第13話 勇者の真実


「そうそう、里に行けば、戦争の話いっぱい聞けるよ。

 まだ引っ越ししてなければ、だけど。

 爺ちゃん、婆ちゃんも大暴れしたって言ってた。楽しかったって」


「・・・楽しかったんですか・・・」


「それは・・・」


 何か血生臭い話になってきた。

 2人の眉間が寄るが、シズクはへらへらして、


「人の国だと、鬼って結構怖く伝わってると思うけどさあ、暴れるって言っても、子供と遊ぶみたいな感じで、楽しかったって。遊びに行って死人が出たのは、事故しかなかったみたい。何もしてないのに、ビビって馬から落ちて、頭打って勝手に死んじゃったとか。逆にこっちがびっくりして、申し訳なかったって言ってたよ」


 全然血生臭くなかった。

 落馬した兵士を見て、驚いて助け起こす鬼の姿が、ありありと目に浮かぶ。


「へ、へーえ・・・子供と・・・」


「そうだったのですね・・・」


「怪我しちゃった兵士を運んでたら、美味しいお酒もらったって喜んでたよ」


 鬼族は一体何をしていたんだろう?

 救助隊をやっていたのか?

 人族の怪我人を運んで、人族の兵士の中を駆け回っていたのか・・・


「あ、でもさ。武術家の人は違うと思うよ。

 相手が弱っちくても、向かって来るなら本気で勝負! だもんね。

 そういう人達を見て、鬼って怖ーい! って話が残っちゃったのかもね」


「ああ、それはありえますね」


「ええ。尾ひれなども付いていきましょうし」


「今みたいにさ、鉄砲とか魔術がいっぱいあったら、鬼族もやられてたと思うよ。

 でもさ、剣とか槍とかだと、マサちゃんくらい強くないとね!

 そんな人が、兵士でいっぱいいるわけないじゃん?

 だから、ほとんど遊びに行ってくるわーって感じ」


「そう言えば、こちらでは戦争とは言われてはいますが、魔の国からしたら、只の演習程度であった、と聞きました」


「そういう感じだって」


 ちょいちょい、とシズクが指を動かして、3人が顔を寄せる。

 シズクは口に手を当て、


(ここで稽古してる冒険者の人族が兵士だったとして、100人で私に勝てる?)


 何回か鉄棒を振ったら終わりだ。

 10人、20人と軽く吹き飛ばされて、後は逃げて行ってしまうだろう。

 逃げずに戦ったとしても、彼らではまともにシズクに傷は付けられまい。

 傷も付けられないなら、100人が1000人でも結果は変わらない。

 実に分かりやすい。


(なるほど)


(確かに)


(マサちゃん、カオル、2人ともすごいんだぞ。100人より強いぞ)


 にや、とシズクが笑い、顔を引く。

 マサヒデとカオルも顔を戻した。


「・・・っとまあ、そういう感じ。魔の国と人の国の戦争ってそうだったんだよ。

 でもさ、魔の国だって、虫族みたいに弱っちい種族もいるじゃん。

 そいつらはやられただろ、って思うとそうでもないんだな」


「なぜです? 数は多いんでしょう?」


「そういう種族で戦争に出るのは、ちゃんと兵士になれるくらい強い奴。

 兵士は獣人が多いけど、みっちり軍隊で鍛えられた獣人なわけでしょ。

 そういう奴らに負けずに兵士になれるくらい、強い奴なわけ」


「なるほど。人族の兵士なんて、お茶の子さいさいってわけですね」


「そういう事。て感じで、魔の国の方の被害なんて、ちょっと事故でって感じくらいだったってさ。事故だから、魔の国からしたら、恨みなんか全然ないよね。こっちだと、戦争のせいでまだ魔族嫌われてる所あるけどさ、それ逆恨みって感じ」


「ん? ちょっと待って下さい。勇者にはやられた人はいるんじゃないですか?」


「そうです、そうですよ、勇者はどうだったんですか?」


「ぷっ! 勇者ね! うぷぷぷ!」


 勇者と聞いて、シズクがいきなり笑い出してしまった。


「うくく・・・あのさ、勇者の夢、壊しちゃって悪いけどさ・・・

 あれ、食い物泥棒なんだよ! ぷはっ! あはははは!」


「食い物泥棒?」


「泥棒だったのですか?」


「そうだよ。食い物泥棒だよ。

 あのさ、戦争の時なんか、今みたいにまともな街道もなかったよね。

 馬でも歩きでも、人の国から魔の国なんて、そりゃもう時間かかるよね」


「まあ、そうでしょうね」


「で、旅に時間がかかれば、食い物もなくなるよね。

 だから、そこらで泥棒したり、お恵みをー、なんてしてたんだよ!」


「ええ!?」


「まさか!?」


 マサヒデもカオルも驚いてしまった。

 これが勇者の実態だったのか!?


「お話みたいに、ばったばったと魔族をなぎ倒し・・・なんてないんだよ!

 そりゃ、カゲミツ様くらい強い奴なら、ばったばったしてくと思うけどさ。

 まともな武術家は、魔王様に敵うわけねえって分かってるから、誰も来ないよね。

 てことで、来る奴は勇者になって人生一発逆転! って適当な奴ばっか。

 そんな奴をまともに兵隊が相手したら、可哀想じゃん。すぐ死んじゃうもん」


「トモヤみたいだ・・・」


「それは可哀想ですね・・・」


「あはは! 魔王様は、暴れたりしなきゃ勇者に手を出すな!

 って、国中に厳しく命令出したからさ、まともに魔族と戦った奴は少ないよ!

 兵士に喧嘩売って、負けて帰った奴ばっか! 帰りのお駄賃までもらってさ!

 泥棒で捕まった勇者は何人いたんだろうね! えぁーははははー!」


 げらげらとシズクが笑い、食堂の皆の目がちらちらとこちらを見ている。


「そ、そうだったんですか・・・」


「・・・」


「あっはははは! 魔王様はさ、たくさんいる人族の夢を壊したくなかったのさ!

 だって皆に『勇者』って呼ばれるような人達だよ? かっこよくしたいじゃん!

 それが食い物泥棒しながら、へろへろになってさ。

 こそこそ隠れて、やっとこさ魔王様の元に辿り着いた、なーんて!」


「・・・」「・・・」


 笑うシズクを前に、マサヒデもカオルも呆然としてしまった。

 確かに、魔の国では、勇者はほとんど戦うことはなかった、という。

 泥棒でもして、警備兵から逃げたりする時に戦ったりしたのだろうか・・・


「だからさ、ほんとは勇者ってこんな奴って事、秘密にしてるの!

 でも、魔族では公然の秘密! みーんな知ってるよ!

 秘密だよ! 絶対話しちゃだめ! あ、しまった! 話しちゃった! ぷっ!」


「そうだったのか・・・」


「では、では、勇者を称えて『勇者祭』というのは!?」


「ぷっ! まともな街道もないのに、頑張って魔の国まで来て、ご苦労さん!

 ちゃんと魔王様からの和平の使者になってくれて、ありがとうさん!

 それだけ! 最初の勇者って、連絡係だったってこと! 連絡係の祭だよ!

 帰りは馬車まで用意してもらってさ、護衛にびっしり囲まれてご帰還だよ!

 別に強いから称えてるわけじゃないんだって! あはははは!」


「連絡係・・・」


「そんな・・・」


 かくん、とマサヒデとカオルの肩が落ちた。

 連絡係を称える祭だったなんて・・・


「だからさ、戦争終わってからの勇者の方が、戦争中の勇者より全然強いんだ!

 祭になって、まともに魔族達と戦って、魔王様の所に行ってるんだから。

 当然、称えるなら、祭の勇者の方ってわけだよ!」


「祭の勇者の方が、本物って事ですか」


「そういうこと! 最初の勇者は食い物泥棒! あははは!

 あ、和平の使者なら、ちょっとかっこいいかもね。くくく」


「勇者は食い物泥棒・・・」


「・・・」


「んふふふ。要するに『勇者』ってかっこいい名前で釣って、武術大会に人族からも参加者募集します! だよ。おかげで、平和な世界になっても、人族にも武術家がたくさん出たよね。魔族も負けないように鍛えるしさ。魔王様って頭いいよね」


「もしかして、国王陛下も、そういうの知ってるんでしょうか」


「ご主人様、それはお聞きにならない方が」


「当然! ちょっと偉い人はみーんな知ってると思うよ。

 でも、人族みんなの夢を壊したくないじゃん。皆の勇者。憧れの的だもん。

 首都には勇者の銅像まで立っててさ・・・ぷふっ!

 食い物泥棒の銅像だよ! あははは! あれ見た時、笑っちゃったよ!

 思い出しちゃったじゃん! もう笑わせないでよ! あははは!」


「まあ、最初の勇者はどうであれ・・・

 後の勇者は皆が本物の強者ですから、勇者祭は大成功ですか」


「そういう事ですね・・・」


「んふっ! うぷぷぷ! マサちゃんは本物の勇者になろうね!

 米泥棒にはならないでね! あはははは!」


「はい・・・じゃ、冷めないうちに食べますか・・・」


「いっただきまーす!」


「頂きます・・・」


 最初の勇者は、食い物泥棒。

 まともに戦いもせず、盗みや物乞いをしながら、魔王様の元へ辿り着いた。

 これが、勇者の真の姿だったのだ。

 マサヒデもカオルも、がっかりして黙々と箸を進めた。

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