第三章 勇者の真実

第12話 シズクはいくつ?


 冒険者ギルド、食堂。


「日替わりを、大盛りで」


「焼き魚定食をお願いします」


「豚生姜焼き定食! ごはん山盛り!」


 さらさらと注文を書いて、メイドが下がっていった。

 稽古が終わって、昼食の時間。


 カオルがぐいい・・・っと水を一気飲みして、とん、とコップを置いた。


「ふう、ご主人様、私、また自信がなくなりました」


「私もー」


 シズクもべったりとテーブルに顔を乗せる。


「私もですよ・・・」


 ふう、とマサヒデも肩を落とす。


「なんでっ!?」


「ご主人様・・・」


 シズクは怒った顔を上げ、カオルは呆れ顔だ。


「全然入れられなかったじゃないか。掠りもしなかったのに」


「そうですよ。私も必死に手を考えてきたのに・・・」


「シズクさんは無駄が多すぎます。

 あなた、未だに強くなるコツ、気付いてないでしょう」


「むっ・・・」


「今まで何度も、これなら気付くだろう、という機会はあったんです。

 そろそろ、気付いても良いと思いますがね」


「むーん・・・」


 シズクはまたべったりとテーブルに顔を乗せてしまった。


「カオルさんだって、昨日の今日であれだけ振れるようになって、自信なくなった、はないでしょう。大体、片手で振ってたじゃないですか。あんなの私じゃ出来ませんよ。もう、私より、ずっと身についてますよ・・・」


「そうでしょうか・・・」


 ふう・・・と肩を落とし、マサヒデはコップを両手で持って、中の水を見つめる。


「これが、文字通り、初心に帰ったって事なんですね・・・」


 ふん! と腕を組んで、カオルが口を尖らせる。


「何を仰られますか。ひやっとしましたー、なんて言って、私を手玉に取って。

 ねーえ、シズクさん?」


「そうだよ。全く・・・」


「手玉になんて取れてませんよ。本当にぎりぎりだったんですから・・・

 最後に避けられたの、あれ偶然だったんですよ。

 上からどう振ってくるのか、全く見えてなかったんですから」


「またまた・・・ほら、マサちゃんのおだて作戦が始まったよ」


「ふーん! ご主人様、その手には乗りませんよ!」


 マサヒデはつんつんする2人の目を無視して、コップの水に見入る。


「まだ・・・まだ、荒いんですよ・・・まだ・・・」


 ぽつん、と小さな声でマサヒデが呟いた。


「当ったり前じゃーん! 昨日振り始めたばっかでさ、荒い荒いなんて。

 1日で他の流派を身に着けようなんて、欲張りすぎだよ。ねー?」


「ほんとですよ! ご主人様は欲張りで仕方ありませんよね!

 せっかちですよ、せっかち。私にはせっかちになるな、何て言う癖に」


「全くですよ・・・そのつもりはないのに、焦ってしまって」


「へーえ。焦ってるんだ?」


「ええ。はっきり言って、焦ってます。

 自分で、焦るな焦るなと言い聞かせてるんですけどね。

 どうしても焦りが出てしまいますね」


「何がそんなにご主人様を焦らせるのです。

 振りがなじまないからですか?」


「違います。アルマダさんです」


 2人がマサヒデに疑問の目を向けた。

 アルマダがどうかしたのだろうか?


「ハワードさん? ハワードさん、何か言ったりしたの?」


「いえ。先日、カオルさんとアルマダさん、立ち会ったでしょう」


「はい」


「あの立ち会いを見て、はっきり分かりました。

 アルマダさん、掴みかけてますね。

 今まで、気付いてませんでしたが・・・」


「ハワードさんが強くなるって事?」


「なりますね。あの調子だと、すぐに。

 私やカオルさんと違って、最初からやり直しじゃない。

 掴んだ瞬間、恐ろしく強くなるはずです」


「今よりもですか?

 結果は相打ちとはいえ、余裕であしらわれましたよ?

 しっかり私の動きまで見て、無駄な動きがあったとか注意点まで・・・」


「ええ。あれが、がくんと上がります。

 もう、掴みかけてるんですよ。

 それを考えると、どうしても焦っちゃいますね」


「ふーん・・・」


 にや、とシズクが笑った。


「マサちゃん、どうしてもハワードさんの上にいないと嫌なんだ?」


「勘違いしないで下さい。そうではありませんよ。

 一緒に稽古してた仲間が強くなっていくのに、私は追いつけないなんて」


「ふーん。じゃあ、仲間はずれだから嫌ってこと?」


「そういう訳では・・・」


「ご主人様、子供の言い訳にしか聞こえませんね。

 今勝てずとも、最後に勝てばよろしいのです。

 最初からやり直しでも、上に向かっている事に変わりはないのです」


「む・・・ううむ、お二人共、仰る通りです・・・」


「ふふーん。マサちゃんも、年相応に子供じゃん」


 くす、とカオルが笑った。


「全くですね」


「年相応に、ですか。そう言えば、前々から気になってたんですが・・・」


 メイドが注文を運んできた。


「日替わりは私です」


「焼き魚定食は私です」


「私、生姜焼きー」


 皆の前に、食事が並べられた。

 マサヒデがぐいっと水を飲み干し、シズクの方を向いた。


「話が切れましたが、シズクさんに質問です」


「何々?」


「失礼を承知で聞きますが、シズクさんて、一体いくつなんです?」


「さあ? いくつなんだろ・・・分からないね。

 里には、暦とかなかったし・・・」


「ええ? 鬼の里って、暦がないんですか?」


「そうだよ。こっちみたいに、はっきり季節が変わらないんだよ。

 だから、里に暦ってないんだ。いつが夏とか冬とか、分からないもん。

 てことで、里に何年いたかは良く分からないな」


「確か、里を出てまっすぐ首都に来たのが、20年くらい前でしたか?」


「そうだよ。里を出てびっくりしたのが、他の地方ってすごく暑くなったり寒くなったりって所だったんだよ。季節だよね。それで、魔の国出てからは大体何年経ったか分かるんだ」


「鬼族って、寿命どのくらいなんです? 数が少ない程、長いと聞きますが」


「あははは! 分っかんないんだよねー! 千年とか? もしかして万年とか?」


「何で他の種族の寿命は分かるのに、自分の鬼族は分からないんですか・・・?」


「外に出る人も、私と同じで、里に何年いたか良く分からないんだもん。

 何歳で死んだとか、良く分からないんだよ」


「戦争をしていた頃は、もう産まれてたんですか?」


「産まれたのは戦争の後・・・じゃないかなー・・・って思うんだけど・・・

 だから、200とか300くらいじゃないかな? 多分だけど・・・

 里の役所に行けば分かるかもしれないね」


「役所に行かないと分からないんですか・・・」


「かも、だけどね。あ、でも引っ越ししちゃうか。

 いつ産まれた記録とか、ちゃんと残してるかなあ?

 みんな歳なんて気にしないし・・・見た目でそろそろ結婚かな? くらいだよ」


 一体、シズクはいくつなんだろう。

 年齢も記録されているかどうか分からないとは・・・

 里には季節というのもなかったという。

 おおらかというか、適当というか、鬼族は謎が多い。

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