第21話 伝授・3


 カゲミツが去った後、魔術師協会は急に静かになってしまった。


「ふう・・・ふふふ。父上がいると、やはり賑やかになりますね」


 転がった箸を拾い、マサヒデは昼餉を食べ始めた。


「今日はすごい緊張感がありましたけど、怖い感じではなかったですね!」


「ええ。お父上、すごく真剣でしたね。

 本当に、絵に描いたような師匠、という感じでした」


「私も、ただ見ていろ、とだけ言われただけでしたが・・・勉強になりました」


「ふふふ。クレールさん、父上は怖くはなかったでしょう?

 厳しく見えるのは、父上も、すごく真剣に弟子を見ているからなんですよ」


「はい! 良く分かりました! さっきも、すごく楽しかったです。

 本当に、怖い人ではなかったんですね」


「そうですよ。冗談言ってげらげら笑って・・・

 まさか、本当に、母上に女を泣かせてばかり、なんて言わないでしょうね」


「あら、マサヒデ様。事実ではありませんか」


「どれも、事の成り行きではないですか・・・

 皆さんを泣かせようとしてる訳ではないんですよ」


 カオルはまだ恥ずかしげに、ちまちまと箸を進めていたが、


「ああっ! ご主人様!」


 と、大声を出して顔を上げた。


「うわ! どうしました?」


「すぐにカゲミツ様を追いかけます! 大事な事を聞き忘れました!」


 ば! とカオルは立ち上がり、さーっと走って行ってしまった。

 残った3人は、呆然としてカオルを見送ったが、すぐに箸を進め出す。


「うん・・・最近、分かってきました。

 カオルさんて、うっかり屋な所が良くありますよね」


「ええ」


「私もそう思います」


「仕事ではそういう事はないから、別に良いんですけど。

 今回は何をうっかりしたんでしょうね?」


「うふふ。まさか、私も娘になります、なんて」


「あははは」


「ふふふ。でも、仕事上、それは難しいですからね。

 きっと、私の旅が終わって、元の職場に戻ったら・・・」


「・・・」


 ここにいる者は、皆、忍という仕事を良く知っている。

 どんなに好きな相手が出来たって、結婚の自由はない。

 例え結婚出来たとしても、何年も会えないなんてざらなまま。

 やっと引退して家に戻れる頃には、もう老年だろう。


 カオルは養成所の教員になるから、もしかしたら結婚が許されるかもしれない。

 それでも、まともに家に帰れる仕事ではないはずだ。


「カオルさんには、せめて旅が終わるまでの生活を、楽しんでもらいたいですね」


 ぽつん、とマサヒデが呟く。


「はい」


「そうですね」


 また、部屋が静かになってしまった。

 皆、カオルの先を想って、しんみりしてしまった。



----------



 葬式のような雰囲気で食事を続けていると、すぐカオルが帰って来た。

 ひどくがっかりした様子で、肩を落として膳の前に座る。


「おかえりなさい。一体、何を聞き忘れたんです?」


「は・・・無刀取りを教えてもらえるかと・・・」


「ああ! 無刀取りですか・・・

 でも、その様子じゃあ、知ってるけど教えてくれなかった、て感じですね?」


「カゲミツ様に勝ったら教えてやる、と言われ、笑われてしまいました」


 む? とマサヒデが首を傾げる。


「ほう? 父上に勝ったら、ですか? 立ち会えとは言われませんでしたか?」


「いえ、立ち会えとは、特に言われませんでしたが」


「ふうむ・・・立ち会え、と言いませんでしたか・・・」


 皆の目が、何がおかしいんだろう? とマサヒデを見つめる。

 しばらくして、にや、とマサヒデがカオルに顔を向けた。


「カオルさん。これは好機ですよ。

 上手く行けば、父上から無刀取りを教えてもらえます」


「え!?」


「すぐに身に付く技ではないでしょうが、知ってて損はないでしょう。

 後々、身に付けることが出来たら、きっと役に立つはずです」


「ど、どうしたら!?」


 ぐぐ、とカオルがマサヒデに膝を寄せる。


「何でも良いから、父上に負けたと思わせれば良いだけです。

 ほら、皆で結婚の挨拶に行った時、魔剣を持ってきたでしょう」


「あ!」


「あれ持ってったらどうです。父上もまだ気付いてないはずですよ。

 気付いてたら、大騒ぎで私の方にも連絡してくるはずですから」


「た、確かに!」


「私は既にカゲミツ様に勝っております、こちらをご覧下さい、で一本ですよ」


 ぱちん、とマツが手を合せ、


「マサヒデ様! それは名案でございますね!」


 クレールも顔を輝かせて、


「さすがマサヒデ様ですね! すごいです!」


 沈んでいた雰囲気が一変、皆の顔が喜びに包まれた。

 だが、マサヒデの顔は変わって険しいものになった。


「後は、何とかして魔剣を取られないようにするだけです。

 じゃあその魔剣を返せ、交換だ、と言われるに決まってます。

 今は、ラディさん親子の魂の宿った、すごい作になってますからね」


「む・・・ご主人様、それは言われそうですね・・・」


「マサヒデ様、お父上はあの魔剣を恐れておいででしょう?

 返せと言ってくるでしょうか?」


「ああ、そうでしたね・・・ううむ・・・しかし、賭けになりますね。

 言われるかもしれない、言われないかもしれない、では」


「マサヒデ様、魔神剣とか月斗魔神でも盗んできたらどうでしょうか?

 あの2本なら、交換で一本は出来ませんか?」


「ふむ。クレールさん、良いですね。三大胆は常に持ってますから、無理でしょう。

 しかし、その2本は刀蔵ですから、入れば簡単に盗めます」


「しかし、お父上はすごい勘がありますよ?

 ほら、クレールさん、私とお父上が立ち会った後、本宅に戻った時です。

 カオルさんが入った事、玄関で看破してたじゃありませんか」


「あ・・・そうでしたね・・・

 あ、そうだ! 皆の稽古してる時なら入れませんか?」


 ううん、とマツが腕を組む。


「敷地に入っただけで、誰か来たってバレてしまいそうですが・・・

 黒嵐を連れて行った時も、声も掛けてないのに、門弟の方が出て来ましたよ」


「カオルさん、出来ますか?」


「む・・・」


 腕を組んで、カオルは考えてみる。

 入るまでは出来るだろう。

 だが、無事に出られるか?

 カゲミツは、カオルにさえ全く見えない速さで動くのだ。

 入った事が気取られた瞬間、すぐその場に駆けつけてくるだろう。

 刀を手に取った所で、カゲミツが入り口に立っている様子がありありと浮かぶ。


 気取られずに入れれば問題はない。

 だが、レイシクランの忍を全員看破する相手に、気取られずに入れるか?


「入るまでは出来ると思いますが、とても出られるとは思えません」


「ううむ、やはりそうですか・・・私もそう思います」


 いっそ、魔剣を渡してしまうのもありだ。

 少し旅は不便になるだろうが、無刀取りの極意と引き換えなら悪くはない。

 返せ、とは言ってこないかもしれないのだ。


「ふむ・・・」


 唸るマサヒデを見て、カオルがさっぱりとした顔を上げた。


「ご主人様、此度は諦めます」


「え? 良いんですか?

 いっそ、魔剣を渡してしまうのも悪くはないと思いますが。

 無刀取りの技術になら、十分釣り合いますよ」


「構いません。そうなれば、ラディさんも悲しみましょう。

 きっと、近くに置いておきたいはずです。

 命の危険を冒してまで、盗みに入るのも下策です」


 なに! とクレールが顔を向ける。


「下策ってなんですか! せっかく考えたのに!」


「あ、いえ、そういう訳では! 言葉が不足しました。

 カゲミツ様に立ち向かうのは『今の私では下策』と。

 私の腕が不足している、という事です。申し訳ございません」


「むーん、なら良いです! 許してあげます!」


 ふん! とクレールがそっぽを向く。

 ふふ、とマサヒデはクレールを見て笑い、


「カオルさん、えらくさっぱりした顔をしていますが、どうしました」


「ご主人様。願わず、想わず、です。

 無刀取りは一度見ております。

 ならば、鍛錬を積めば、無刀取りなど勝手に出来るようになっているはず。

 やはり、無願想流の教えは偉大ですね」


 そう言って、カオルはにこっと笑った。


「皆様、改めて良く考えてみれば、身の丈に合わない技を身に着けた所で、使いこなせるとは思えません。私ではまだまだです」


「カオルさん、良いのですか?」


「はい。奥方様、これで良いのです」


 カオルが爽やかに笑い、マツもその顔を見て、笑顔で頷いた。

 マサヒデも、カオルの言う通りだと思い、頷いた。

 クレールだけがぷんぷんしている。

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勇者祭 12 剣聖来訪 牧野三河 @mitukawa

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