閑話 干し肉作り

第3話 干し肉作り


 魔術師協会。


 マサヒデはシズクが持ち帰った鹿を見ながら、どうしようかな、と考えている。

 井戸の横を見ると、たらいに入った猪がある。


 肉は猪で大量に手に入ったし、全部干し肉にしてしまおうか。

 アルマダ達も、馬を捕まえに行って留守だ。

 ラディには大量の猪を分けてしまったし、もう肉はいらないだろう。

 しかし、全部干し肉にするとなると、さすがに手間がかかる・・・


「ううむ・・・」


 唸っていると、クレールが隣に座った。


「マサヒデ様、どうされたのですか」


「あの鹿なんですけどね。どうしようかと思って」


「食べないんですか?」


「猪もありますからね」


「私が食べますよ!」


 確かに、クレールとシズクに食べてもらっても良い。

 だが・・・


「一気に食べちゃうのは、ちょっと勿体ないかなあって思うんですよ。

 やっぱり、干し肉にしちゃいましょうか。長持ちするし」


 クレールが残念そうな顔で、


「干し肉にするんですか?」


 と、聞いてきた。

 マサヒデは頷いて、


「鹿肉はほとんど赤身で、そのまま食べても美味しくないです。

 全然、肉の脂がないんですよ」


「へえ・・・猪とは違うんですね」


「そうなんですよね。どうしましょうかね」


 マサヒデは腕を組んで少し考えた後、はたと閃いて、クレールに笑顔を向けた。


「あ、そうだ。クレールさん、一緒に干し肉作り、しますか?」


「ええー!? お店じゃなくても、作れちゃうんですか!?」


「簡単ですよ。日はかかりますけど」


「へえ・・・どうやって作るんですか?」


「塩に入れて、放って置くんです。

 水が出てきたら、塩を入れ替えるだけ。

 こうやって2、3日置いたら、後は何日か干すだけです」


「そんなに簡単に!?」


「ええ。脂身が多いと、干し肉って逆に美味しくないですよ。

 だから、脂身が少ない鹿の肉はぴったりなんです」


「へえー! 脂が多いと不味いんですか。逆ですね!

 でも、これだけ沢山あれば、いっぱい出来そうです!」


「肉屋さんに任せちゃっても良いですけど・・・どうしましょうかね?

 半分くらい渡せば、干し肉を作ってくれるでしょう。

 当然、私達で作るより、美味しい物を作ってくれるでしょうし」


 ぽん、とクレールが手を叩き、


「そうだ! マサヒデ様、お向かいのギルドの食堂に持って行っては?

 肉屋さんまで担いで行かなくて済みますし。

 革は敷物に使うのですから、綺麗に剥いでもらうようにして」


「おお、それは良い考えですね!

 料理人の方なら包丁捌きも上手いでしょうし、革も綺麗に剥いでくれるはず。

 新鮮な肉が手に入るのですから、先方も喜びましょう」


「干し肉はどうされますか?」


「折角ですし、少し肉を分けてもらって作ってみますか?」


「やってみたいです!」


「では、行きましょうか」


 マサヒデは庭に下りて、よっこいしょ、と鹿を肩に担いだ。



----------



 鹿を担いだままギルドに入ると、皆が驚いてこちらに目を向けてきた。


「うわあ! トミヤス様、何ですかそれ!」


 受付嬢が驚いて声を上げた。


「こんにちは。ちょっと狩りに行ってきたんですよ。

 もう1頭狩れちゃったもんだから、さすがに余っちゃいましてね」


「狩りですか?」


「ええ。それで、こちらの食堂にお裾分けです」


「丸ごとですか!?」


「はい」


「うわあ・・・」


「じゃあ、ちょっと食堂まで入りますけど」


「どうぞ! 料理長も喜びますよ!」


「ははは! 喜んでくれると良いですけどね」


 よっこいせ、と肩に乗せた鹿の位置を直して、マサヒデは食堂まで向かった。

 よっこら、よっこら、と廊下を歩く途中、メイドが


「わ」


 と口に手を当てて驚く。

 ちょうど良い。食堂の戸を開けてもらおう。


「むう・・・すみません、食堂までこれを持っていくのですが、ちょっと戸を開けてもらえますか。両手が塞がっちゃってるもんですから」


「は、はい」


 廊下を歩いて行くと、すれ違う冒険者達が、驚いて足を止めてマサヒデを見送る。

 ドアを開けてもらい、食堂に入ると、中の冒険者達が「おお!」と声を上げた。

 食堂のメイド達も慌てて駆け寄って来る。


「トミヤス様!?」


「それは一体!?」


「狩りの土産です。こちらで好きに使ってもらえますか」


「ええ!? 丸ごと1頭、お土産ですか!?」


 メイドの1人が慌てて奥へ走って行き、大きなワゴンを押してきた。


「さ、トミヤス様、こちらへ。お手伝い致します」


 よいしょ、とメイド達に手を貸してもらって、ワゴンの上に鹿を下ろす。

 うん! と力を入れて、メイドががらがらとワゴンを押して行った。


「ふう! ありがとうございました。助かりましたよ」


「いえ、こちらこそ、助かります!」


 すすす、と並んだメイド達が頭を下げる。


「昨日から川に浸けておいたので、もう血は抜けていると思います。

 あと、皮は私がもらっても良いですかね?

 敷物に使いたいと思っているのです」


「承りました。後ほど、お届け致します」


「ありがとうございます。では・・・」


 と、振り向こうとして、干し肉を思い出し、


「あっと・・・そうだった。

 どこでも良いので、5、6枚、薄切りの肉をもらえますか?

 クレールさんと、干し肉作りをするんです」


「干し肉でしたら、こちらでお作り致しましょう」


「ああ、いやいや。

 クレールさんが、干し肉は簡単に作れるって聞いて、興味津々でして。

 少しだけ、2人で自家製の物を作ってみたいのです」


 干し肉作りをするクレールを想像したのか、くす、とメイドが笑い、


「なるほど、そういう事でしたか。

 では、しばしお待ち下さい。すぐにお持ち致しますので」


 ささ、とメイド達が下がっていった。

 冒険者達が「丸ごとなんて豪気だな!」「さすがトミヤス様だ!」と声を上げる。

 メイドはすぐに戻って来て、小さな袋を渡してくれた。

 受け取って、袂に突っ込む。


「ありがとうございます」


「こちらこそ、ありがとうございました」


 互いに頭を下げた後、マサヒデは食堂を出た。

 あの1頭分でも、この冒険者達の集まる食堂では、あっと言う間だろう。

 皮まで剥いでもらっては、逆に手間をかけてしまっただろうか?

 ちょっと申し訳ない気分で、マサヒデはギルドを出た。



----------



 からからから・・・


「只今戻りました」


 ぱたた、とクレールが出て来て、


「おかえりなさいませ!」


 と、笑顔で手を付いた。

 干し肉作りが楽しみで仕方ないのだろう。


「用意はしてくれましたか?」


「はい!」


「じゃ、台所へ行きましょう」


 2人で台所へ入り、用意された物を見る。

 塩。

 小さな壺。

 懐紙を数枚。


「うん、良いですね。これが肉です。

 ちゃんと薄切りにしてもらいました」


 ごそごそと袂から肉の包みを出す。

 数枚の薄切り肉。


「じゃ、まずですね。

 この生肉を、まな板の上に広げて置いて下さい」


「はい!」


 ぺた、ぺた、とクレールがまな板の上に肉を並べて置く。


「じゃあ、この肉の上にたっぷり塩かけて下さい。

 かけるというか、乗せる、ですかね。

 塩で見えなくなるくらいに」


 え、とクレールがマサヒデの方を向く。


「そんなにですか?」


「ええ。そんなにです。

 塩をたっぷり吸い込ませて、腐らせないようにするんですよ」


「なるほど!」


 薄切り肉の上に、塩の袋から、遠慮なく「ざーっ」と塩が落とされた。

 まな板が塩の山になって、塩が溢れ・・・

 慌ててクレールの手の袋の口をぐっと押し上げ、


「止めて止めて! クレールさん、流石にそれは多すぎますよ」


「あ、すみません・・・」


「まあ、この山の上の方はこうやって戻しましょう」


 さじを取って、クレールに渡し、マサヒデもさじで袋に戻していく。

 さく。さー。さく。さー・・・

 マサヒデはそっと後ろを振り向いて、


「よし・・・カオルさんもマツさんも来ませんね・・・」


「バレなければ問題ありませんよね・・・」


 クレールも小さな声で言いながら、後ろを振り向く。

 さく。さー。さく。さー・・・

 少ししてから、2人は頷いて、まな板に目を戻した。


「では、この塩の上にですね、こう手拭いを被せまして。

 手を乗せて、何回か、ぐっと体重をかけて下さい」


 ぺたん、と手を乗せて、


「むん! むん! むーん!」


「もう良いでしょう。じゃ、壺に塩を入れて下さい。底が見えなくなるくらい」


「はい!」


 さー・・・


「はい。じゃあ、まず1枚目を入れて」


 塩の下から、ぺらりと肉を1枚。

 塩が湿って、赤くなっている。

 肉を摘んで、クレールがマサヒデに振り向いた。


「あ! 水・・・血が出てますよ!」


「そうです。後は肉を置いて、塩を乗せて、肉を置いて。

 で、全部、漬け物みたいにして下さい」


「それだけですか?」


「ええ。夜になったら、塩を変えます。

 このように、湿ってしまいますからね。湿ったら、干し肉じゃないですから」


「それはそうですね!」


 さー、と塩を入れて、肉を置いて、また塩を入れて・・・


「うん。良いでしょう。じゃ、内蓋を入れて、石を置きます」


「はい」


 クレールが「ぱさ」と内蓋を入れて、上に石を乗せる。


「2、3日して晴れてたら、外で日干しです。乾いたら、出来上がりです」


「簡単に出来ちゃうんですね」


「ええ。簡単でしょう?

 本当は、ぱりぱりに乾かしたいですけど、それは時間がかかりますし。

 今回は軽く乾かして、焼いて食べましょう」


「食べちゃうんですか?」


「ええ。しっかり出来上がるには、時間がかかりますからね。

 明日、塩を変える時に、すりおろしたにんにくを塗りましょう」


「にんにく?」


「父上はそうやって作って、酒のつまみにしてたんです。

 私も食べたことがありますけど、美味しいですよ」


「へえ・・・」


「ちゃんと乾かした物なら、湿気に気を付けてれば2ヶ月は持ちますから」


「そんなに持つんですか!?」


「そうですよ。噛めば噛むほど、じわじわと味が出るんです。

 ずーっと口の中に入れてれば、ずーっと味が出るんです」


「なるほど! それで干し肉は旅のお供なんですね!」


 マサヒデは、にこ、と笑って頷いた。


「そういう事です。じゃあ、この壺はここに置いておきましょう」


 懐紙を出して、さらさらと『クレールの干し肉』と書いて、石に挟んでおく。


「上手く作れると良いですね」


「楽しみです!」


 ふふ、とマサヒデが小さく笑ってクレールに顔を向ける。

 クレールは両手を前で握って、にこにこと笑った。

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