第20話 ノエルと覚醒

 エリーの作った繭の中から現れたのは、大きく美しい、白い一匹の竜だった。白い竜は繭から出ると白い翼を広げた。その姿はとても幻想的で美しいものだった。また竜鱗が照明を反射してキラキラと輝いていた。


 その竜の美しさにライとエリーは見入ってしまい、言葉を失っていた。先に正気に戻ったのはエリーだった。


 エリーは自身の繭が破られたことに驚いていた。なぜなら今までエリーの繭から逃れられた者は誰一人としていなかったからだ。しかしエリーは予想外の事態に関わらず、余裕な態度を崩さなかった。


「ずいぶんと大きくなったじゃない」


 エリーは軽口を叩いた。白い竜に姿が変わったノエルに対して、まだ自分の方が強いと思っているのだ。


「半竜半人のときも綺麗だったけど、今もとても綺麗ね」


 エリーはさらにノエルが欲しくなっていた。元々エリーはノエルを愛玩目的で手に入れようとしていたが、これなら鑑賞用に手に入れてもいいと思ったのだ。人間のときの可愛らしい姿と、竜のときの強く美しい姿を両方楽しめると思っていた。


 そんなことを思っているエリーを、ノエルはその鋭い竜の目でじっと睨んだ。睨まれたエリーはその眼光の鋭さに身震いした。その目からは、エリーに勝つという強い意志が感じ取れた。


「いいわ! 素敵ね! 必ず手に入れてみせるわ!」


 エリーはノエルの反抗的な目にさらに興奮していた。簡単に手に入れるより、苦労して手に入れた方が燃え上がるものがあるのだ。


 竜になったノエルは咆哮を上げた。それは屋敷全体を揺らすほどで、体の奥から震えさせるほどの迫力があった。


 それが開戦の合図となった。


 エリーは再びノエルから距離を取り、粘性のある糸の弾を撃ち出した。的が大きくなったため、糸の弾は全弾がノエルに当たった。


 糸の弾が当たったノエルは微動だにしなかった。ノエルのその様子に、ノエルが動けないと判断したエリーは、再びノエルを繭の中に閉じ込めるために近づこうとした。


 そんなエリーは突然動きを止めた。なぜなら竜の顔がじっとエリーを見つめていたからだ。竜に見つめられたエリーは本能的にその場から飛び退いた。そしてその判断は正しかった。


 ノエルはエリーに向かって突進をした。強靱な糸をものともしない、かなりの速度の突進だった。エリーのいた場所にノエルは突っ込んで行き、そこには大穴が空いた。


 半竜半人の形態のときは糸の弾で動きを止められていたが、完全な竜体となった今は、それでは動きを止めることが出来なかった。


 ノエルは突進したことで、エントランスに張り巡らされていた糸が体に絡まっていた。しかしノエルはそれを簡単そうに引き千切って見せた。


 エリーは竜体となったノエルの膂力に驚いていた。あそこまで糸が複雑に体に絡まってしまったら、どんな膂力があっても動くことすら難しいからだ。


「もう拘束は出来なさそうね」


 そう言うとエリーは糸を束ねて鞭を作り出した。糸で拘束することを諦めて、ノエルにダメージを与えることにしたのだ。


 そしてエリーは鞭を振るった。振るわれた鞭は空気を切り裂く音とともにノエルに当たった。しかしノエルは全く動じなかった。


 半竜半人のときは竜鱗が剥がれるほどの一撃だったが、今のノエルには全く効いていなかった。その証拠にノエルの竜鱗には傷一つ付いていなかった。


 それでもエリーはノエルに鞭を振るうのを止めなかった。そんなエリーの攻撃にノエルは鬱陶しそうに体を軽く動かす程度だった。


 エリーは一旦息を整えるために鞭での攻撃を止めた。そしてエリーは無傷のノエルを見て驚いた。


「はぁはぁ、効果なしのようね……」


 息を荒げるエリーに対し、ノエルは攻撃に対して全く動じていなかった。そしてノエルはエリーの攻撃が止んだタイミングで攻勢に出た。


 ノエルは前足を振りかぶり、軽く竜爪を振るった。その動きを見たエリーは糸の盾を作って身を守ろうとした。


 しかし軽く振るわれただけの竜爪による一撃を、エリーは防ぐことが出来なかった。竜爪による斬撃はエリーの糸の盾を全て切り裂き、その奥にいるエリーにまで届いた。


「さっきより断然強くなっているのね……」


 竜爪の一撃はエリーの肌の表面を切り裂いており、エリーは軽く血を流していた。


(私が血を流すなんて、いつぶりかしら)


 エリーは冷静さを感じさせる表情を崩さなかったが、内心はかなり焦っていた。ノエルの力が予想以上に強くなっていたからだ。


 ノエルはじっとエリーを睨んでいた。そして標的を定めると、ノエルはエリーに対して攻撃を仕掛けた。


 ノエルは首を動かし、エリーに噛みつこうとした。エリーは迫り来る牙に恐れを感じ、その場から退避した。エリーは再び糸を張り巡らせることで、三次元的に動き回り、標的を絞らせなかった。


 しかしノエルは徐々に竜体での動きに慣れてきており、動きが速くなっていった。一方でエリーは徐々に早く正確になる攻撃に苦戦していた。


 そしてノエルは再び竜爪を振るった。逃げ場をなくしていたエリーは自身を守るために、強靱な繭で自分自身を包んだ。


 繭は幾層にも重なり合った糸により、強靱な盾と化していた。そのため今度はノエルの竜爪による一撃はエリーにまで届かなかった。


 しかし繭の中に入って自身の視界を塞いでしまったことで、エリーは次のノエルの攻撃に対応出来なかった。


 ノエルは決定的な隙を見逃さず、エリーに一気に近づいて前足を振るった。その重い一撃でエリーは床に叩きつけられた。


 糸の盾ごと床に叩きつけられたエリーは、その一撃で気を失った。そしてエリーが動かなくなったことを確認したノエルは勝利の咆哮を上げた。

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