第3話 悪徳貴族の御曹司、命がけの家族会議をする。


「――――――おはようございます、母上」


 翌日。早朝午前七時。


 大広間に入ると、リフェクトリーテーブルに、父、母、妹の姿があった。


 テーブルの上にあるのは、血の入ったワイングラス、オークの顔面が皿に乗った兜焼き、脈打つ何かの心臓、何かの生物の目玉が転がったサラダ……と、おどろおどろしい料理の数々の姿があった。


 俺はその光景にゴクリと唾を飲み込んだ後、背後に三人のメイドを引き連れ、席に着く。


 すると上座に座る父、ゴルドラス二世は、俺に対して怪訝な声を発した。


「ギルベルト? お前、昨日くれてやった奴隷を、メイドなんかにしたのか?」


 俺は内心でダラダラと汗を流しながらも、不敵な笑みを浮かべ、ワイングラスを手に取った。


 そして、父へと向けて口を開く。


「ええ。この下等な者たちは、昨晩、その心を折って我が配下、メイドとしました」


「配下、だと? 異形種でも何もないただの人間どもを、か?」


 俺はゴクリと唾を飲み込んだ後。昨晩のことを思い返していった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「―――――これからのこと、なんだけど……」


 自室で正座をする、森妖精族エルフ鬼人族オーガ鉱山族ドワーフの、奴隷の少女たち。


 俺はそんな彼女たちの前に立ち、コホンと咳払いをして、再度開口する。


「先ほどの、妹の様子から見て察してもらえたように、この家の人間は悪魔のような連中ばかりだ。君たちを故郷に返したいのは山々なんだが、うちの家族どもは何故か俺を溺愛していて、俺の周りを常にウロチョロしている。だから……隙を見て君たちを逃がせる機会を得るまでは、君たちは極悪な俺に恭順な意志を見せる、下僕を演じていて欲しい」


 俺のその言葉に、三人はお互いに顔を見合わせた後、再びこちらに視線を向けてコクリと頷く。


 俺はそんな少女たちに頷きを返した後、再び口を開いた。


「よし。それじゃあ、まずは、名前を教えてくれるかな。じゃあ、森妖精族エルフの君から」


 俺がそう声を掛けると、白髪の森妖精族エルフは豊満な胸に手を当て、話し始めた。


「はい。私の名前はサイネリアです。誇り高き森妖精族エルフの戦士、ネペンテスの娘です。よろしくお願い致します、ギルベルトさん」


 続けて、赤い髪に山羊のような角が頭から生える鬼人族オーガの少女が口を開く。


「……私、レナ。よろしく」


 最後に、最年少と思しき、ブロンド褐色のロリっ子、鉱山族ドワーフの少女が口を開いた。


「わ、私は、クルルです!! よ、よろしくお願いしますです、ギルベルトさん!!」


「サイネリアにレナにクルルか。よろしく。それと、人がいない時は俺を好きに呼んでも良いが、他に人がいる前では、俺のことは様付けで呼んで欲しい。俺たちの関係性を怪しまれる可能性があるからな。……はぁ。何か、人に様付けで呼べって言うの、嫌だなぁ。俺、本来はそこまで偉い人間じゃないだけどなぁ……」


「分かりました。今後、気を付けたいと思います」


「……分かった」「りょ、了解しましたですぅ!!」


「うん、頼んだ。……そうだ。君たちはこれから奴隷じゃなく、俺のメイド、ということにした方が色々と都合が良いかもしれないな。奴隷よりもメイドの方が動きやすいだろうし、さっきみたいに妹に無理やり拷問しろとか言われないだろうし……」


 俺のその言葉に、森妖精族エルフのサイネリアは耳をピクリと動かし、俺に声を掛けてきた。


「ですが、ギルベルト様。先ほどのメアリー・キルル・ブラッドリバーの反応を見るに、突然奴隷である私たちが貴方のメイドになったら……彼女たちは、不自然だと思うのではないでしょうか? ブラッドリバー家の人間は、人間をゴミとしか思っていなさそうですし」


「……うん。君の言う通りだよ、サイネリア。だけど……逆に奴隷のまま、君たちを生かし続けたら……連中はそれこそ不思議に思うかもしれない。彼らは奴隷は使い捨てのオモチャとしか考えていない。彼らにとって人間の捕虜というのは、殺すのが、普通なんだ」


 俺のその発言に、サイネリアは眉間に皺を寄せ、膝の上の拳をギュッと握る。


「何故……何故、ブラッドリバー家の者たちは、そんなに極悪非道なのでしょうか? ギルベルト様のように、まともな精神を持っている方は、いないのでしょうか……」


「彼らは人ではなく、吸血鬼だからね。吸血鬼にとって人間は餌でしかない。俺は……突然変異の個体として見た方が良いよ。吸血鬼という生物は、多分、全員ああいう生き物だから」


 俺は突然前世の人間だった頃の記憶を取り戻したから、まともな価値観を持っているが……人を食料としか考えていない化け物たちは、人間の目線でものごとを見ることはけっしてしないだろう。


 人が家畜と会話ができないように、吸血鬼は人と会話ができないのだ。


「とにかく。俺に任せて欲しい。君たちはこれから、俺のメイドとして扱う。それ以外に、君たちを助ける術はないのだから」


 俺のその発言に、三人は優し気な笑みを浮かべる。


「ギルベルト様は本当にお優しい方ですね。見ず知らずの私たちにそこまでしてくださるなんて。何故、この悪魔のような一家の中で、貴方様のような聖人が産まれたのか不思議です」


「……レナもそう思う。ギルくんは、優しい」


「ク、クルルもそう思うですぅ!! お、お話してみて、びっくりしたと言いますか……とってもいい人ですぅ!!」


 彼女たちにそう言われ、俺は恥ずかしくなり、鼻を搔く。


「そ、そんなことはないよ。そうだ、この部屋にシャワールームがあるから、順番に使って貰って構わないよ。その間に着替えとメイド服は、用意しておくから。あとは、疲れているだろうし……シャワーを浴びたら、俺のベッドで寝てくれて構わない。俺は、床で寝るからさ」


「そ、そこまでしてもらうわけには……!!」


「いいからいいから」


 俺はそう言って、少女たちに笑みを浮かべた。


 この悪魔だらけの家の中で、唯一、素の自分で話せる彼女たちは……俺にとって、とても嬉しい存在だった。


 だから、できることならば、彼女たちには平穏無事でいてもらいたい。


 今後の俺の心の安寧のためにも。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「――――――そして、今に戻るわけだが……」


 俺がサイネリア、レナ、クルルを自分のメイドにすると言った瞬間、父ゴルドラス二世は髪を逆上げ、こちらを射殺すように睨み、母はオークの頭にナイフを打っ刺したまま俺に不気味な微笑みを浮かべ、妹メアリーは人間の皮で造られた人形を両腕に抱きながら、俺をおかしなものでも見るかのよう目で見つめていた。


 ……や、やばい。思っていた以上に、家族たちの反応が、やばい。


 ゴクリと唾を飲み込む。全身に悪寒が奔り、鳥肌が浮き立つ。


 目の前にいるこの三人は、人の形をしただけの、俺など容易に殺せる化け物だということを直感で理解する。


 やっぱり、こいつらは……正真正銘の化け物たちだ。


「ギルベルト。お前……今何て言った? そいつらを、自分の配下、メイドにする、だと?」

 

 父、ゴルドラス二世がこちらを充血した目で睨み付けてくる。


 ひ、ひぇぇぇぇぇぇぇ!! こぇぇぇぇぇぇぇぇ!! なんなのこの父親!! 


 前世孤児だったから分からないけど、世の父親ってこんなものなの!? こんなに怖いものなの!?


 俺は内心で悲鳴を上げつつも、不敵な態度を変えない。


 笑みを浮かべたまま、ワイングラス片手に、口を開いた。


「ええ。父上。俺はこの者たちを自分のメイドに――――」


 ……その時。顔の横をナイフが通り抜け、サイネリアの肩を掠め、背後の壁に突き刺さった。


 俺はダラダラと汗を流しながら、硬直する。


 ナイフを投げたのは……母、ヘレナ・ベル・ブラッドリバーだった。


 ヘレナは不気味な微笑みを浮かべながら席を立ち、首を傾げる。


「貴方……本当にギルベルトなの? 私の息子を騙った、偽物……なんじゃないの? まさか、聖教会の間者が幻惑魔法を使用してギルベルト扮しているのかしら? フフ、ウフフフフ、アハハハハハハハハハハハハ!!!!!! 法国の異端狩りエクソシストたちが最近、ルーベンス家の者たちを吸血鬼と見破り、殺していることは有名な話だからねぇ!! ついに、ブラッドリバー家にまで来たってわけねぇ!! この、クソどもがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!! 私の親友を殺しやがってぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


 髪を乱暴に掻きむしり、発狂する母、ヘレナ。


 そんな彼女の横に座るメアリーは、母に向けて静かに口を開いた。


「お母さま。まだ、異端狩りエクソシストだと決まったわけではありませんわ。お兄様は、とても知慮深い御方。何か理由があって、あの愚物たちをメイドにすると言っているのかもしれません」


「はぁぁぁぁぁぁ!?!? 何を言っているのかしら、メアリーちゃん? 私のギルベルトが、下等な人間をメイドにするなんて言うわけないでしょぉう? ギルベルトだったら、私たちの想像を付かないやり方で奴隷を殺して、その成果を朝食の場で見せてくれるはずですもの。ねぇ、偽物さん?」


 母ヘレナから、強烈な殺意が向けられる。


 や……やばい。普通におしっこ漏らしそうなくらいに、怖い……。


「ど、どうしましょうか、ギルベルト様……!!」


 背後からこっそりと、サイネリアがそう声を掛けてくる。


 うん、俺もどうしたら良いのか分からない!! できればいますぐこの場から逃げ出したい!!


 内心で大慌てしていると、コホンと咳払いをして、父、ゴルドラス二世が沈黙を破った。


「静かにしろ、ヘレナ。確かに、メアリーの言葉には一理ある。我が息子ギルベルトなら、考えも付かない一手を想像しているのかもしれん」


「何を言っているの、あなた!! こいつは絶対に、異端狩りエクソシストに決まって……!!」


「我輩が静かにしていろと言ったのが分からないのか? ヘレナ」


 父がギロリとヘレナを睨む。その瞬間、食卓に置かれていたワイングラスがパリンと全て割れた。


 その光景に、父の背後で眠っていた三つの頭を持つ番犬ケルベロスが、怯えたように身体を震わせ始める。


 母や妹もビクリと肩を震わせ、額から汗を流して硬直した。


 ――――――この光景を見て、理解した。


 やはりこの家で一番力を持つ者は、この男、ゴルドラス二世であるということを。


「ヘレナ、見てみろ。ギルベルトは、我輩が放った殺気の中でも平然として不敵な笑みを浮かべておるぞ」


 そう言って父は、俺を見てフフッと笑ってみせた。


 え、ええと……もうどうしようもないほど怖くて、表情筋が固まってしまっただけなんですが……け、結果オーライかな? これは?


 俺が何も言えずにいると、父は続けて口を開いた。


「先ほど、ヘレナにナイフを投げられた時も、ギルベルトは一切動じることはしなかった。こやつは、理解していたのだ。もし万が一ナイフが顔に当たっても、ヘレナ如きのナイフでは、自分を殺すことは敵わないということがな」


「ですが、あなた……!!」


「あぁ、分かっている。それだけでこいつが異端狩りエクソシストではないという可能性は捨てきれないだろう。法国の異端狩りエクソシストどもは、人間の世界でも最も強力な能力を持った存在……だからこそ、動じなかったという線もあり得る」


「……ゴクッ」


「さて。ギルベルトよ。貴様が何を思ってその奴隷たちをメイドにしたのか……今から我輩らに述べてみよ」


 俺は……命を掛けた討論の場に立たされることとなった。

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