カレンvsオルトロス

「水源流・流れ滝!」


 飛び掛かるオルトロスが宙にただよう刹那、カレンが下から上にすくい上げるように刀を振るうと、突然地面から湧き出たかのような水流が彼女の前に現れる。

 首を喰らおうと意気揚々に突っ込んだオルトロスだったが、まるで断崖に流れる滝のような水量に為す術なく押し返されると、魔物は空中で一回転し着地した。


 水源流――。それはカレンが使う、魔力を媒介にした水の技だった。刀に込めた魔力を水へと変換し、得物を振るうことによって発動するスキル。

 カレンが五つのときから師範に師事し、日々鍛錬を積むことによって後天的に習得したのだ。


 刀による物理的な攻撃と、水を操る魔法攻撃。カレンは言わば――


「魔剣士か!」


 オルトロスが叫んだ。


「水源流・五月雨さみだれ


 カレンの勇ましい声が響くと、彼女の目の前に出現した五本の矢。

 空中に浮かぶその矢が四方八方に軌道を変え、オルトロスに向かって飛んでいく。


「こざかしい!」


 それに対しオルトロスは炎のブレスを放ち、水の矢を焼き払おうとした。

 しかし、炎に触れても矢の勢いは止まらなかった。


「チッ!」


 オルトロスは舌打ちをすると、瞬時に後ろへと跳んだ。


(わしの炎と、小娘の水。相性はあまりよくないな……)


 矢を次々と躱しながら、オルトロスは思考を巡らせる。


「水源流……」


(ハッ! この女、いつの間に……!)


 その時、オルトロスは自身のすぐ横の懐まで距離を詰めていたことに気が付いた。


(矢は囮か!)


「流れ滝!」


 カレンの刀から放たれた水流がオルトロスの体を捕らえ、動きの自由を奪う。


「わしをこのまま、壁に叩きつけるつもりか!」


 水に流される最中、オルトロスがカレンに向かって吠える。


「いいえ」


 そうぼやくように小さく言い切ったカレンは、オルトロスの流される方向後ろに仁王立ちで立つ。


「水源流は刀と水の合わせ技。水の魔法で相手を封じ、最後にこの刀で息の根を仕留める!」


「待て、やめろ……!」


 重心を低くし居合斬りの構えを見せるカレンに、狼狽えた様子でオルトロスが叫ぶ。


(やっと……。これで憧れの颯さんに並ぶことができる……!)


 今のカレンの心境はオルトロスを討ち、尊敬する颯と同じランクにたどり着けるようになることへの充足感だった。


 完璧だった。カレンの作戦は。


 後はこのまま待ち、水と一緒に向かってくるオルトロスが来たら刀を振り、魔物の首を切り落とすだけ。

 おはこのような流れだった。カレンは今までこの手法で数多の魔物を倒し、Aランクへと上り詰めたのだ。


 そう、今までは……。


「これで終わり……」


「イヒヒ! こんな小娘にこうも好きにやられるなんてねえ。わたしも動くとしようか!」


 カレンが刀を振り下ろす直前、老婆のような声がこだまする。

 その声がどこから聞こえてきたのか、カレンはすぐに把握した。


(尻尾の蛇……!)


 それに気づいた瞬間、尻尾の蛇の口から放たれた黒い煙のような息。


(しまっ……)


 突然の不意の攻撃に、カレンは煙を一瞬だけ顔に浴びてしまった。

 すぐにその場を離れ、オルトロスから距離を取るカレン。


 しかし……。


「イヒヒ! どうだい、わたしの毒は。少し吸っただけでもフラフラじゃろ!?」


「ウッ……、オエー!」


 口元を押さえ我慢しようとしたものの、あまりの気分の悪さにカレンは思わず吐いてしまった。

 動きを封じていた水は消え、オルトロスが自由自在に動けるようになる。


「慢心したな、小娘よ。わしらオルトロスは何もこの双頭の犬の顔だけではない」


「尻尾の蛇のわたしも合わせた、炎と毒の力を操る魔物なのさ」


(そんな……)


 青白い顔を浮かべ立っているのもやっとの様子の、虚ろな目でカレンはオルトロスをじっと見つめていた。

 その目には小さな涙も……。


 負けたことへの悔しさ。死ぬことへの恐怖。

 色んな感情がぐちゃぐちゃになって、カレンの心の中に渦巻いていた。


「さあて、どう料理したもんかねえ……」


 そんなカレンを見下すように、不敵な笑みを浮かべる尻尾の蛇。


「待て、わしに殺らせろ! この女、一度ならず二度もわしを水で押し切りおって……。わしの炎で原型が無くなるまるで焼かなきゃ、気が済まん!」


 それに対して、怒り狂った顔で双頭の犬の顔は答えた。


「イヒヒ! まあ、好きにせい。小娘よ。お前も運が悪いな。こやつの炎で死ぬのは苦痛ぞ? 全身の肌が焼けただれ、息を吸うたびに炎はお前の肺の、体の中をも焼き尽くす。その時の苦痛はもう……、可哀そうなことだのう」


「アァ、嫌……」


 ブレスを吐く寸前、オルトロスの口の中が炎でオレンジ色に光る最中、カレンが最後に思ったことは颯とした約束だった。


――わたしが絶対に勝つ。

 そう言ったのを信じて送り出してくれたのに、颯さんの期待に応えられなかった。

 そのことに対しての後悔……。


 最後に颯さんに会って謝りたい。

 そう思ったのもつかの間、オルトロスが吐いた炎のブレスがカレン目掛けて飛んでいった。


 炎が広がり、瓦礫散らばる辺り一帯の地面が焼ける。

 この炎の中にカレンが……。


 オルトロスは彼女が死んだであろうと確信し、燃えるカレンに目もくれずその場を立ち去ろうとした。


「随分と、わたしの後輩を可愛がってくれたみたいだねえ!?」


「誰だ!」


 その声の主は、燃える炎に負けじと劣らない赤い髪をした女だった。


 ぴっちりとしたスーツに身を包んだその女が、両腕にお姫様のように抱っこするのは先ほどオルトロスと死闘を繰り広げた女子高生、剣持カレン。


「颯さん……」


 カレンが弱弱しい消え入るような声で、自分を介抱する颯に向かって問いかける。


「カレンもう大丈夫だ、後はわたしにまかせろ。解毒薬だ。効くまでお前はここで体を休めておけ」


 颯はニコッと優しく笑うと、瓶詰めに入る液体をカレンに飲ませる。

 そして彼女の体を倒壊したビルの陰にやさしくそっと寝かすと、まるで鬼のような形相でオルトロスの方へと目を向けた。


「お前ら、震えて恐怖しろ……。今から闘るのは戦いじゃない。一方的な虐殺だ」

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