第11話 試合終了


 その後の試合は、全て「始め」の合図の瞬間に挑戦者が打ち据えられて、終わった。


 オオタとマツモトが扉から駆け寄ってきて、拍手しながら、


「トミヤス様! お見事でした! 全戦全勝でしたね! いや、素晴らしい! 素晴らしい試合でした! これはきっと後世まで語り継がれる試合になりますよ!」


「あれだけの人数をたった3日で終わらせるなど、誰が想像出来ましょうか! 神童、まさにここにありですな! もう剣聖を名乗っても良いでしょう! いやあ素晴らしい!」


 もう大喝采だ。

 2人にやいやい褒められながら、扉に向かうと、廊下の両側にメイドがずらりと並んでいる。


 マサヒデ達が歩いて行くと、順に頭を下げていく。

 表情こそいつもの無表情だが、皆、興奮しているのか、上気して赤い顔をしている。


 ロビーに出ると、今度は冒険者たちが大喝采だ。


「お疲れ様でしたー!」「トミヤス様、ばんざーい!」「おめでとうございます!」


 皆がマサヒデを見て立ち上がり、笑いながら、大声を上げる。

 すごい拍手の音でロビーの窓が割れそうだ。

 オオタがロビーの奥で、大声を上げた。


「今ここにいる皆の者! トミヤス様の勝利に立ち会った皆の者! 今日はワシの奢りだ! 好きなだけ食え! 好きなだけ飲め! 全部タダだ! 高い料理! 高い酒! 全部だ! さあ食堂へ走れ! 受付! 今日はもう閉めていいぞ! お前も好きなだけ食え! 好きなだけ飲むのだ! わーははははは!」


「トミヤス様! オオタ様! ばんざーい! 行くぞー!」


 冒険者たちは歓声を上げて、食堂へ走って行った。

 遅れて受付嬢が「うきゃー!」と笑いながら、食堂へ走って行った。


「さあトミヤス様! ハワード様! お二人も是非! お仲間も皆、食堂でお待ちですぞ!」


 大興奮して、にこにこしているオオタ。

 だが、マサヒデには、まず最初に勝利を告げなければならない相手がいる。


「オオタ様、ありがとうございます。しかし、私にはまず勝利を告げなければならない方が」


「トミヤス様! 当然、マツ様も呼んでおりますぞ! さあさあ!」


「そうでしたか。では、アルマダさん。我々も、ご厚意に甘えてしまいましょうか」


「そうですぞ! さあ参りましょう! はははは!」



----------



 食堂の扉は開いていて、中は大騒ぎだ。

 皆が料理を、酒を手に取って、わいわい騒いでいる。


「さあトミヤス様! 壇上へどうぞ!」


「え!?」


「本日はあなたが主役! さあ、皆に声を掛けて下さい!」


「ちょ、ちょっと、そんなこと言われましても、何も」


「勢いでいいんです! 勢いで! さあ!」


 オオタがマサヒデの腕を掴んで、ぐいぐいと引っ張って行く。


「アルマダさん!」


「頑張って下さい!」


「そんな! 助けて下さい!」


 アルマダはもうマサヒデから離れ「すみません、このワインは」などとグラスを取って喋っている。


「マサヒデ!」


 聞き慣れた大声。


「トモヤ! 助けてくれ!」


「ビシっとした挨拶を頼む!」


「トモヤ! お主は!」


「おい、これも食っていいのか」


「マサヒデ様!」


「マツさん!」


「決めて下さい!」


「そんな! マツさんまで!」


 ずるずると引っ張られ、ついにマサヒデは壇上に上がってしまった。

 頭が真っ白になって、何も言葉が浮かばない。どうしたら!


「ごほん」


 はっ! として見上げると、オオタがまさに喋り出す所だ。

 まずい! このままでは・・・!


「静聴! これより、本日の主役! マサヒデ=トミヤス様からのお言葉がある! ・・・さあ、トミヤス様」


 もう、逃げられない。

 大騒ぎだった部屋が、しーん・・・として、皆の目がマサヒデに向いている・・・


「えーと・・・私、こういうのは初めてなので・・・」


 びしびしと視線を感じる・・・


「上手く、喋れないかもしれませんが、えー・・・あ! まず、今回、すごくお世話になった、この冒険者ギルドの皆さんに、お礼を! 皆さん、ありがとうございました!」


 わー、と拍手と歓声が上がる。

 すぐ収まって、また静寂。

 皆が次の言葉を待っている・・・


「あと、そうだ! ずっと審判に立ち会ってくれた、私の剣友、アルマダ=ハワードさん! ありがとうございました!」


 アルマダがにこっと笑って、ワイングラスを上げた。

 皆がアルマダに拍手をしている。


「あ、そうだ、それと、私の妻! マツ=フォ・・・マツ=マイヨール、じゃなくて、マツ=トミヤス!」


 マツは胸に手を当てて、真っ赤な顔で下を向いた。

 皆の拍手が、マツに送られる。


「私は最初、この試合を楽しむつもりでいました! ただ、強い人と戦えるということを、楽しみにしていました! でも、色々あって、私は心の中で、マツさんと子に誓いました! 楽しむのではなく、全部勝つと! 修羅になると!」


 食堂がしーんとした。


「それで、えーと、なんていうか・・・試合には勝ったんですが、真剣だったら、負けてしまっていた勝負がありました」


 マツが、はっ! と顔を上げた。

 真剣なら負け? ざわ、と会場が少しざわついた。


「私は、それをマツさんに謝りに行きました。マツさんは怒りました。そんな勝手な誓いは許さないと。誓う時は、私と子の前で誓って下さい、と。私は、自分の心の中だけで勝とうと誓い、失敗して、マツさんに謝りに行ったのです。自分勝手でした! それから、もう一度、マツさんと、子に誓いました! もう負けない! 全部勝つ!」


 皆が静かにマサヒデの言葉を聞いている。


「だから、勝つことが出来ました! マツさん! ありがとうございました!」


 頭を下げたマサヒデの肩に、オオタがぽん、と手を置いた。


「皆、聞いたか! トミヤス様の強さはトミヤス様の努力や技術、才能だけのものではない! その上に! 友! 妻! 子! それら大事な者が宿った剣であるから強いのだ! これこそ本物の強さではないか! さあ皆の者! 拍手を送れ! トミヤス様と、トミヤス様の大事な方々に! 栄光を願い拍手を!」


 わあー! と歓声が上がって、食堂が大拍手に包まれた。


「さ、トミヤス様。我々も楽しみましょうか!」


「オオタ様、助かりました。ありがとうございました・・・」


「いいや、違います。確かにトミヤス様のお言葉は、朴訥ではあった。だが、真実に満ちていた。まっすぐであった。飾られていない、本物であったからこそ、皆の心に響いたのです。言葉の巧拙ではない。心があったから、届いたのですぞ」


「そうでしたでしょうか」


「そうですとも。さあ、参りましょう」


 げっそりして壇上から降りると、マツが迎えてくれた。


「マサヒデ様。此度の勝利、おめでとうございます」


「マツさん」


 水が差し出された。

 マサヒデはそれを一気にあおり、ふう、と息をついた。


「試合よりも、今ので疲れましたよ・・・」


「あらら。大変ですこと」


「あ!」


 マツはグラスを持っている。


「マツさん! タマゴが産まれるまで、お酒は厳禁ですよ!」


「分かってます。これはただのジュースです」


「ふう、ならいいんです。びっくりしましたよ」


「さ、皆様にもご挨拶に。トモヤ様なんか、しばらく町に来られませんでしたから、お久しぶりでしょう?」


「そうですね、行ってきます」


 マサヒデは空のコップを持ったまま、人をかき分けてトモヤ達の所へ向かった。

 トモヤはガツガツと、皿に乗せた料理をむさぼるように食っている。


「トモヤ!」


「おう、マサヒデ! お主はやっぱり口が下手じゃの! わはははは!」


「言うな」


「オオタ様に助けられたの! それにしても、騎士の皆様。壇上に引っ張られて行く時のこやつの顔を見ましたかな! 今夜の一番の料理は、この男のあの顔じゃ! ははははは!」


 騎士達も大声で笑い出した。


「のう、トモヤ。もうやめてくれんか・・・」


「ははは! しかしマサヒデ殿、壇上のお話で、ちょっと」


「もうやめてくださいよ」


「いや、聞き間違いでなければ、『子』と、仰られておりましたが・・・」


「あ!」


「ん? そういえば確かに。マサヒデ、お主、子と言っておったの。まさか」


「う、うむ・・・よし、いい機会だから話そう。実は、マツさんとの間に子が出来たのだ」


「え! もうですか!?」


 さすがに騎士達も驚いたようだ。


「はい・・・その、マツさんが魔族というのは話しましたよね」


「うむ」


「タマゴが出来ました」


「何? 聞き違えたかの。もう一度言ってくれんか」


「タマゴだ」


 皆の動きが止まった。


「タマゴ、ですか・・・」


「タマゴか・・・そうか、タマゴが・・・」


「うむ」


 急にトモヤの顔が笑顔に変わって、


「そうか! まあ目出度い話には違いないな! のう、今夜は潰れるまで飲もうではないか! マサヒデの勝利と子に祝杯じゃ!」


「トモヤ、お主、相変わらずだの・・・」


「なんじゃ、悪いか。ほら、マサヒデも飲め」


 ぐい、とトモヤが酒を押し付ける。


「いや、俺はあまり酒は」


「マサヒデ! この愚か者が! これはお主への祝いの酒じゃ! 飲まんのは無礼じゃぞ! わはははは!」


「おいおい、そんな無理矢理な」


 そこに騎士が顔を突っ込む。


「いいや、マサヒデ殿。これはマサヒデ殿を祝う為に送られた酒。断るのは『お前からの祝いなどいらん』と言っていることと同じ。無礼でございます」


「え、そうなんですか?」


「そうですぞ。さ、私の酒も受けて下さいますな?」


「う・・・」


 仕方なく受け取り、両人からの酒を順にちびちびと飲んで、空ける。

 皆がその様子を眺め、呆れた顔をする。


「マサヒデ殿・・・せめて、もう少し、嬉しそうに飲めないものですか?」


「そうじゃ・・・マサヒデよ、まるで葬式のようじゃぞ」


「すまぬ、どうも酒は」


「せめて顔だけでも、嬉しそうにして下さい。マサヒデ殿、それではせっかく勧めてくれた皆が、がっかりしてしまいますぞ」


「気を付けます・・・」


「さ、それでは練習にもう一杯」


 これでは、いくら飲まされるか分かったものではない。


「申し訳ありません、せっかくですけど、アルマダさん達にも挨拶を」


 にやにやしていた騎士が、急に真面目な顔になった。

 ぐ、とマサヒデの肩を抑える。


「アルマダ様に? いや、ご挨拶したいという気持ちは分かりますが・・・マサヒデ殿、悪いことは言いませんから、おやめになった方が」


 騎士がそっと指差した方を見ると、アルマダはワイングラスを片手に、きらびやかなドレスを着た女達に囲まれ、笑顔で話している。

 わいわいと粗雑な冒険者達が騒ぐ中、アルマダの周りだけ世界が違っている。

 あのドレスの女達は一体どこから・・・?


「・・・」


 ぐい、と顔を掴まれ、騎士の方に顔を向けられる。


「さ、マサヒデ殿。目を逸して。もうあちらを見てはいけません。もし目が合ってしまったら最後です。あそこに引き込まれますよ。耐えられる世界ではありません。注意して下さい」


「はい・・・」


「ではマサヒデよ。今宵は我らと宴会じゃの! マツ殿も呼んでこよう! はっはっは!」


 トモヤは料理を掴んだまま、マツの元へ向かって行く。

 騎士達が「さあ私の」「次は私の」と、次々に酒を勧める。

 向こうからは、オオタが酒瓶を掲げて「トミヤス様ー!」と大声を上げながら歩いてくるのが見える。

 マサヒデはぐったりしながら、酒をあおった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者祭 5 御前試合 牧野三河 @mitukawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ