告白②

「え……」


思いがけない言葉に思考が停止した。

それを肯定と受け取ったのか、紫雲さんが神妙なトーンでくり返し尋ねる。


「やっぱり嫌いなんですか?私のこと」


慌てて私は顔を上げて左右に振る。


「いや全然!……嫌いじゃないですよ!?」


はなから存在していない選択肢を、こうしてわざわざ否定するのは妙な感じだ。


紫雲さんは目を細め、私が嘘をついていないか観察するようこちらを凝視している。


「……でもトウコさん、最近目を合わせてもすぐそらすじゃないですか。出会った頃はもっとこう、舐めるように見てましたよね?私のこと」


「わたし最初そんな風でした?……そう感じてたらすみません」


あの頃は人も建物も景色も全てが珍しくて、目に入るものを片っ端から観察してばかりだった。

その中でも紫雲さんは確かに、特別目をひくものがあったのは確かだけれど……。


「そもそも他人の目をじっと見続けるなんて……できませんよ。恋人じゃあるまいし」


「でも青藍とはずっと目を見て話してましたよ?」


「そうでしたっけ」


「うちの小雨シャオユウとも」


「小雨くんは8歳ですし」


小雨くんは仏殿にいる見習い坊主くんだ。



「私だけ避けられている気がして、ずっと気になってたんです。やっぱりあの一件で嫌われたのかなと思って」


あの一件とはやはり"アレ"こと宝具を見せようとした件だろうか。彼にその自覚があったことに驚きだ。全く気にしていないと思っていたのに。


「あの時は確かにびっくりしましたけど、紫雲さんが突拍子もないこと言う人なのは分かってましたし。別にそれで幻滅したりはしませんよ」


「じゃあ、一体どうしてですか?」


「………」


私は黙り込んで円卓を見つめる。

いつの間にかさっきと立場が逆転していた。


それにしても私の目線から"何か"に感づいてしまうとは。もはや職業病なのだろうか。長い間、女たちの繊細な心の動きを目の当たりにしてきた彼ならではの嗅覚な気がする。


……この件は、できれば黙っておきたかった。


だけどその気持ちは大きく揺らいでいる。

あとひと息で崩せそうなくらい、今の紫雲さんは深刻さを帯びている。


今日までずっとこうして悩んでいたのだろうか。

わざわざ私を家に呼んでお酒飲んでまで……。



「あのですね、実は……」


私は意を決して顔を上げ、口を開いた。


「はい」


「紫雲さんのお顔がですね、ハルちゃ……じゃなくて、元いた世界の推しに、とっても似ているのです」


「……オシ?」


紫雲さんの眉間に皺がよる。


あー、やっぱ翻訳されないか。絶対この世界には無い概念だもんな。


「もしかして前に言ってた、想い人ですか?」


「あ、はいそうです」


さすが察しが良い。

以前青藍さんに呪術師だ何だと疑われた時に語ったのがハルちゃんの話だ。


ハルちゃんは元いた世界での推し。ちなみに3次元の人。いや、 2.5次元の…?主に2.5次元舞台で活躍する俳優さんだ。

ぱっちり大きな瞳で女性と見紛うほど美しく、それでも背は高くて体格はいわゆる細マッチョ。物静かでミステリアスな雰囲気が魅力だった。


「その想い人って、本当にいたんですね?」


「え?」


紫雲さんの表情から深刻さが消え、きょとんとした顔をする。


つられてこっちまで顔に疑問符を浮かべていると


「だってあの話、嘘でしょう?トウコさん男性と恋愛なんかしたことないですよね」


と、さも当然のように言い放たれた。


「な、何で分かるんですか!?」


私は驚きのあまり円卓の端に思いきり両手をついた。

箸や取り皿が音を立てて揺れる。


紫雲さんはアゴに手をやり頭をひねる。


「うーん……匂い?ですかね」


匂いって……まさか喪女臭が?いや腐女子臭……?腐臭?


「別に臭くないですよ」


自分の肩口に鼻をつけていた私は、ゆっくりと腕を下ろす。


「でも紫雲さん、あの時泣きながら話を」


「あれは、あなたのホラ話を信じ込む青藍が可笑しくて笑っていたんですよ。泣いたふりをしたことは否定しませんが」


袖口で口元を隠しくすくす笑う。そのフォルムはあの時とそっくりだ。


「………そう、ですか」



私は円卓にドンと両ひじをついて、てのひらで顔を覆う。


そして「ハァー」と大きくため息をついた。

恥ずかしさや悔しさを通り越して、完敗だ。


女を知り尽くした(たぶん)この人を誤魔化そうなんて思った私が馬鹿だった。


「……だからあの、紫雲さんの目をあまり見れないのはですね……嫌いだからではなくて、」


「ええ」


「ただ……直視できないんです。好きすぎて」


両手で顔を覆ったまま、くぐもった声が自分の耳に響く。


「じゃあトウコさんがやけに元の世界へ未練がなさそうなのって」


「推し…にそっくりな貴方を見つけたからですね、ハイ」


「私が目当てってことですか?」


「……そうです」


何を言っているんだ私は。

こんなこと、本人を目の前にまともに話せるわけがない。

こうして掌で視界が塞がっているから何とか口にできている。


「………」


しばらく沈黙が流れる。

こんなことを言われて今紫雲さんはどんな顔をしているのだろう。

気になるがこの手をどける勇気はない。



「ふうん」


「それはそれは」


「どんなところが好きなんですか?その方の」



暗闇の中、紫雲さんの声がぽつりぽつりと聞こえてきた。


あくまで機械的に私は答える。


「綺麗だし色っぽいし、中性的でミステリアスだし」


「顔以外は?」


「声も……割と好き……歌も上手いし」


ハルちゃんの好きな所を話しているはずなのに、こんなに照れてしまうのは何故だろうか。


頬が熱をもっているのが掌から伝わる。


推しの好きな所なんていくらでも語れたはずなのに。


「───っ!」


急に視界が開けて明るくなる。

いつの間にか私の側に立っていた紫雲さんが、私の両手首を掴んで引き剥がしたのだ。


「じゃあこうして、大好きな顔と向き合ってる今どんな気持ちですか?嬉しい?幸せ?」


目前に迫る満面の笑顔にさっきまでの深刻さはまるでなく、代わりに"優越感"の3文字が浮かんでいる。



「……もう、ゆるして」


腕を掴まれてしまえば、ただ下を向くしかない。


酒のせいか彼の頬はほんのり色づいて瞳も潤んでいたが、きっと私はその比じゃないだろう。


「許しませんよ。私をあざむこうとした罰です」


すっかりいつもの、いや倍ほどの余裕を浮かべた美貌。


普通の男性ならばこういう場合、私と同じように照れたりうまくスルーしたりしてくれるだろう。

でも彼はこういうねちっこさを持っている。


……こうなると思ってたんだ。だから言いたくなかったのに。



「……たいへん光栄な気分です。今は」


ずっと手の届かなかった人がこうして目の前にいるなんて、幸せでしかない。これまでの生活なんて余裕で捨てられる。


こんなことを告白してしまって、この人と明日からどう顔を合わせればいいんだろう。

目線を交わしても逸らしても何か意味があるようで恥ずかしい。



でも会えないのは辛い。

この人に会いたくて私はこの世界にいるのだから。


本当に本当に好きなんだこの顔が。

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