第1話 悪魔のような顔をした少年と奴隷の少女たち


 俺の名前は、杉原 善太郎。十九歳。どこにでもいるただのフリーターだ。


 俺の生き方は至ってシンプル。それは「誰かの助けになる生き方をすること」だ。


 俺には幼い頃から両親がいない。


 物心付いた頃から俺は、児童養護施設で育ってきた。


 その施設で働いていた施設長が、いつも口癖のように俺にこう言っていた。


『誰かを助けることができる優しい人間になりなさい』―――と。


 だから俺はその言葉を守り、日々、誰かを助けられるような、そんな正義の存在を志している。


 どんなに過酷な状況でも関係ない。


 笑みを浮かべて、誰かに手を差し伸べられる、そんな人間に俺はなる。


「お婆さん、大丈夫ですか? 荷物、持ちますよ?」


 夕方。いつものようにアルバイト先のコンビニへと向かおうとした矢先、信号待ちの横断歩道の前で、重たそうにビニール袋を両手に持ったお婆さんに出くわした。


 俺はすぐにその老婆に声を掛けて、荷物を持つと声を掛ける。


 するとお婆さんは微笑みを浮かべ、俺に視線を向けてきた。


「ありがとう。でも、大丈夫だよ。私の家は、横断歩道を渡ってすぐ先だから」


「自分、この先にあるコンビニで働いているので。ついでなので、お持ちしますよ」


「そうかい? それじゃあ、悪いけれど……お願いするね?」


「はい」


 俺はお婆さんから二つのビニール袋を受け取る。


 するとお婆さんは、優し気な表情で声を掛けてきた。


「若いのにしっかりしているねぇ。アルバイトをしているって言っていたけれど……苦学生って奴かい?」


「いえ。自分、フリーターなんです。大学に通うための学費を稼いでいるんですが……これがなかなかに大変でして。お給料の殆どは生活費に消えてしまって、全然、貯まらないんですよ」


「奨学金とかは借りれないのかい?」


「両親も親族もいないので、保証人になってくれる人がいなくて」


「苦労……しているんだねぇ」


「いえ。もうこの立場にも納得しました。ならば前向きに、苦労を楽しむことにしたんです」


 そう答えると、信号の色が青に変わる。


 俺はお婆さんと一緒に横断歩道を渡った。


「君は、本当に善人なんだねぇ。私にも君くらいの歳の孫がいるけれど、遊ぶことしか頭にない子で。いつも大学の友達と車に乗って遊びまわ―――」


 ――――その時。「キィィィィィ」というブレーキ音と共に、突如、横断歩道に車が突進してきた。


 猛スピードで突進してきた赤いスポーツカー。


 俺は咄嗟にビニール袋を放り投げ、御婆さんを前へと突き飛ばす。


「お婆さん!」


「え……?」


 そして、次の瞬間――――――俺は車に跳ねられ、宙を舞った。


「かはっ!」


 吐き出した血が、夕焼け空に舞う。


 その後、ドサッと地面に倒れ伏した俺は……そのまま、途切れそうな意識の中、赤い空を見上げた。


「これが……俺の、終わり……なのか……?」


 全身が痛くて仕方がない。呼吸が上手くできない。


 まだ、死にたくない。一人のまま、死にたくない。


 幼い頃から、家族というものに憧れを抱いていた。


 将来愛する人と結婚して、親になって、家族というものを作りたかった。


 それなのに……孤独のまま、ここで俺は終わるの、か……?


 何とも、呆気ない結末だ。悲しくて仕方ない。


(家族……欲しかった、な……)


 そう心の中で呟き、俺の意識は途切れる。


 こうして、俺、杉原 善太郎は死んだのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「そして、今に至るのだが―――――」


 目の前の姿見に映るのは、金髪に紅い瞳をした、生意気そうな顔をした10歳くらいの幼い少年の姿。


 どう見てもこの少年は、生前の自分とは異なる姿だろう。


 そんな光景に、俺は思わずため息を溢してしまう。


「吸血鬼であることを隠し、人の世に生きる貴族―――ブラッドリバー家、か」


 そう。今の俺は、人間ではない。


 三日ほど前のことだ。


 俺は階段から転び、頭をぶつけ、前世の自分のことを思い出したんだ。


 自分がこことは異なる世界で、フリーターとして生きていた青年だったことを。


 ……最初はかなり混乱したさ。


 何で自分が、こんな、中世ヨーロッパ風の貴族の坊ちゃんに転生しているのか、ってね。


 だけど、混乱よりもまず先に、俺はこの悪徳貴族家の御曹司であることを演じなければならなくなった。


 何故なら、先ほど晩餐会に居た父と母、妹は、俺が以前とは少し変わった様子を見せると―――『幻惑魔法で造り出した間者か?』と、すぐに俺に対して剣やら攻撃魔法やらを向けてくるのだ。


 少しでも素を出しては殺されると悟った俺は、この家、ブラッドリバー家の御曹司として振る舞うことに決める。


 元はただの善良な一市民だっただけに、悪役を演じるのはなかなかにハードルが高かったが……背に腹は代えられないだろう。


 連中の悪辣非道さには、たまに、本気でドン引きすることは多いけどな。


「はぁ……本当、何でこんなことになってしまったんだ……誰かー!! 俺を元の世界に返してくれーーー!!」


「「「ヒィィィィィ!!!!」」」


 その時。背後から、悲鳴の声が聴こえてくる。


 振り返るとそこには、部屋の隅で縮こまっている、手足をロープで縛られた三人の奴隷の姿があった。


 彼女たちは俺と目が合うとか細い悲鳴を上げ、ガタガタと身体を振るわせ始める。


 先ほどの晩餐会で父上からもらい受けたは良いもの……こいつら、どうしようかな。


 勿論、この俺に、か弱い少女たちを拷問したり犯したりする趣味は無い。


 だとしたら……やることはひとつだけか。


 俺はテーブルの引き出しを開けると、そこから一本のナイフを取り出す。


 そして、少女たちの元へと歩みを進めていった。


 ――――その時。


 一番の年長者と思しき白髪の森妖精族エルフの少女が、他の少女たちを庇うように前に出て、意を決した表情で口を開いた。


「ご、拷問するなら、わ、私だけにしてください!! だから、幼いこの子たちには手を出さないでください!! お願いします!! 何でもしますから!!」


 怯えた顔で、涙を溢す長い白髪の少女。そんな彼女に、残った少女たちは叫び声を上げた。


「駄目だよ!!」「やめてください!!」 


「良いから! この男は、私の領地を穢したブラッドリバー家の嫡男、ギルベルト・フォン・ブラッドリバーです……!! 悪逆の限りを尽くす、悪魔と呼ばれている少年……!! こんな男に、幼い貴方たちを好きにさせては……酷いことになるのは明白です!! 私は戦士の娘として、屈しません!!」


 そう口にして、キッと俺を睨み付ける森妖精族エルフの少女。


 そして彼女は続けて、大きく声を張り上げた。


「戦士の娘として、覚悟はできています!! さ、さぁ!! 私を拷問するなり犯すなり、好きにしなさい!! ただし、後ろにいる彼女たちに指一本触れようものなら……噛みついてでも貴方に一矢報いてやります!! ですから――――」


 俺は、少女の手を掴む。すると彼女は目を瞑り、涙を溢した。


「神様……っ!!」


「……ったく、酷いことするもんだな。よいしょっと」


「え……?」


 俺は、少女の手首を校則していた縄をナイフで切り、開放してあげた。


 続けて、足の縄もナイフで切って、自由にしてあげる。


 すると少女は目をパチクリと瞬かせて、唖然とした様子を見せた。


「え? な……なん……で……?」


「よし。じゃあ、次……そこの角が生えた子。手足出して。縄、切ってやるから」


「え? え?」


 困惑する少女たち。俺はそんな彼女たち三人の拘束を解いて、全員自由にしてあげた。


 三人分の拘束を解いた後、立ち上がり、ふぅと短く息を吐く。


 するとそんな俺に、白髪の少女が首を傾げて声を掛けてきた。


「ど、どうして? どうして……私たちを自由にしたのですか?」


「どうしてって言われても……俺には、君たちを痛めつける趣味はない。あ、お茶でもいるかい? 確か、戸棚に美味しい紅茶の茶葉があったんだ」


 そう言って俺は、戸棚へと向かう。


 しかし、手が届かない。十歳の身形では、戸棚の一番上にある茶葉の入った瓶でさえ、取れないようだ。


「おい、そこの白髪の……ちょっと、この瓶取ってくれないか? 君が一番、姉妹の中では高身長だろう?」


「は……は、い……?」


 少女は困惑しながらも、俺の指示通り、棚に近付き、茶葉の入った瓶を手に取ったのだった。

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