第3話 泥棒稼業・3 一時退却


 血まみれの階段を登りながら、


「のう、マサヒデよ」


「ん?」


「何かあったら、ワシも頂戴してしまって良いかの?」


「まあ・・・良いだろうが・・・しかし、あとは服くらいしかないぞ?

 お前が着たら、それこそ『馬子にも衣装』ではないか」


「おお、貴族の服か!?」


「果たしてお前の図体に合うか? 仕立て直すと、結構な金がかかるのではないか?

 かと言って、お前のような者が売り払いに行ってみろ。

 泥棒だと思われるのが落ちだ」


「では、持って帰って、アルマダ殿に売ってもらおうかの?

 アルマダ殿も金はあるが、限りがあろうしの」


 マサヒデも呆れ顔で、


「・・・トモヤ、お前、余計な所で頭が回るな・・・

 しかし、悪い考えではないな」


「そうじゃろう」


「お前、泥棒の才覚があるな」


「お前もじゃ」


 がちゃ、と書庫のドアを開ける。


「お、おお・・・これはすごいの・・・」


 壁一面に置かれた本棚に、隙間なく並べられた本。


「のう、マサヒデよ。これは、1度で全部持って帰るのは無理じゃぞ。

 300貫は軽く超えるのではないか?」


「だから、朝早く来てもらったのよ。さ、お前は左の本棚を頼む。

 本の種類を混ぜるなよ。おとぎ話、歴史書、と、種類ごとにまとめてくれ。

 紐はそこにある」


「む、分かった」


 どさっと適当に数冊まとめて本を出し、重ねて紐で縛っていく。

 2人で黙々と作業を続けていると、急にトモヤが顔を上げ、


「あっ! 大変じゃ! まだ奉行所は来ておらんのじゃな!?」


「ああ、それがどうした」


「荷物を取りに来るという事は、同心は1人ではあるまいの!?」


「だろうが・・・それが?」


「という事は、ハチとかいう同心だけではあるまいが!

 今のワシらが見つかったら、即お縄じゃ!」


「ああっ!」


「ど、どうする!?」


「まとめてしまった分をさっさと積んで、戻るぞ!

 まとめた分が残っておったらまずい!

 見つかれば、誰かが泥棒の途中で逃げたとすぐ分かる!

 また解いて戻すのも面倒だ! 運ぶぞ!

 いつ来るか分からん! 急げ!」


「おう!」


 ばたばたと2人は本を積んで、急いで馬車を出した。


「良かったの!」


「おう! お前を連れてきて助かったわ!」


「そうじゃろうが! 急いで戻るぞ!」


「急ぐな! 慌てておったら怪しまれる! ゆっくり行け!」


「マサヒデ! やっぱり泥棒の才覚があるの! わははは!」


 がらがらと音を立て、ひやひやしながら、馬車が走って行く。



----------



「よおし、どうどう・・・」


 魔術師協会前に、馬車が止まった。

 マサヒデとトモヤは馬車から降り、顔を近付けて、


「良かったの・・・奉行所の者とは顔を合わせんかった・・・」


「分からんぞ。下っ引きの方々は、町の方々と格好は変わらん・・・」


 きょろきょろと周りを見回すが、らしい者は見当たらない。


「うむ・・・こちら側の幌を少しだけ上げて、見られないようにさっと運ぼう」


「そうじゃな」


 マサヒデは幌を少しだけ上げ、中に乗り込み、後ろを閉じた。

 屈んで顔を出し、


「良し、ここから出すから、玄関を開けてどんどん入れて、すぐ閉めろ。

 数は大してないから、すぐ済む」


「おう」


 トモヤががらりと玄関を開け、戻って来た。


「ほい」「ほい」


 どたた、


「ほい」「ほい」


 どたた・・・


「最後だ」


「ほい」


 トモヤに手渡した後、馬車から降り、周りにさっと目を配る。

 よし、誰も見ていない。

 後ろの冒険者ギルドからの視線を感じるが、受付嬢と冒険者だろう。

 荷下ろしは馬車の反対側、見えていないはずだ。

 マサヒデも玄関に入り、静かに閉める。


「はあー・・・」


「見られておらなんだか」


「多分、な。俺が確認しただけだから、後でカオルさんに少し回ってもらうか」


 音を聞いてマツが出てきたのだろう、本の山の後ろで、マサヒデ達を見ている。

 マサヒデは顔を上げ、


「あ、マツさん。すみません、この本、どこかに隠せませんか」


「え、隠す?」


「ハチさんにはお目溢しはしてもらえますが、これ、泥棒ですからね・・・

 他の同心の方に見つかったら、お縄ですよ」


「ど、泥棒!? あ、そうでした、そうでしたね!

 ええと、取り敢えず、クレールさんの部屋に入れてしまいましょう!」


 ばたばたとマツが入って行き、さーと、襖の開く音。


「さ、運びましょう!」


 3人でまとめられた本を抱え、ばたばたとクレールの部屋に運んでいく。

 そういえば、クレールの部屋に入るのは初めてだ。


 小さな机と、横に布団が綺麗に畳んで置いてある。

 入ると、ふわっと花のような、柔らかいクレールの香りが・・・


 などと言っている場合ではない!

 今にも誰かが玄関を開けるかも知れないのだ。


「よいしょ、よいしょ」


「ふう・・・これで全部か・・・」


 改めて見ると結構な量だが、これでも3割も運んでいないのだ。


「マサヒデ様、これで全部ですか?」


「いや、全然。3割も持ってきていません」


「そんなに多いんですか!?」


「ええ。部屋中、みっしり本が詰まってましたからね」


 下に積まれた本を見て、マサヒデが腕を組む。

 から、と小さく玄関が開く音がして、さ! とマサヒデが廊下の角に背を付ける。

 そっと覗くと、トモヤが玄関を小さく覗いている。

 あれでは、後ろ暗い事をしていると教えているようなものだ。


「トモヤ、もう良い。とりあえず居間に上がれ」


「うむ・・・大丈夫そうじゃの」


 とん、と玄関が閉まり、トモヤが上がって来た。

 マサヒデとマツも居間に入って座り、3人は、


「ふう・・・」


 と息をついて、胸を撫で下ろす。


「お茶を淹れてきますね」


 マツが立ち上がって、台所に下がって行った。


「危なかったの。のうマサヒデ、馬車の車輪の跡は残っておろうが。

 まさかとは思うが・・・」


「む・・・追って来るか・・・

 ハチさんがいれば、俺達と気付いて放っておけと言うだろうが」


「すぐに戻るのは得策ではなかろう。

 少し、日をおいてからにした方が、良くはないか?」


「いや、あの仏を供養せねば。少し時間を置いて、昼頃にもう一度行こう。

 例え奉行所の面々がいても、仏を取りに来ただけ、と言えば問題はないはずだ。

 本を盗んでいる所を見つからねば、何も問題はない」


 マツが戻って来て、マサヒデとトモヤの前に茶とまんじゅうを差し出した。


「お、マツ殿、すまんの」


「ありがとうございます」


 ずずー・・・と茶を啜り、ふう、と息をつく。


「ところで、マサヒデ様。あの馬車はどうでした?」


「ああ、ええとですね・・・私は馬車などほとんど乗った事がないもので。

 違いがさっぱり分からないんですよ」


「ははは! マサヒデは抜けておるの!」


「そうだ、マツさん、少し乗ってもらえますか?

 ついでに、ちゃんと重い荷を載せても大丈夫かどうか、石でも積んでもらって」


「ええ? 私が石を積むんですか?」


「土の魔術でぽんぽん、と出せば」


「ああ、そうですね。重さを計るだけなら、積み込みなんてしなくても」


「ええ。乗り心地も、少し走れば分かるでしょうし。

 時間はかかりませんから。どうです?」


「構いませんとも!」

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