颯vsオルトロス

 颯が宣戦布告をした瞬間、彼女の体がオルトロスの前から消えた。


(あの赤髪……。さっきから急に現れたり消えたり、間違いない。奴の能力は瞬間移動……! おい、蛇!)


 オルトロスの犬の頭を持つ方が、脳内で尻尾の蛇に向かって語り掛ける。


(はいはい、わかってるさ。後ろに気をつけろってことだろ? ほれ、さっそくきた!)


 直後、颯が現れたのはオルトロスの背後すぐ真後ろだった。

 蛇は体を伸ばし、颯に噛みつこうと一直線に向かっていく。


「こざかしいね」


 だが、蛇が到達するよりも颯の方が早かった。

 また再び颯は姿を消し、積もるビルの瓦礫の山の上まで移動すると、見下ろすように魔物を覗く。


「最初はただの位置移動能力だと思っていた……」


 そんな折、颯が物思いにふけるよう様子で言った。


「そうだな。あれは何年前だったけか? わたしがまだBランクだった時、運悪くSランクの魔物と遭遇してしまったんだ。もちろん能力のおかげで逃げ延びることは容易に出来たんだが、まあ相手が格上だったこともあってさすがに焦りを感じたよ」


「何を言っているんだ……?」


「まあまあ、最後まで聞いてくれ。命からがら逃げ出したわたしはその時、ふと足元に目を向けたんだ。そしたら靴底が、まるで五年以上履き潰したかのように酷く擦り減っていたんだよ。それを見て、何故なのか考えた。わたしはただ瞬間移動の能力で移動しただけなのに、どうして靴が摩耗しているのかを。そこで、ある仮説を立てた」


「仮説だと?」


 怪訝な顔でオルトロスが問いただした。


「わたしの瞬間移動には、物理的な負荷がかかる。あるいはかけることができるかもしれないと」


 そう言って颯は地面に落ちる、小指にも満たない大きさの小さな石ころを拾うと、手を開け拾った小石がゆっくりと下に落ちていった。

 だがその瞬間、ゆっくり落ちていくはずの小石がものすごい勢いで落下すると、コンクリートの地面にヒビをつけるほど石が深くめり込んだのだ。


「何ぃ!?」


 その光景に驚きを隠せないオルトロス。


「そう、こういうことだ。わたしは瞬間移動をする時に発生する、物理的な効力を自身や触れたものにも同じく乗せれることに気が付いたんだ。そして、この物理的な効力が一体どれくらいの力なのかも実験し検証した。内容はいたってシンプルだ。世界にある最速の戦闘機と同時に動き、どちらが早く目的地までたどり着けるかだ。もしわたしのほうが早く場所までついたら、わたしはその戦闘機と同様のスピード、力を保持しているということになる」


「ふ、ふざけるな……! そんな力、ただの人間ごときが手にしていいはずがない!」


 焦り怯えた様子で叫ぶオルトロス。


「マッハ5だ。わたしの拳や剣には、マッハ5のパワーが乗っていると思え」


 勇ましく宣言したと同時、颯はオルトロスの四本の足と足の間。

 魔物の下腹部まで瞬時に移動すると、懐に忍ばせていたのか一本のダガーナイフを振り上げ、オルトロスの体を真っ二つに切り裂いた。

 双頭の犬の顔の胴体と蛇のいる臀部に別れると、颯は犬の胴体の方に触れる。


 直後、胴体がまるで打ち上げられたかのように宙へと浮いた。


「地上100メートルの高さから、マッハ5の力で地面に叩きつけるとお前の体はどうなると思う?」


 瞬間移動の能力で滞空するオルトロスの上に飛んだ颯が、顔色ひとつ変えずに問いかける。


「ま、待て。やめろ……!」


 懇願もむなしく、一瞬のスピードで地面に落ちたオルトロス。

 地上にぶちまけられる毛と血と肉塊。

 コンクリートに落ちたそれは最早、原型という形は留めていなかった。


「ヒ、ヒィー……」


 自身の片割れのむごい惨状を見て、臀部の蛇は震えるように悲鳴を上げる。


「おや、先ほど言わなかったか? 今から始まるのは虐殺だと」


 後輩を傷つけられ、怒りに燃える颯に慈悲や情けといった感情はなかった。

 颯は先ほどの胴体の方と同じようにオルトロスの臀部を空中に飛ばすと、蛇はあっという間に潰れたトマトのように弾け、魔物は絶命した。


(すごい……)


 コンクリートの陰で、この戦況を見ていたカレンは思わず息をのんだ。


「カレン、どうだ? そろそろ薬は効いてきたか?」


 そしてすぐ、壁に背中を預け座り込むカレンの前に現れた颯。


 様々な冒険者に日本で一番強いSランクは誰かと聞かれると、ほとんどの者が赤羽颯と答えると言う。

 唯一無二、対策のしづらい瞬間移動のスキルを持ち、ただ速いだけという訳でもなく、下手な戦士系の技よりも強い馬力も持ち合わせている。


「これが日本で一番、Xランクに近い冒険者……」


 そんな声が、思わずカレンの口から漏れた。


「おや? 嬉しいね。めったに人を褒めないカレンから賞賛されるなんて」


「ふぇっ!? あっ、ごめんなさい! わたしなんかが颯さんを値踏みするような真似を……!」


 心の声がつい外に出てしまい、顔を真っ赤にして謝るカレン。


「ハハッ! 気にするな」


 そんな恥ずかしそうなカレンを見て、颯は高らかに笑った。


「それにわたしは、カレンが言うほどの大した冒険者じゃないよ」


「いえっ、そんなことは……!」


「ほら、いるだろ? わたしたちと一緒に有楽町にやってきた、日本最強の男が」


 その時、目を見開くのもやっとのまばゆい光が二人の元に飛び込んでくる。


「始まったようだな。小森君と光龍の、Xランク同士の戦いが……」

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