第7話 交渉の結果


「ありがとうございました」


 と、マサヒデがナミトモを収めてイマイに返すと、日が暮れかかっている。


「あ、しまった!」


 と、マサヒデが立ち上がった。


「どうしたの?」


「いや、夢中になって遅くなってしまいました。

 皆が心配してしまいますから、今日はこれで」


「そう? じゃあ、また来てくれたら、色々見せるよ」


「是非とも。すみません、じゃあこれで」


「うん、じゃ、明日の昼過ぎね。昼餉を済ませたら行くよ」


「よろしくお願いします。では」


 と言って、マサヒデは笠を拾ってそそくさと店を出た。



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 早足で魔術師協会に戻った頃には、もう日が沈んでしまっていた。


 しまった、と思いながら、控えめに玄関を開ける。


「只今戻りました」


「あっ」


 と声が聞こえ、さーとカオルが出て来た。


「お帰りなさいませ。さ、まずはお入り下さい」


「はい」


 笠を掛けて、大小を腰から抜きながら居間へ入る。


「すみません、遅くなってしまって」


 と、軽く頭を下げて、大小を居間の隅に立て掛け、座った。


「もう、心配したんですよ。どこで道草を食っていたんですか」


 と、マツが責めるような目でマサヒデを見る。


「申し訳ありません。ちょっと、研屋さんにコウアンを見に」


「見るだけでこんなに時間がかかったんですか?」


「いえ。ちょっと交渉事になりましてね」


「交渉? まけてくれとでも?」


「いえ、違います。研屋さんが、どうしても美術研ぎにしたいと言い出しまして。

 美術研ぎにすると、あまり斬れ味が長持ちしませんからね。

 私は寝刃研ぎにしてくれと言ったのですが」


「それで?」


 カオルが夕餉の膳を運んできた。

 もう、皆は食べてしまったようだ。


「あ、すみません。

 ここから先は、カオルさんも聞いていて下さい」


「は」


「で、ついに研屋さんは、金を払うから研がせてくれ、と」


「そんなに研ぎたいと言い出したんですか?」


 マサヒデは箸を取って、軽く手を合せ、椀を取った。


「ええ。旅が終わってからで良いから、研がせてくれと言うんですね。

 で、金はいらないから、抜刀術を教えてくれ、と交渉してきました」


「え!? ご主人様、あの抜刀術をですか!?」


 カオルが身を乗り出す。

 ずずー、と味噌汁をすすって、


「そうです。明日の昼過ぎ、こちらに来てくれます。

 カオルさんも、一緒に教えてもらいましょう」


「なんと!?」


 驚くカオルの様子を見て、マツもこれは凄い事なのかな? と思い、


「その抜刀術って、そんなに凄い技なんですか?」


 マサヒデは頷き、


「ええ、それはもう。なにせ、私やカオルさんより速く抜けるんですから」


 マツは驚いて、


「え? マサヒデ様達よりもですか?」


「そうですよ。遅くなってしまいましたが、交渉の価値はありました」


 実はナミトモの刀に見入ってしまった、というのは内緒だ。


「そんなに凄い方がいたなんて、知りませんでした」


「本業は研師なんですから、仕方ありませんね。

 国の職人の大会みたいので、何度も入選してるそうです。

 あのホルニさんの脇差だって、あの方が研ぎ上げたんですから」


 マサヒデはイマイが刀を抱いて寝入っていた事を思い出し、小さく笑った。

 ラディもあの変人ぶりを知っていたのだろうか?

 職人街では『変態』と呼ばれていたとは。


 庭を見ると、もう得物の山はもう無くなっていた。

 杖の束だけが、縁側に置いてある。


「そういえば、ラディさんの方はどうでした?

 何か良さげな物はあったみたいですか?」


 転がったシズクが、


「刀1本。剣が2本。槍が1本。ナイフが1本だったね。

 他は全部ギルドに持ってったよ。杖はまたって事で」


「ほう? 槍とナイフが増えましたか」


「お父さんと一緒に見るって、工房に持ってったよ。

 剣は、詳しく見てから、後でハワードさんに届けるって」


「そうですか。あれだけの量、よく見てくれましたね。

 いや、ラディさんにはお手数をお掛けしました」


 シズクはにやにや笑い、


「ずーっと見てたよね。ほいほい武器投げて「使えない!」とか怒ってさ」


 漬物を口に入れてぼりぼり噛みながら、ラディの姿を想像する。

 クレールの方を見て、


「クレールさんは、杖に付ける宝石は決めたんですか?」


 クレールは、にっと笑って、


「私は決めました! あとは、柄に付けるだけです」


「私は?」


「ラディさんはずっと武器見てたので、アクセサリーの宝石を決めてないんです。

 また明日来ます、って言ってました!」


「ああ、そうでしたか。それで、宝飾品の形は決まったんですか?」


 マツとクレールが顔を合せてから、ふふん、と笑った。


「決まりましたよ! でも、選ばれる宝石によっては、変えるかもです」


 ふふ、とマサヒデは笑い、


「そうですか。喜んでくれると良いですね」


「喜んでくれますとも! ねえ、マツ様?」


 マツが頷いて、


「ええ、そうですよ。何度も見直して、私達も納得のデザインです」


「お二人共、自信たっぷりじゃないですか。出来上がりが楽しみですね」


「はい!」



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 翌朝。


 マサヒデ、カオル、シズクが庭に立つ。

 ゆっくりとシズクが素振りをする横で、マサヒデとカオルは抜刀の練習をする。


「右手を前にして・・・こう!」


「こう!」


 しゅしゅ!

 と、2人が抜刀する。


「しまう時も、鞘を持って行って・・・良し・・・」


「こうですね・・・」


「良し、次は右袈裟でいきましょう。

 左手で鞘の向きだけ変えて・・・」


 くい、と2人が左手で鞘の向きを変え、ゆっくりと前に出し、


「こう!」


 しゅしゅ!


「良し・・・ゆっくりと、鞘を持って行って・・・」


 すー・・・と、ゆっくりと刀を納める。


「ふう、真剣だと気疲れを感じますね。

 まだまだ、心が練れていない証拠です。

 ギルドで稽古をした後、イマイさんが来るまで、しっかり練習しましょう」


「は」


「良し、続けましょう」


 ちちち、と雀の声が聞こえる早朝。

 しゅ! しゅ!

 2人の刀が何度も抜かれ、何度も納められる。

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