祠の管理人さんの、真の正体

「残念だけど、今までここにいたあのは、あなたが思っているような人じゃないわよ」

 黄瀬りりかを疑う祠の管理人さんの胸中を察したローレンスが、気取った口調でそう言った。徐に向かい合い、意味ありげに含み笑いを浮かべて、祠の管理人さんが気取った口調で返事をする。

「俺はてっきり、おまえ達も疑っていると思っていたぜ。たった今までここにいた彼女は、単なる一般人なのかってな」

「そりゃまぁ……店で最初に会った時は、あのを疑ったことはあったけれど……常連客になってくれた今は、あのに対するそんな気持ちはなくなったわ。どう考えても、普通の女子高校生にしか見えないから」

「ならなんで、冥界にいる筈のおまえ達が現世ここにいるんだ? なにか特別な事情でもない限り、ここに来ることはない筈だ」

 この、妙に鋭い祠の管理人さんの問いかけに、ローレンスは怯むことなく返答する。

「そうね。なにか、特別な事情がない限り、あたし達はここに来ることはない。今から数日前……あたしのところに、一件の情報が寄せられたの。

『天神の命を救って、恩人となった幽霊ゴーストが天神と契約を結び、人間の姿に身を変えて現世に隠れ住んでいる』って言う情報がね。

 人間以外の動物や生物を対象とする、冥府幽霊ゴースト保護二課の役人であるあたしのところにそれが寄せられたと言うことは、対象の幽霊ゴーストが人間でない可能性が高いわね。

 寄せられた情報の真偽も確かめたいから、引き続き喫茶店のマスターとして現世に留まるつもりよ。彼は、どうするのかは分からないけれど……」

 気遣わしげにすぐ傍にいるエディに視線を送ったローレンス、含み笑いを浮かべてエディが平然と口を開く。

「もともと、僕がここにいるのは、あそこにいる赤園まりんさんが関係していたからなんです。

 本当は、永遠の幽霊エターナルゴースト化したまりんさんを保護するために現世へ赴いたのですが……永遠の幽霊エターナルゴーストでなくなってしまった今、それをしなくてもよくなったので、新たに発見した永遠の幽霊エターナルゴーストを保護するため僕も店員として、マスターのお手伝いが出来ればと思っています。ひとりで店を切り盛りするのは大変でしょうから」

 この場でローレンスが明かした一件の情報のことが気になったエディは、自身も現世に留まろうと考え、店の手伝いを買って出る。

「あら、嬉しいこと、言ってくれるじゃない。あんたが作るスイーツは、来店してくれるお客さんに大人気だものね。マスターのあたしとしては、とっても頼もしいわ」

「ありがとうございます。僕が作るスイーツだけじゃなく、マスターが作る軽食もお客さんに大人気なので、新作楽しみにしていますよ」

 気取った口調で返事をしたローレンスにやんわりと礼の言葉を述べたエディがそう言ってにっこりとした。

「ここは、おまえ達が管轄するエリアだしな。そのなかで疑わしきことがあればそれは、妥当な判断だ。俺は立場上、ここから去らなければならないが……後のことはよろしく頼むぜ」

「ええ、任せてちょうだい」

 祠の管理人さんから真顔で後のことを託されたローレンスとエディのふたり、凜々しい表情に含み笑いを浮かべて頷くと返事をした。



「細谷くん、あのね……」

 キスを止めて、しばし見詰め合っていたまりんは、顔を曇らせると不意に口を開く。

「細谷くんにも、知らせなきゃと思って……祠の管理人さんの正体について」

 まりんの口から飛び出したキーワードを耳にするや、細谷くんの顔が真顔になる。

「祠の管理人さんの正体……?」

「うん。実は……」

 祠の管理人さんとの交戦中に発動した、死封の守りの結界の中で正体を明かした祠の管理人さんについて、まりんは細谷くんに話して聞かせた。


『そう言えば……』

 ふと、とある事が気になり、口を開いたまりんが面前で佇む祠の管理人さんに問いかける。

『ずっと疑問に思っていたんですけど、祠の管理人さんって、冥界に住んでらっしゃるんですね。もしやと思いますが……冥界にある結社に属する、死神さまなんですか?』

『まさか……俺は死神よりも、もっとずっと上の存在だ。堕天使が封じられている、祠の管理人は仮の姿。本当の、俺の正体は……冥界を統べる、閻魔えんま大王だ』

 気取っている本人の口から直接、祠の管理人さんの、真の正体を知ったまりんは驚愕するあまり、言葉を失った。


「うそ……だろ……」

 淡々と話すまりんから、祠の管理人さんの、真の正体を知った細谷くん、ショックのあまり、ガクッと膝から崩れ落ち、四つん這いになる。

「祠の管理人さんが実は、閻魔大王だったなんて……俺は、そんな人相手に、大切な人を守っていたのか」

 まるで囈言うわごとのように、酷くショックを受けた顔で、細谷くんは呟いた。

 あれま……よっぽどショックだったのかね。祠の管理人さんの正体が実は、冥界を統べる、閻魔大王様だったことに。

 精霊王、理人くん、悠斗くん、美里ちゃんの三人と遠くから見守っていたシロヤマが、四つん這いになり、酷くショックを受ける細谷くんを見遣りながら内心、そう思ったのだった。


 BlueRoseCaféブルーローズカフェのマスターと一緒にいるエディに向かって、駆け寄ったまりんが大声で呼び止める。

「エディさん!」

 まりんの呼び声に反応を示し、エディが条件反射で振り向いた。

「あの……三日間の、猶予のことなんですけど」

「そのことなら……」

 真剣な表情で話を切り出したまりんに、エディは言葉を遮り制すると、

「君はもう、永遠の幽霊エターナルゴーストでなくなったから、気にしなくていいよ。お友達を誘ってまた、店へ遊びに来るといい。とびきり美味しい、特別スイーツをご馳走するよ。もちろん、僕のおごりでね」

 気さくに笑いながらそう言って、ウインクした。

「はい!」

 ほっと安堵したまりんは、満面の笑顔で元気よく返事をした。


「閻魔様」

 店へと向かって、並んで歩き出したローレンスとエディのふたりを見送る祠の管理人こと、閻魔大王さまに向かって、歩み寄ったまりんが恐縮そうに話を切り出す。

「折り入って、お話したいことがあります。理人くん、悠斗くん、美里ちゃんのことなんですけど……今回の件で、人命に関わるほど大事になったから相当、懲りたと思うんです。堕天使が封じられたことですし……ここは私の顔に免じて、三人を許していただけないでしょうか」

 腕組みしながら、緊張の面持ちで掛け合ったまりんと向かい合う閻魔大王さま、真顔から険しい顔つきになると辛辣に返事をする。

「だからと言って、三人の子供達がやったことは許されるものではない。一歩間違えれば、この地球が破滅するほどの大惨事になっていたんだ。重罪には変わりないが、もう二度と、無断で祠に侵入しないと誓えるのなら、処罰を軽くしてやってもいい。それなら、文句ねーよな。精霊王」

 まりんに向かって返事をした閻魔大王さまは最後に、無愛想な顔つきで後方を見遣るとそう告げた。その鋭い視線の先に凜然たる面持ちの精霊王が佇んでいる。

「むろんだ」

 謹んで返事をした精霊王の隣に理人くん、美里ちゃん、悠斗くんの三人が改まった顔つきで並び、深々と頭を下げると、

「今後、貴殿の許可なくして祠に入らないと誓います。この度はご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございません」

 自分達がしたことの重大さを思い知り、閻魔大王さまが下した決断を真摯に受け止めて心から謝罪した。

 心底、反省をしている理人くん、美里ちゃん、悠斗くんを交互に見遣りながら、閻魔大王さまは辛辣に言い渡す。

「今回は、まりんの顔に免じて処罰は軽くしてやる。これに懲りたら二度と、あんな危険を伴う無茶はしないことだな」

「はい」

 三人の子供達は頭を上げると心機一転、新たな決意を胸にしっかりと返事をした。その陰で、駄目もとで閻魔大王さまに掛け合ったまりんがほっと安堵したのだった。

「シロヤマ、お前にも処罰を受けてもらう」

 不意に矛先を変えた閻魔大王さまの発言を耳にし、傍で三人の子供達を見守っていたシロヤマがぎょっとした。

「お、俺も……処罰の対象になるんですか?」

 にわかに青ざめ、動揺するシロヤマに、厳しい視線を向ける閻魔大王さまが辛辣に返事をする。

「当然だ。祠に無断で侵入したうえ、堕天使の像を偽造したんだからな。これから俺と一緒に閻魔の塔まで来てもらう。充分に罪を償うまで、そこで雑用をすること。それが、俺からお前に言い渡す処罰だ」

 シロヤマに処罰を言い渡した閻魔大王さまに、まりんはふと疑問を抱いた。

「閻魔の塔って……?」

 怪訝な表情をするまりんの問いに、両手を後ろに組みながら、セバスチャンがやおら返答する。

「冥界に所在する、閻魔様の居住地ですよ。日本の古き良き古都などで見かける五重の塔の最上階に閻魔様専用の部屋があり、数百もの使用人が塔に住み込みで働いているのです。

 その中の雑用ともなると、体力的にも精神的にもキツく、結社で働いている方がはるかにマシと思い知るほど、とても過酷でしょうね」

 まるで、シロヤマの現状を楽しむかのような笑みを浮かべて返答したセバスチャンに、青ざめたまりんは小さく呻いてどん引いた。

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