第2話 泥棒稼業・2 誤魔化し


 がらがらと早朝の通りを馬車が進む。


「トモヤ、町中ではゆっくりだぞ」


「分かっとるわ」


 図面で見た時は「すごい!」と大興奮したものだが、実際に荷台の下を覗いてみると、少し不安になった。


 確かに、揺れは少ない・・・ような気がする。

 馬車など殆ど乗ったことがないから、マサヒデには良く分からない。

 クレールも連れてくれば、良く分かっただろうか。


 しかし、本当にこの車軸で、支えていけるのか?

 一度、石でもぎっしり載せて、試した方が良いかも知れない。

 この車軸が駄目だったら、バネをそのままで、1本の普通の車軸に変えてしまえば良いだろう。


 荷台の方は大丈夫そうだ。

 中を歩いてみたが、横に入った棒のお陰で、床が抜けそうな感じはない。

 元々、荷馬車なのだ。人1人が乗った程度では分かるまい。

 石でも載せてみて、重さで抜けそうなら、床下に支えを増やせば良いだろう。


 側面についた箱型の長椅子は、上の座る所が開けられ、物入れになっている。

 無駄な造りがない。


 がらがらと車輪が回る大きな音の中で、


「のう! マサヒデ!」


 とトモヤが大声を出し、くる、と振り向いた。


「おい! 町中で後ろを向くな! 前を向いてろ!」


「おう、すまん!」


 トモヤが前を向く。

 マサヒデが首を突き出し、


「で! なんだ!」


「うむ! 尻が痛くなりそうじゃ!」


「揺れるのか!?」


「荷車よりは幾分マシじゃ! じゃが、下に何か敷いておかねば堪らぬ!

 1日走らせておったら、尻が割れるわ! わははは!」


 御者台のトモヤは、それなりに揺れを感じるあるようだ。

 適当な皮を買ってきて、藁でも巻いておけば良いだろう。


「町を出たら街道を右に行くんだぞ!」


「おう!」


 がらがらと馬車が進み、門を抜け、曲がる。

 トモヤが声を上げた。


「おお! やっぱり曲がるのう! これは良いぞ!」


「そうか!」


 やはり、前の軸が回る仕掛けは良いようだ。


「人がおらぬでも、あまり走らせるなよ!」


「なんでじゃ!?」


「帰りは荷物を満載にしていくんだ!

 黒影を疲れさせるなよ!」


「む! 分かった!」



----------



 集落のすぐ手前。


「トモヤ、止めろ!」


「おう!」


 マサヒデが顔を出して、屋敷を指差す。


「あそこに屋敷が見えるな。あれだ。玄関のすぐ前に止めろ」


「うむ。では行くか」


 ぱしん、と鞭が入り、がらがらと馬車が動き出す。


(む?)


 街道から外れて、何となく揺れが大きくなった気がする。

 だが、道ではないのに、この揺れは小さくないか?

 平たい所ではあったが、馬車ならもっと揺れるかと思っていた。

 やはり、この馬車は素晴らしい物かもしれない・・・


「よーし。どうどう!」


 少しして、馬車が止まった。

 ぐる、とトモヤが振り向いて、


「マサヒデ様よ、着いたぞ! どうじゃった、この馬車は」


「うむ、正直に言おう」


「な、なんじゃ?」


「俺は、ほとんど馬車に乗った事がないから、さっぱり分からん」


「阿呆! なんでアルマダ殿や、クレール殿を呼ばんかったのじゃ・・・

 この馬車なら、荷馬車とはいえ、喜んで乗ったろうに!」


「うむ。全くだ。だがな、街道から外れた時だ。

 道ではないのに、あまり揺れなかったな。そう思わんか?」


「ううむ? まあ、言われればそんな感じはした・・・ような・・・」


「御者台は揺れそうだから、あまり分からんかもしれんな。

 では、中に入るか」


「おう」


 どすん、とトモヤが飛び降りて、マサヒデも荷台の後ろから降りる。


「よし・・・」


 降りて玄関の方を見る。

 玄関の横には、あの名無しの男の遺体がある。


「本は2階だ。ちゃんと棚ごとにおとぎ話、歴史書、宗教と分かれておったから、混ぜずに種類ごとに縛って積むぞ」


「おう」


 マサヒデが、シズクが壊した扉を押して開ける。


「おいおい、なんじゃこの穴は・・・あの鬼娘のシズクさんか?」


「そうだ」


 トモヤが壊れたドアを横から見て、


「・・・こんな分厚い戸に、良くも穴を空けたの・・・ああ、あの金棒か」


「いや、手でぐっと押しただけだ」


「何!? 手で押しただけ!? ううむ・・・呆れて物も言えんわ」


 扉から目を離し、すぐ正面の階段。

 名無しの男が階段を血を吹き出しながら転がり落ちて、べったり血が着いている。

 そして、階段の下に血溜まり。


「マサヒデ、あの血は・・・」


「うむ」


「そうか・・・」


「玄関の外に、土が四角く盛ってあったろう」


「ああ、あの箱のようなやつか?」


「あの中に、仏がある。検分があるかもしれんと思って、置いておいたのだ。

 だが、獣や鳥に食べられては、と思ってな。

 クレールさんに、土で壁を作って覆ってもらった。

 仏も運ぶ。アルマダさんに、ご住職に頼んでもらったからな」


「うむ。聞いておる」


 まとめて置いてあった、虫人達の荷物がある。

 まだ、奉行所が取りに来ていないのだ。


「おい、マサヒデ。これが、あの国宝が入っておった金庫か?」


 シズクが持ってきた金庫が、転がったままだ。


「うむ」


 トモヤが座り込んで、じっと金庫を見る。


「ううむ・・・」


「どうした」


 トモヤは金庫の中を指差し、


「ほれ、ここを見よ。刀が入っておった形がぴったり残っておるぞ。

 誤魔化せるか? あの仏が持っておった物じゃと言い張れるか?」


 マサヒデも座り込んで、金庫を見る。

 金庫の中の、柔らかい座布団のような物に、あの刀は入っていた。

 ぴったりと形が残っている。


「むう・・・確かに・・・」


「のう、マサヒデ。これを残しておいては、ちと厄介じゃぞ。

 こいつも何とかしておかねば、まずい事になるわ」


「そうだな。埋めるのは・・・

 いや、持って帰って、マツさんに跡形も無く始末してもらおう」


「そんな事はせんで良いわ。この座布団を燃やしてしまえば良い。

 これは壁から無理矢理抜き取ったんじゃろうが」


 トモヤが金庫の周りに付いた壁の塗りをじゃりじゃりと落とす。


「この金庫が残っておらねば、金庫はどこに、となろうの」


「む、確かに」


「同心共が来る前に、この座布団をさっさと燃やせば良かろう。待っておれ」


 トモヤが外に出て、枯れ草を拾って手で揉みながら戻って来る。

 火打ち石を出して、かちかち、と火花を飛ばし、火を着けて、


「良し、と。きれいに燃えてしまうまでワシが見ておる。

 お主はさっさと本をまとめておれ」


「む、助かる」



----------



 がちゃ、と書庫のドアを開ける。


 改めて見ると、すごい蔵書だ。

 壁一面が、全部本棚。

 ぎっしりと本が詰まっている。


「よし、と・・・」


 上の段からおとぎ話類の本を引き出し、重ねて紐で縛る。

 いくつも縛って、やっと上段の本が終わった。

 片手にひとつずつ持って、馬車まで運ぶ。


「お」


 ちょうどトモヤが上がって来た。


「おう、綺麗に燃えたがの、煤が残っておるわ。

 これだと、燃やしたのがバレる。ここに水はあるか。

 手拭いを濡らして、綺麗に拭いておく」


「うむ」


 本を下ろし、台所の方向を指差す。


「あっちの奥に台所がある。たしか、水があったはずだ」


「うむ、後は任せろ。本を運んでおけ」



----------



 どさ、とまとめた本を馬車に載せ、また書庫に戻る。

 まとめた本をぶらさげ、階段を下り、どさ、と馬車に載せる。

 玄関に戻った所で、


「ふう、どうじゃ、マサヒデ。

 これなら、何が入っておったか分かるまい」


 金庫は綺麗な物だ。

 しかし、空っぽではどうだろう?


「ううむ・・・」


「どうした?」


「いや、空っぽでは、少しな。

 何か分からんが、何か持ち出した、と、結局は疑われるであろうが。

 まあ、空っぽだった、と言い張る事は出来ようが・・・

 疑いの目を向けられては、後々面倒の種になるかもしれぬ」


「まあ、それはそうじゃの」


 マサヒデはにやりと笑い、


「そこで、良い物がある、という訳だ。待っておれ」


 マサヒデは2階に上がり、字の消えた書類をまとめて持ってきた。


「これを入れておこう。字が消えてしまって、読めない書類だ。

 何が書いてあるかは、さっぱり分からん。

 だが、金庫に入っておれば、何やら大事そうな書類に見えるだろう」


 トモヤは呆れ顔で、


「マサヒデ・・・お主、やはり泥棒の才覚があるの・・・」


「ははは! さて、こいつを入れておくか。

 もしかしたら、本当に大事な物かもしれんが・・・

 読めんのであれば、ただの紙切れと同じだからな」


 ばさりと書類を入れて、金庫の蓋を閉める。


「鍵は差したままで良かろう。

 偶然見つけた、だが、中にあったのはさっぱり読めない書類だけ。

 金庫は見つけたが、俺達は中身を放って帰った、という訳だ。

 壁を壊したお叱りは受けるかもしれんが、大した事はなかろう」


 抜けていると思えば、こんな悪知恵まで働くとは。

 ふふん、と得意気な顔を見せるマサヒデを見て、トモヤもにやりと笑った。

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