第2話 鉄砲吟味


 マサヒデは袋を用意して、中に銃を慎重に入れていく。


「ラディさんは、この中ではどれが良いんです?」


「さあ・・・分かりません。

 短銃は、マツモトさんに持たせてもらった物しか知りません」


「色んな形のがありますけど、面白いですね」


「こんなにあるんです。

 マサヒデさんやカオルさんも、ひとつもらってしまっては?」


「あ、それ良いですね。

 そう言えば、馬の時は銃を使おうかって、カオルさんと話してたんです。

 でも、弾代を考えるとどうかなって」


 ラディは顎に手を当て、


「長物を使うにしても、折れたりすると大変ですから・・・

 ではそれなりの物を、となると、結局高額です。

 修理代やその時間、大きさも考えると、銃も悪くないと思います」


 最後の銃を拾い、そっと袋にしまう。


「よし。ではギルドに行きましょう。

 マツモトさんがお忙しいようなら、預けておいて、後でお聞きすれば」


 よいしょ、と袋を背負って、


「行きますか」


「はい」



----------



「こんにちは!」


 ギルドの受付嬢はいつも元気だ。


「こんにちは。今日はマツモトさん、いますか?」


「はい! お待ち下さい!」


 ぱたぱたと受付嬢が奥に駆けていき、すぐマツモトと戻って来る。

 この光景も何か見慣れてしまった。


「トミヤス様、ラディスラヴァさん、こんにちは。

 今日はどうされました?」


「お疲れ様です。今日は、ちょっと見て頂きたい物がありまして。

 少しお時間よろしいでしょうか」


「構いませんとも」


「これなんですけど」


 どちゃ、とマサヒデが袋を下ろす。

 袋の口を開けると、マツモトが少し驚いて中を覗き込む。


「これはこれは・・・こんなにどうされました?」


「いやあ、あの強情橋の者に会いに行ってきたんですよ」


「ほう。叩きのめして、持って来たんですか」


「いやあ、それが、行ってみたら、私の無手術の先生でして」


「おや。トミヤス様のお師匠様だったのですか?」


「ええ。読売にあんな風に書かれてしまったものだから、誰も相手にしてくれない。

 武術交流に来たつもりだったのに、皆が武器だけ投げて逃げて行ってしまう。

 なんて、嘆いておられましてね」


「ははは!」


 背を反らして、マツモトが笑った。


「で、得物は好きに持って行けと言うわけで、全部もらっちゃいました。

 見てみたら、これだけ銃があったんです。

 ラディさんは短銃は良く分かりませんし、マツモトさんなら分かるかと」


 マツモトはにこにこしながら、


「ええ、よろしいですとも。見てみましょう。

 ここではなんですから、奥へどうぞ」


 そう言って、マツモトがマサヒデ達を小会議室へ案内する。

 廊下に入った所で、メイドが頭を下げ、マサヒデ達の後ろを静かに付いて来た。

 マツモトは、ぱたん、とドアに『会議中』と札をかけ、ドアを開けた。


「少し準備がありますので、中でお待ち下さい。茶の準備をさせます。

 君、トミヤス様達にお茶をお出ししなさい」


「はい。しばしお待ち下さい」


 マツモトもメイドも去って行った。


「では、中でお待ちしましょうか」


「はい」



----------



 メイドが出してくれた紅茶を啜っていると、すぐにマツモトが戻って来た。


「お待たせしました」


 と、マサヒデ達の前に座る。

 カップを出そうとしたメイドを手で止めて、脇に抱えた荷物を置く。


 黒く油の染み込んだぼろ布、平たい革の入れ物。

 中に色々な大きさのねじ回しや、太い針金のような物が何本も入っている。


「では、見ていきましょうか」


 袋に手を突っ込んで、最初の銃を出す。


「ふむ。これはサミュエル作の四分型拳銃です。短銃としては最近の物ですね。

 四分と言っても、実際は少し小さく、四分足らずなのですが」


 ラディが顔を上げ、


「あ、サミュエルって、確かマツモトさんの」


「ええ。同じ職人が作ったものですよ。

 これは型を作って大量生産しており、今も多く出回っています。

 威力があり、単純な構造で、冒険者には人気の物ですね。

 単純な構造故に故障しにくく、大量生産品ゆえに、部品がどこでも買えます。

 改造部品も多く、自分好みに改造出来ます。

 大量生産品とはいえ、傑作と言っても良いでしょう。おすすめです」


 かしゃ、と弾倉を抜いて、スライドを引き、弾を抜く。


「弾はこの弾倉に7発。中に1発入って、計8発。

 弾薬は短銃にしては大きめで、威力があります。

 たとえ鎧が抜けなくても、がつんと2間は吹き飛ばせるでしょう」


「そんなに大きい弾薬なんですか?

 では、ラディさんの八十三式みたいに遠くに飛ぶんですか?」


「ははは。飛ぶことは飛びますが、当たりはしませんね。

 威力もがくんと下がり、鎧を撃ち抜く、吹き飛ばすなんて、とてもとても。

 普通の短銃では、どんなに良くても15間と言った所ですね」


 かしゃん、とスライドを戻し、振るとかちかちと小さな音がする。


「この音、聞こえますか。これは少しガタつきがあります。

 四分型は、振った時のこの音で、良し悪しがある程度分かります。

 まあ、許容範囲でしょう。さて、ここの握りの後ろの所をご覧下さい」


 マツモトが握りの後ろを指で押すと、くい、くい、と中に押し込まれる。

 マサヒデとラディが顔を近付ける。


「これが安全装置で、ちゃんと握らないと、撃てないようになってるんですよ」


「へえ・・・」


 かた、と置いて、次の銃を出す。


「ほうほう。これも冒険者に人気の物ですね。まあ、初心者に人気、でしょうか。

 三三式拳銃という物です。

 銃自体は安いのですが、弾薬は四分型より大きく、少し高いです。

 これも、単純構造、故に故障しづらい・・・と、言いたいのですが」


「壊れやすいんですか?」


「使う弾薬が強すぎて、それに耐えられずに壊れるのですね。

 寒さや暑さ、砂漠のように細かい砂がとか、そういう悪条件には非常に強いです。

 過酷な地では、先程の四分型拳銃よりも人気があります」


 マツモトはねじ回しが入った平たい袋を差して、


「一番の特徴は、このような物を使わなくても、手だけで分解と組立が出来てしまう程の単純構造、という所ですか」


 ラディが驚いて、


「え? 手だけで? 何も使わず?」


 マツモトが頷く。


「ええ。とにかく単純構造にこだわった作です。ですが、安全装置までないのです。

その分、暴発事故も起きやすいです。さっと撃てるという利点もありますが、私ならこれは使いませんね。さて、次は・・・」


 おや、とラディが目を向ける。


「マツモトさんの銃と似ていますね?」


 マツモトは神妙な顔で頷き、


「これは初代サミュエルの初期の作ですね。一動作銃という名前です。これも多く作られています。基本的にリボルバー・・・この、弾倉が回転する型の銃は、どれも頑丈で、壊れにくい。これは『決着を付ける銃』と呼ばれていました」


「決着を付ける銃?」


 マツモトは頷いて、少し感慨深い顔をした。


「私が若い頃は、銃を使う者同士で諍いがあった時は、互いにこれを持って決着を着けていたのですよ。決闘に使ったのですね。今はそんな事はなくなりましたが」


「そうだったんですか・・・」


「まあ、古い物ですから、欠点も多くあります。

 私の銃のように、この弾倉が横に出ません。

 撃ち終わったら、この後ろの穴から、1発ずつ弾を入れ直す必要があるんです。

 空の薬莢を抜いて、新しい弾を入れて・・・

 かなり時間がかかりますから、乱戦になったら、撃ち終わったら終わりですね」


「なるほど」


 マツモトはふっと寂しそうな顔をして、


「我々の現役時代より少し前の・・・

 銃が出回り始めた時代を象徴するような、そんな銃です」


 と、ぽつん、と言って、手に持った銃を少し眺めた。

 そして、ふっと小さく笑い、


「古いからと言って、別に高くはありません。これも大量生産品です。

 同じ大量生産品だったら、最初の四分型拳銃の方が遥かに上です。

 使えないことはない、といった感じですね」


 かたん、と置いて、次の銃を出す。

 またリボルバーだが、かなり小さい。


「ミナミ新型拳銃ですね。キジロウ=ミナミの二代目が作った物です」


「随分と小さいですね?」


「ええ。上級衛兵や、銃兵などに支給されている物です。

 とは言っても、普通に市販もされていますし、高い物でもありません。

 横流し品などではないでしょう。ご安心下さい。

 弾は5発しか入りませんし、威力も低めです。

 ですが、携帯しやすいこの小ささ、リボルバー特有の頑丈さがあります。

 そして、ミナミ作の特徴、正確さが売りなのです」


 かしゃん、とシリンダーをスイングアウトする。


「このように弾倉を横に出せるので、先の一動作銃と違って弾も入れやすいです。

 弾も小さいので、反動も少ない。女性が扱うには良いでしょう。

 弾薬も安いです。威力が低いとはいえ、当たれば十分な打撃を与えられます」


「ほう。じゃあ、ラディさんの予備の得物はこれにしましょうか」


 マツモトは頷いて、


「ええ。予備として持つには、ぴったりの銃だと思います」


 と、す、とラディに差し出した。

 頷いて、ラディが受け取り、懐にしまった。


「おおっと、これはまた物騒な物が・・・」


 袋を覗いたマツモトが眉をしかめ、大きな短銃を取り出した。

 2本の鉄の筒が横にくっついているような形。

 ぱか、と根本が折れて、大きな赤い弾薬が飛び出した。

 マツモトが弾薬を2個取り出し、テーブルの上に置く。


「随分と大きな弾薬ですね?」


「これは散弾銃です。元々長物だった物を、先を切ってしまったのですな。

 こうやって散弾銃の長物の先を切ってしまうのは、犯罪になります」


「散弾銃というと、小さな弾がばらまかれる?」


「ええ。弾が広く散らばるので、適当に狙っただけで当たります。

 貫通はしませんが、衝撃力はすごいです。

 鎧を着ていても、がつんと吹き飛ばされますね。

 密着して当てれば、頭なんか西瓜を叩いたように粉々に」


「え!? そんなに強いんですか!?」


「ええ。ただし、近ければ、ですよ。

 このように切られた物なら、10間も離れれば、弾は散らばって当たりません。

 当たっても、大した怪我にはならないでしょう」


「ううむ、散弾という名前からして、あまり強くないと思っていましたが・・・

 しかし、散弾銃の先を切ってはいけないんですよね。

 これは後で奉行所に提出しておきますか」


「そうして下さい。さて、次は・・・」


 マツモトが袋を覗き込み、


「後は、四分型が1丁、三三式とミナミ新型が2丁ずつですか」


「カオルさんに持たせるなら、やはりミナミ新型でしょうか?」


「それが良いでしょう。さて、どちらが良いかな・・・」


 かしゃ、かしゃ、とマツモトが四分型の弾倉を抜き、動きを確認する。

 続いてミナミ新型を取り、動きを確認し、四分型とミナミ新型1丁を差し出した。


「この2丁が良いでしょう。

 先の四分型とこのミナミ新型は、部品交換用に取っておくと良いでしょう」


「じゃあ、この四分型拳銃は私が使いましょうか」


 差し出された銃を、マサヒデが懐にしまう。


「他は売り払えば、弾薬代には十分でしょうな。

 散弾銃は、奉行所への提出をお忘れなく」


「分かりました。ありがとうございました」


「ありがとうございました」


 マサヒデとラディは頭を下げた。


「お役に立てて幸いです」


 マサヒデは頭を上げて、


「そうでした。数打ちの剣や、クレールさんに合わない杖がいくつかあるんです。

 そちらを備品や訓練用にでも使って頂けるよう、寄付したいのですが。

 杖は宝石のお陰で値が張ると聞きますし、ご迷惑でなければ。如何でしょう」


 ぱ、とマツモトが顔をほころばせ、


「そんな、ご迷惑などと! 助かりますよ」


「では、鑑定が終わりましたら、持って来ますね」


「いつもありがとうございます」


 と、マツモトが再度頭を下げた。

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