第13話 立ち会い、三本目


 立ち会い、三本目。


 一本目、二本目と同じように、2人は離れて向かい合う。


「ではー! 始めますよー!」


「はーい!」


 同じように、アルマダが大声で知らせ、マツから返事。


「お願いします」


「お願いします」


 と、互いに礼。


「じゃあ・・・走り回って行きますよ!」


 アルマダがすごい勢いで向かって来た。


 駆け抜けながら、剣を横薙ぎにぶつけてくる。ただの勢い任せではない。正確だ。これは一本目で飛び跳ねていた時とは違う。


(!)


 マサヒデはぎりぎりで上に流し、アルマダが走って来た方向に走り出した。

 走りながら、マサヒデは驚愕していた。


(これは一体!?)


 道場で練習していた時とは、全く違う。

 十分な広さがなかった道場では、このような戦い方は出来ない。

 この広い場所での戦いが、アルマダに合った、本来の戦い方なのだ。


 最初の横薙ぎの一振りで、寒気を感じた。

 一本目、二本目は、これまでの道場の稽古と、同じようにしていただけだ。

 本人も気付いていないに違いない。


「くっ!」


 少し走って、マサヒデは振り向く。

 アルマダが向かってくる。

 マサヒデも走る。


(受けてみせる!)


 流す気はない。

 この友の本来の剣を正面から受けなければ。


 がん! と音が訓練場に響き、2人の剣がぶつかる。


「ぐ・・・」


 ぎしぎしと、鍔迫り合いになった木刀が音を立てる。

 ぎり、とアルマダの歯の音がする。


 ほんの少しだが、アルマダの剣がマサヒデの剣を押した。

 数ミリにも満たない、ほんの少し。


(死ぬ!)


 マサヒデは死を感じ、本能的に身体が動いて、アルマダの剣を流した。

 そのまま、ざざざ、とまた2人は駆け抜けて、互いに振り向き、向き合った。


 マサヒデもアルマダも、大きく肩で息をしている。

 次で決着だ。そう感じた。


 アルマダが走り出す。

 一瞬後、マサヒデも走り出す。


(次で決めなければ!)


 すれ違いに、アルマダが剣を横に薙いだ。

 マサヒデは地を滑り、足を薙ぐ。踵を地に埋め、ぐっと膝を曲げて、勢いを溜めて止まる。

 アルマダが小さく飛んで、足薙ぎを避ける。


 刹那、マサヒデは曲げた膝を延ばし、地を蹴ってアルマダの背に向かって飛び、思い切り突きを入れた。


「がっ・・・」


 アルマダが声を上げて吹っ飛び、どさっ、と地に落ちた。

 はあ、はあ、と肩で息をしながら、マサヒデは地に落ちたアルマダを、呆然と見つめていた。


(足薙ぎ・・・)


 好んで使う者は、あまりいない。

 禁止されてもいないし、むしろ有効ではあるが、何となく卑怯な感じ。

 マサヒデもそう感じていて、ほとんど使ったことはない。

 トミヤス流は実戦派だが、それでも、道場で使う者は滅多に見られなかった。


「参りました・・・」


 アルマダが小さく声を出し、はっ、とマサヒデは我に返った。

 駆け寄ると、アルマダは苦しい表情で、手を上げた。


「すみません・・・手を・・・」


「は、はい」


 手を貸して、アルマダを立たせたが、まっすぐに立てないようだ。

 肩を貸し、大声でマツを呼んだ。


「マツさーん!」


 マツが駆け寄ってきて、アルマダの背にそっと手を差し伸べると、アルマダは「ふう」と息を吐いて、座りこんでしまった。

 わあ!、と声が上がって、見学組から拍手が上がった。

 マツが「私の夫はどうだ!」という顔で、鼻高々に見学組を見ている。


「いやあ、参りました。やはり、マサヒデさんには、かないませんね」


「いや・・・今回は・・・」


「またまた、ご謙遜」


「足薙ぎが・・・」


「? なんです? 禁じ手でも?」


「いえ、そうではありませんが・・・ここまでやらないと、勝てなかった」


「ここまで、とは・・・?」


「アルマダさん、あの鍔迫り合いの時・・・私、はっきりと、死ぬ、と感じました」


「? ・・・ふふ、あなたをそこまで押せたなら、私も少しは成長したでしょうか」


「成長なんてもんじゃありませんよ。まるで別人ですよ・・・」


「ははは。トミヤスの神童に褒められて、光栄です」


 アルマダは笑ったが、マサヒデはまだ呆然としていた。

 そこにマツが声を掛けてきた。


「さ、お二人とも、お疲れ様でした。これで機材の確認もできました。ありがとうございました」


----------


 準備室で服を変えながら、マサヒデはまだ考えていた。


(足薙ぎ・・・)


 嫌いなわけではないが、何となく避けてきた技。自然と出てしまった。

 それほどの立ち会い。もし出なければ、死んでいたかもしれない・・・


「マサヒデさん」


「え? 何でしょう」


「食事、ここで頂きましょうか」


「ああ、そうですね。せっかくですから頂いていきましょうか」


「昨日頂いたんですけど、ギルドの食事って中々ですよ」


「それは楽しみですね」


 汗で濡れた道着を、準備室の洗い物のかごに入れ、廊下に出る。

 そこにマツが待っていた。少し下がった所に、先程のメイドが立っていた。目を逸し、心なしか青ざめて見える・・・


「あ、マツさん。どうでしたか」


「おかげでばっちりです。お二人とも、ありがとうございました。これで一気に進みましたよ。お二人の特訓の時間も、たっぷり取れそうです」


 マツが腕まくりをして、細い腕で力こぶを作るように腕を上げた。


「あとは防護の魔術なんですけど、あれは少し寝かせないといけませんので、また明日、出来れば午前中に試し切りに来てもらえますか? もし上手く行かなかったら、また寝かせないといけませんし」


「ええ。構いません」


(魔術とは寝かせるものなのか?)


 そこで、はっ、とマサヒデは思い出した。

 明日といえば。そうだ。皆がマツに挨拶をしたいと・・・


「アルマダさん。明日は・・・」


「あっ・・・」


「?」


 マツは何だ? という顔を向けている。


「あの、マツさん。明日も、やはり色々とお忙しいでしょうか」


「? うーん、そうですね。午前中は。何か急な連絡でもなければ、午後は空いていると思いますよ」


「そうですか、午後は空いていますか・・・」


「あ、もしかして! お出かけのお誘いですか? それとも特訓?」


「いえ・・・その、実はですね。私の友人と、アルマダさんのお供の方々が、その、お祝いの言葉を、贈りたいと申し出てくれまして・・・」


「まあ! 本当に?」


 マツは手を合わせて、本当に嬉しそうにしている。

 この笑顔が、明日も続けば良いのだが・・・


「はい、お邪魔でなければ・・・」


「お邪魔だなんて! 光栄です!」


 目がキラキラしている。

 話してしまった。もう、後には引けない。

 こんなに嬉しそうにしているマツ。


 だが・・・

 もし、少しでも粗相があったら・・・

 もし、トモヤが何か冗談でも言って、それがマツの気に障ったら・・・


 マツモトから聞いた話が頭をよぎる。

 『文字通り、消えていました』

 誰かが・・・マサヒデの喉が小さく鳴る。


「私達を入れると8人にもなります。ギルドの部屋を、どこか、少しの時間お借りしましょうか」


「はい!」


「一応、マツさんはマイヨールという魔の国の貴族の出、と話してあります。ご出身は、また折を見て、ということにします。私の友人は口が軽い。もし、あの大声で喋ってるのを誰かに聞かれでもしたら、万が一マツさんの身の危険にも関わる事もあります」


 魔王の姫。人の国の中でも3本の指に入る大魔術師。身の危険などあるはずもないのだが・・・


「お気遣い、感謝致します」


「いや、自分のことを隠さなければいけない、マツさんのつらさ・・・鈍い私でも、少しは分かっているつもりです。申し訳ありません」


「そんな・・・マサヒデ様。お気になさらず。私も、もう慣れておりますから・・・」


「・・・」


「では、我々はこれからここで食事を頂こうと思うのですが、マツさんはどうします?」


「私は、今のうちに、もう少し詰めたい所があるので・・・申し訳ありません」


「いえ。少しでもお手伝いが出来て、良かったです。それでは」


 2人とメイドは廊下を歩いていき、マツは頭を下げて、2人を見送った。

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