もちろんそんなこと分かっていないけれど、まず九十九パーセントの確率でブチ切れ案件確定だった。


「汚れた足で掃除した後の床を踏むなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 私達は揃って怒られてしまった。

 ウェルジさんが怒る理由。もちろん重々承知していた。

 なにせ今日は清掃の日。となれば汚れた足=靴で床を踏めば、掃除をせっかくしたのにまた汚れる。そんなの用務員にとって骨折り損で、余計な仕事を増やされるだけだった。


 もしも同じ目に私が遭ったら溜まったものじゃない。

 せっかく掃除をしたのに台無しにされたら、怒るのも無理はない。

 私もウェルジさんの気持ちになって考えると、怒りたくなる理由。それから怒られる理由が全部伝わる。だけど……ううっ、足が痺れて来た。


「ちゃんと聞いておるのかぁ!?」


 ウェルジさんは今時パワハラ案件にもなりそうな怒鳴り声を上げた。

 とは言え、その問いに対する答えはNOだ。慣れない正座をして足が痺れる。

 背筋がグデングデンになりながら、私はギュッと唇を噛んだ。


「ったく、儂は所詮用務員の古臭い爺よ。だがな、仕事には誇りと責任を感じておるのもまた事実。いつ死ぬかも分からない一日一日を精一杯生きておるから、余計な手間を掛けられると困るんだ。ヒノワ館長も次からは気を付けてくれんかのう」

「善処しますよ。だけどウェルジさん、一つ疑問があるんだけど」

「ん? 疑問、それなら儂もあるぞ。どうして儂がワックスを掛ける前から、床がワックスを掛けた後みたいに綺麗になっておるじゃ?」


 如何やらウェルジさんには疑問があるらしい。

 何故か掃除を終え、これからワックスを掛けようと思っていたにもかかわらず、床がピカピカになっていた。

 バケツの中のワックスが可哀そうに要済みで、モップが相棒を失って泣いていた。


「それは知らないよ。マリーダは、心当たりがある?」

「いいえ。私にも心当たりはありませんよ」

「そうだよね。それじゃあ……」


 ヒノワ館長は真っ先にマリーナさんを見た。けれどマリーナさんは知らない様子。

 となれば自然と視線は私の方を向く。ヒノワ館長は無言だけど、私は状況的に理解できたので、ヒノワ館長が訊ねる前に答えた。


「えーっと、もしかして私がワックスの魔導書を読んだからですかね?」

「「「えっ?」」」


 私はワックスの魔導書を読んだことを明かした。

 誰も予想していなかった様子で、全員声を上げた。


「ワックスの魔導書? そう言えば存在は確認していたけれど、実際に唱えることがあったんだね」

「凄いアルマちゃん。良く見つけたよ」

「えへへ、偶然書架から落ちているのを見つけて……えっと、ウェルジさん? なんで、怒ってるんですか?」


 ヒノワ館長もマリーナさんも喜んでくれた。

 ただの偶然で拾っただけなのに、もしかしてこの偶然は必然が生んだ奇跡なのかも。

 そんな妄想に胸を躍らせていると、何故かウェルジさんの表情が険しい。

 何だか怒っているようで、私は息を吸えなくなった。


「アルマとか言ったな」

「は、はい」

「偶然唱えちまったのは仕方ない。とは思うが……儂の仕事を奪うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ、この馬鹿者がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 私は盛大にウェルジさんに怒鳴り付けられてしまった。

 しかも今度は完全にとばっちり。私は何も悪いことをしていないのに怒られた。

 理不尽だ。あまりにも理不尽で、私は泣きたくなった。


「な、なんで私がこんな目に……余計なお世話だったの? 今日のこと、全部が全部……ううっ」


 私は超絶ネガティブになってしまった。せっかくの休日にもかかわらず、明日にも引きづってしまいそうな勢いだった。

 こうなったからには街の案内なんてとても受けられない。

 私とヒノワ館長、マリーナさんの間に同じ思考が伝播した。


 全く以って散々な休日になってしまったと私は後悔する。

 頭を抱えたくなるも、ウェルジさんの怒号を至近距離で耳にして、私の脳はグッタリすると、正座をしたまま固まって動けなくなった。壮絶な一日を送ってしまったと、私はトワイズ魔導図書館の人間模様にげんなりした。

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