はる坊

第1話終わりの始まり

唐突に鳴り始めたサイレンで、僕は自分の部屋で目が覚めた。どうせ市の防災無線だろうと思い、また布団に潜ろうとしたが、どうやらいつもの放送とは訳が違うみたいだ。何やら外が騒がしく、いつもなら静かな筈の住宅街が、叫びとも悲鳴とも受け取れるような声で響いていた。僕は何か不吉な予感がして、自分の部屋に設置してあるテレビの電源を付けてニュースを見た。しかし普段通りの落ち着きのある、いつものニュースキャスターがいるだけだった。僕はテレビを消し、何か不測の事態になった時に対応出来るよう、運動しやすい服に着替え、学校に持っていってる荷物が沢山入りそうなリュックを背負い、一階にいるであろう妹と、父母に声をかけようとして階段を降りていった。しかし誰もそこには居なかった。多分相当急いでいたのだろう、付けっぱなしのテレビや食べかけのおやつ等が放置してあったからだ。おやつの横に一つの紙切れがあり読んでみると、『皆んな小学校に避難しているから、起きたらすぐに来て。』とだけ書かれていた。僕は何故起こしてくれなかったのだろうと疑問に思っていたが、普段字が綺麗な母が書いたとは思えないほど慌てた字だったので、起こす暇がなかったのだろうと察する事ができた。僕は家族が避難している小学校に向かおうと思い、防犯対策として家の全部の窓と、リビングにあるシャッターを降ろしてから玄関を開けた。

僕は外を見て、何が起きているのか理解できなかった。いや、それは違うかもしれない。僕の頭が理解するのを拒んだのだろう。まるでゾンビ系のドラマや映画にありそうな光景が目の前に広がっていたからだ。人が人を襲い、食べて、また次の人間を求めて彷徨い始める。狭い道でさえこの様な状況なのだから、大通りはもっと酷い状態であるのは考えなくてもわかるほどだった。僕は母が残してくれた置き手紙の通りに、震える脚と恐怖心を押さえつけて、避難所に指定されている小学校へと足を進めた。小学校までは歩きで三〜四分と近い筈なのだが、正門に辿り着いたのは家から出ておよそ15分後の事だった。道中ではゾンビの様な人に気づかれない様に静かに歩いたり、車同士が衝突して通れなくなっている道を回り道しながら移動したり、時折物陰に隠れたりして何とか正門に辿り着くことができた。しかし、僕が思っていた小学校とは随分とかけ離れてしまったらしい。学校の周りは鉄柵で元々覆われていたのだが、それにプラスされて机やら椅子やらで補強されている。正門、裏門は1番ゾンビが集まりやすいので、そこはちゃんと考えていたのだろう、しっかりと二重に固められていた。まさにゾンビ物の、良く避難所に指定されている学校である。僕はどこかに入れる所がないかと入り口を探していたら、正門の横に小さい扉みたいな穴みたいな所があり、そこから中に入る事が出来た。中に入ってみると、普段小学生がよく遊んでいるサッカーのコート二面分はありそうな広い校庭に、沢山の非常用テントが設置されていた。外にテントが設置されているということは、学校の外との隔離がうまくいったのだろう。普通パンデミックが発生したら、誰しもが自分の事を優先させたがるのだが、ここの校長や教師たちは皆優秀な様だ。子供達の安全を考え行動した結果が、上手く隔離に繋がったなだろう。僕は校舎に向かいながらいつも通りのペースで歩いていると、テントの中に見知った顔の人がちらほらと見えた。学校の正面玄関に着くと、小さな子供達の遺体が丁寧に隅の方に放置されていた。顔の上には白い布が被されており、仕方なく殺してしまったのが見てわかるようで胸が傷み、ここもパンデミックが発生した当時は大変だったのだろうと感じることが容易だった。僕は荒れた校舎の中に入り、3階にある妹のクラスに向かいながら余っている時間で1つの考察を立ててみることにした。その1つとは、このパンデミックの規模だ。件のゾンビ系の映画やドラマ、アニメ等だと大体が全国的に発生している。しかし実際は1部の限定的な場所でしか起こっていないという説を僕は推す。それには少しばかりの根拠という物がある。今日の起きてから今までで気になったことが一つだけあった。そう、テレビだ。この様な非常事態が起きれば真っ先に放送や中継をしたがるテレビ局が、一際放送をしていなかったからだ。けれどこんな考え方をすることも出来る。そのテレビ局に情報が送れていないと言う可能性だ。まぁいずれTwitterやらYouTubeやらで情報が全国的に拡散され、その非常事態を知った内閣府が治安維持の為に緊急の対策委員を設置し、自衛隊や消防、警察と連携して対応に当たっていくだろう。そんなことを考えながら歩いていたら、家族が避難しているだろう、3階の妹の教室に着いていた。この教室を見るのはなんだか懐かしい感じがする。それもその筈、僕もこの小学校の卒業生だったからだ。来るのは5年半振りと言ったところだろう。教室のガタついた扉を開け中に入ると、そこにはとても重苦しい、息が詰まりそうな空気感があった。その空気感を跳ね除けて家族を探そうと当たりを見渡すと、妹が僕の所に、「お兄ちゃん」と言いながら駆け寄ってきた。「よかった、お兄ちゃんが無事で本当によかった」「桜!良かった、僕も桜が無事で本当によかったよ」

そう言って泣きながら駆け寄ってきた妹を抱きしめて、僕は桜に、「さっきから見えないんだけど、父さんと母さんは?」と聞くと、桜は涙を拭って「お父さんなら中学校に行ったよ。そろそろ帰ってくると思うけど...お母さんは緊急の会議があるって言って、迎えにきた部下みたいな人と一緒にお仕事に行っちゃった」

心配しているような様子で話している桜の頭を落ち着かせるように撫でながら、僕も深呼吸をして一旦自分の心を落ち着かせた。父さんは中学校に行っているのか...我ながら凄い父を持ったものだ。まさか人の為に命の危険を冒してまで助けに行くなんて。僕にはとても考えられない事だ。考えることは出来たとしても、いざ実際に行動しようとしたら絶対に出来ないだろう。それにしても母さんは大丈夫だろうか。すぐに帰って来てくれればいいけど...。

教室の窓を見ると外はもう暗闇に満ちていた。わずかな月明かり地上を照らしており、空には星が輝いていた。教室の中は皆寝ており、静まり返っている。僕は星に向かって、父さんと母さんが無事であるよう祈り、配給された布団に潜り横で寝ている妹を見ながら深い眠りについた。

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