告白の返事 ――まりんと細谷くん――

 いつになく真剣な面持ちで、シロヤマと細谷くんが離れた場所から黄金色に光り輝く結界の中に消えたまりんを見守っている。

 やがて、まりんが制服の襟元に結わく、赤いスカーフから放たれた死封の守りの効果が切れ、結界が音もなく溶け去った。

 結界が解けるその時を待っていたシロヤマと細谷くんが同時に、姿を見せたまりんのもとへ駆け付ける。

「赤園!」

「まりんちゃん!」

「結界の中でなにがっ……」

 そう、ふたり同時に叫んだ、次の瞬間。銀色の剣が右手から滑り落ち、ガクッと膝から崩れ落ちたまりんが四つん這いになる。

 一体、なにが起きた――?!

 あたかも、戦闘で敗北した戦士が倒れるような、そんな様子のまりんに、シロヤマと細谷くんのふたりは同時に心の中でそう叫ぶといよいよ焦った。

「どうした……大丈夫か?」

 駆け寄って、後ろからまりんの肩を抱いて具合を訊いた細谷くんとシロヤマだったが、

「うそだうそだうそだ……」

 と、まるで囈言うわごとのように、酷くショックを受けた顔でぼそぼそと呟くまりんには、心配するふたりなどまるで見えていないようだった。

「ダメだ……完全に我を忘れていて、俺達の言うことがまるで聞こえていない」

「う~ん……これは、想定外だね」

 頭を抱えたシロヤマは苦笑しながらそう言うと、

「まりんちゃん、そのままでいいから、話を聞いて……俺、これから精霊王様と一緒に、時の神殿に行って来るよ。そんで、まりんちゃんの、本当の体を取り戻して来る。後のことは細谷くんに任すから、まりんちゃんはここで待ってて」

 そう、気さくに用件を告げて立ち上がろうとした時だった。シロヤマが着る、ダークスーツのジャケットの裾を、まりんがぎゅっと握ったのは。

「私も……行く」

 ショックを受けるあまり、生気が抜けて完全に幽霊ゴーストになってしまったかと誤認するくらいの、青白い顔でまりんはそう、シロヤマに告げた。そうしてまりんは再び、時の神カイロス様が待つ、時の神殿へと赴いたのである。積極的なシロヤマに連れられて。

「三人とも、待っていたぞ」

 時の神殿にて。精霊王、シロヤマ、まりんの三人を出迎えたカイロス様が宮殿の奥へと案内する。

 そして、神殿内にある『永久とわの部屋』にて、まりんは穏やかな表情をして眠る、自身の本体と再会。精霊王さまとシロヤマのまんなかに佇み、そっと右手を伸ばすと、自身の体に触れてみる。すると……

 まりんが自身の体に触れた瞬間、銀色のまばゆい光が迸り、幽霊ゴースト化しているまりんが消えた。それから間もなくのことだった。部屋の中央に置かれた、大理石の台の上に、仰向けの状態で横たわるまりんの意識が戻ったのは。

「まりんちゃん……?」

 精霊王さまと並んで佇むシロヤマがそう、心配そうに横たわるまりんの顔を覗き込みながら呼びかける。閉ざしていたまぶたをゆっくりと開いたまりんは、シロヤマを見詰めると呼びかけに応じた。

「シロヤマ……?」

 シロヤマの手を借りて、上半身を起こしたまりん、なんだか懐かしいような、そんな感覚がしてようやく、本当の体に戻れたその嬉しさに、大粒の涙が溢れた。両手で顔を覆い、感涙に震えるまりんを、シロヤマが優しく抱きしめる。

「カイロス」

 まりんが無事に、元の体を取り戻したのを見届けた精霊王は徐に体の向きを変え、部屋の隅で見守るカイロスと対面すると、口を開く。

「こうして、まりんが元の体を取り戻せたのは、私の無茶な申し出にこたえてくれた君のおかげだ。改めて、礼を言う」

「礼には及ばん。祠の管理人との交戦中に命を救われたそなたにとって、まりんは恩人だ。それ故、まりんに恩返しをしたいと考え、行動に移すのは必然……私は、そなたの気持ちに共感し、協力をした。ただ、それだけのことだ」

 ふと安堵の笑みを浮かべて礼を告げた精霊王にカイロスはそう、控えめな笑みを浮かべて返事をしたのだった。



 抱きしめていたまりんからそっと離れ、シロヤマはひとり、カイロス様のもとへと歩み寄ると口を開く。

「カイロス様……改めて禁忌を破り、申し訳ありませんでした。そして再び、宮殿へ招き入れてくださり、ありがとうございます。このご恩は一生、忘れません」

 シロヤマはそう、静かに頭を下げ、謝罪と感謝の言葉を告げた。

「ガクトよ……お前が習得した蘇生術は、この先もずっと禁忌であることに変わりない。今度また、同じ過ちをしたその時は……今回受けたものより、さらに重い罰が下るだろう。そのことを忘れずにな」

「はい、カイロス様」

 威厳のある雰囲気を漂わせ、真顔で釘を刺したカイロス様に、下げていた頭を上げるとシロヤマは、真剣な表情で返事をしたのだった。


 ひとしきり泣き、良くも悪くも、今まで抱えていた様々な感情を涙と一緒に流してすっきりしたまりんは、宮殿の外まで見送りに出たカイロス様に感謝と別れの言葉を告げると、精霊王、シロヤマとともに現世へと戻った。

「赤園!」

 時の神殿から瞬間移動をした精霊王とともに、現世へと帰還したまりんをまず出迎えたのは、心配そうにまりんの帰りを待っていた細谷くんだった。

「赤園が元気そうで安心した。それと……シロヤマもな」

 ふと安堵の笑みを浮かべた細谷くんはそう、控えめな笑みを浮かべてしれっとシロヤマを気遣った。

「お気遣いの言葉に感謝するよ」

 シロヤマはそう、気取った笑みを浮かべて紳士的に振る舞った。

 どうしよう……まだ目が腫れてるし、これじゃ、細谷くんと顔合わせずらいじゃない。

 細谷くんに背を向けているまりんは内心そう思うと、複雑な感情を抱き、肩をすぼめた。

「赤園、こっち向けよ」

 その、不意に聞こえた細谷くんの言葉に、条件反射でまりんは振り向いた。

「やっぱりだ。まぶたが腫れている……赤園、時の神殿で、シロヤマとなにかあったのか?」

 まりんが、泣き腫らした顔をしていることに気付き、険しい顔つきになった細谷くんが迫る。いきなり迫られ、動揺したまりんは平静を装い、曖昧な笑みを浮かべて返答。

「シロヤマとは、なにもないよ! ただ……時の神殿で、元の体に戻れたから……それが嬉しくて、感動して泣いちゃったの」

 てっきり、気取った雰囲気を漂わせて佇むシロヤマがまりんを泣かすような(細谷くんにとっては)犯罪を犯したのかと思いきや、まさかの新事実が発覚。まりんの口からそれを聞いて驚愕した細谷くんはしばし、呆然とした。

 そうして、驚きから感動へと気持ちが移り変わった細谷くんは嬉しさのあまり、がばっとまりんを抱きしめた。

「そうか……やっと、元の体に戻れたんだな。その念願を叶えるために、今まで良く頑張ったな、赤園」

 愛情を込めて抱きしめる細谷くんが放った、最後の労いの言葉が、頬を赤らめて目を潤ませたまりんの心に響く。

「ありがとう、細谷くん……すごく、嬉しい」

 感極まり、感謝の気持ちを声に出したまりんは、唐突に話を切り出す。

「元の体に戻ったら、細谷くんに言おうと思っていた事があるの。それを今、伝えるね。

 死神としてのシロヤマから私を助けてくれた時……細谷くんが私に告白してくれたことがとっても嬉しかった。だから……本当に、いまさらだけど……私も、細谷くんのことが好き。大好き。もう、好きすぎて離れたくないくらい……これが私からの告白の返事……でいいかな?」

 気付けば、まりんの顔が熱を帯びて赤くなっている。まりんを抱いたまま、押し黙ってしまった細谷くん、ドキドキするまりんにとってその間がとても長く感じられた。

「……やっと、赤園から返事が聞けた。両想いになるって、こんなに嬉しいものなんだな」

 安堵の笑みを浮かべた細谷くんが抱き合ったまま向かい合い、まりんの唇にキスをする。

「俺が赤園を好きな気持ちは、今もずっと変わらない。もう離さないから、覚悟しとけよ」

 頬を赤く染めて、気取った口調で宣言した細谷くんとまりんの顔が再び近づき、ディープなキスをする。こうしてまりんは、今までよりも愛情が深まった細谷くんと両想いになった。


「いいわねぇ~……これぞ青春って感じで」

「まりんちゃん……細谷くんと末永く幸せに……結婚おめでとう」

「その言葉はまだ、早いんじゃないかな?」

 完全にふたりだけの世界に入り込んでいるまりんと細谷くんを気遣い、離れた場所から、ふたりに背を向けて佇む人が五人。

 ひとりは、羨むような微笑ましい表情をしてうっとりとするローレンス。

 もうひとりは、細谷くんと両想いになれたまりんに祝福の言葉を贈り、感動するあまりほろりとするりりか。

 さらにもうひとりは、感動するりりかをやんわり窘めて苦笑するエディ。

 やれやれ……と言いたげな、安堵の含み笑いが浮かぶ表情で目を閉じ、腕組みしながら俯く祠の管理人さんの姿がエディの右隣に、両手を後ろに組み、気取った含み笑いを浮かべて背後に視線を向けるセバスチャンの姿が、ローレンスの左隣にあった。

「まりんちゃんの無事も確認出来たし……駅前でショッピングして帰ろうかな」

 軽く伸びをしてそう呟くとりりかは、

「ローレンスさん、エディさん。お仕事でお忙しい中、私の話を聞いてくれてありがとうございました。それと……お気遣いにも感謝します」

 両脇で佇むローレンスとエディに視線を向けつつ、感謝の気持ちを告げる。

「どういたしまして。あたし達にとってあんたは、大事なお客様だもの。困っていたら力になってあげたいじゃない。またいつでも、店に遊びにいらっしゃい。メニューに載っていない、特別な軽食をご馳走してあ・げ・る♡」

 そう、店のオーナーであるローレンスが代表して、語尾にハートマークを付けてりりかに告げるとウインクした。

「はい! また、行きます」

 そう、笑顔で返事をしたりりかは「それじゃ……」と会釈して歩き出す。

 徐々に離れて、小さくなって行く、黄瀬りりかの後ろ姿を、無愛想な顔で腕組みしながら、祠の管理人さんは見送った。本当は一般人ではなく、なにか特殊能力を持った人間なのではと言う疑いの目を向けて。

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