あなたにあげるチョコレート

よし ひろし

あなたにあげるチョコレート

「はい、バレンタインのチョコレート」


 差し出した包みをあなたはさも当然といった感じで受け取る。

 ああ、と言うだけで、ありがとうの、一言もない。


 長い付き合いだから仕方がない?


 物心ついたときから一緒にいる幼馴染。

 今までも毎年チョコはあげたわ、本心を隠した義理チョコを。


 でも、今年は違うじゃない。恋人になって初めてのバレンタインよ。


 もっといい雰囲気を出してくれてもいいじゃない。

 そんな私の気持ちにあなたは一向に気づかない。

 でも、


「その小指は、どうしたの?」


 さすがに少し大げさに巻いた左手の包帯には気づいたみたい。


「チョコを作るときにちょっと切っちゃって」

「そうか、ドジだな」


 ドジ――それだけ? 

 大丈夫の一つもないの?


 でも、いいわ。この傷は、あなたと私の絆だから。

 心配なんていらないの。


 だってこれは自分でわざとつけた傷だから。

 小指の腹をざっくり切ったの、包丁で。


 そこから滴る真っ赤な血。


 その血を垂らしたの、湯煎して溶かしたチョコレートに。


 ポタリ、ポタリ、ポタリ……


 一滴一滴、絞り出すようにチョコに落とす。


 これはあなたと私を繋ぐ赤い糸。

 あなたは私の運命の人。絶対に離さない。


 幼馴染だもの、あなたが今まで好きになってきた人の事、良く知ってるわ。

 やっと私の想いに応えてくれたのに、今も気になる人がいるみたい。


 気が多くてしょうがない人。

 でも、私だけを見ていてほしい。


 だから、願掛けするの、このチョコで。

 きっと届くわ、私の想い。


「怪我までして作ったのよ、そのチョコ。一口だけでもいいから、いま食べてくれない?」

「え、ああ、そう、じゃあせっかくだから」


 あなたは包みを開けて、ハートのチョコにかぶりつく。

 あなたの口内で溶けていく私の想い。


「うん、まあ、普通に美味しい」

「よかった。じゃあ、全部食べちゃって」


 私の言葉に、ああ、と言って残ったチョコも食べていく。


 ああ、あなたの中に私の血が溶けていく。


 ふふ、これであなたと私は結ばれたわ、血の絆で。

 私には見えるわ、あなたの体を縛る赤い糸。


 離さない、あなたは私のもの、永遠に――

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あなたにあげるチョコレート よし ひろし @dai_dai_kichi

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