ブルートレイン

たんぜべ なた。

車窓から見えた夜景

 男が大学生だった頃…地方から上京する手段としては、航空機、夜行バス、新幹線…そして寝台特急ブルートレインがありました。


 まず航空機については、運賃がどの乗り物よりも割高で手の付けようがありませんでした。

 そもそも地方の飛行場と言えば、不便な立地を余儀なくされ、公共交通機関からも見放された僻地へと追いやられています。


 次に夜行バスと新幹線ですが…。

 運賃から言えば、夜行バスが最安のハズなのですが、夜行バスで夜明けを迎えた後に、高速バスへ移乗しなければなりません。

 新幹線だって、地元まで開通したのは10年前の事で、最寄りの新幹線駅に移動するためには、特急列車や高速バスを利用しなければなりません。

 とにかく『乗り換え』が煩わしくてしょうがないのです…荷物ぶら下げてますからね、分かるでしょ?


 というわけで、そこそこの運賃を支払ってブルートレインに乗っていたのです…何せ乗り換え無しで上京出来るうえに、夜間を移動時間に使えるという特典付きです。


 さて、このブルートレインに乗っていた理由がもう一つあります。

 それは、ブルートレインがしていたからです…それも夜半過ぎの深夜に。


「好きです!」

 という言葉を発することも叶わず、過ぎ去った中学生の1ページ。

 転勤族だった男は、周りの人と打ち解けることがなかなか出来ず、まして惚れてしまった女性を相手に、どう接したらいいのか判らないまま、次の街へ旅立ったのでした。


 そして月日は流れ、車窓から『恋い焦がれていた女性の住んでいる街』の夜景を眺める…。

 やるせない気持ちと、彼女の面影を車窓に重ねながら流れていく深夜の夜景は叙情的でした。


 また、時間調節のために、かの街の停車場へブルートレインが止まることもしばしばあり、何故か男はドキドキしてしまうのでした。


 やがて、新幹線が地元へ開通する事と引き換えにブルートレインは姿を消します。

 そして、男の住まいは空港の近所となり、上京する際には航空機を利用することなりました…航空運賃もだいぶん値頃感が出てきましたので…ね。


 移動時間の短縮と利便性を手に入れた結果、男は『叙情的な夜景』を失うことになり、中学生の1ページは心の片隅からも永遠に消えはじめています。


 あの時、「好きです!」と叫ぶことが出来たならば…男の半生は、どのように変わっていたでしょうか?

 ブルートレインの車窓から眺めた、あの街の夜景には、その思いを馳せるに足る雰囲気があるのでした。

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ブルートレイン たんぜべ なた。 @nabedon2022

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