第三章 剣聖、シュウサン道場に立つ

第14話 剣聖、シュウサン道場に着く


 縁側で考え込んでしまったマサヒデに、カオルが声を掛ける。


「ご主人様、早速、内弟子の変装の服を作りたく思います。

 買い物に行ってきてもよろしいでしょうか」


「ええ、どうぞ。私は1人でもう少しやってますから」


「では!」


 ささーっとカオルは出て行ってしまった。

 クレールはうきうきして、


「マサヒデ様! 楽しみですね!」


「ふふふ。どんな格好になりますかね?

 ラディさんみたいに、紋付袴になるんですかね。

 まさか、着流しなんて事はありませんよね」


「あはは! でも、着流しも格好良いですよ!

 ゴロウさんも、すごく格好良かったじゃないですか」


「確かに、ゴロウさんは格好良かった。じゃあ、着流しもありですね。

 さてと・・・じゃ、私も少し素振りしましょうか」


 よっと立ち上がり、木刀を取る。

 クレールも手の平を上に向け、雀を乗せた。


 今回はゆっくりでなく、普通に振る。

 朝もそうだったが、素振りでは違和感は感じない。


(ううむ・・・)


 振る。

 全く違和感がない。


 カゲミツの稽古を思い出す。

 振り回されず、指先から、足先まで、ぴったりと着いていくように。


 分からない。

 どこにも違和感がない。

 得物に振り回されてはいない。

 稽古の時は軽い竹刀だったが、まさか竹刀に振り回されていた?


 振って、止める。

 身体に崩れは感じない。

 しっかりと着いている。


「・・・」


 もう一度。

 しばらく振るが、どこも崩れていない。

 分からない。何がおかしいのか・・・



----------



(着いちゃった・・・)


 シュウサン道場前。


 ついに到着してしまった。

 ここに、コヒョウエ先生のご子息がいる。

 まさか、先生もいるのか?


(どうか、いませんように!)


 ゆっくり深呼吸・・・


「ふぅ・・・よし・・・」


 道場に踏み入れる。

 確かに、小さな道場だ。町からも離れている。

 今まで聞かなかったのも、不思議ではない。


「む」


 井戸がある。

 見つからないうちに、こっそり借りてしまおうか・・・

 きょろきょろ。


 道場の中に人の気配。

 奥の本宅・・・人はいない。


「・・・」


 すすすー、とカゲミツは足を運び、井戸の側まで来た。

 音がしないよう、ゆっくり・・・

 そーっと井戸から水を上げ、手拭いを濡らし、ごそごそと身体を清める。

 服ごと洗いたい所だが、さすがにそれはバレる。


「・・・」


 す、す、と周りを見渡す。

 気配はない。

 道場の中。出てくる気配はない。


「ふうー・・・」


 さ、と襟を正し、背筋を伸ばし、もう一度、確認。

 乱れはない。


「頼もう!」


 少しして、道場の中から出て来た。

 がらっ。


「お待たせしました」


「む・・・?」


 随分と大きい。

 これがコヒョウエ先生のご子息?

 コヒョウエ先生は、随分と小柄だったが・・・


「あの、何か?」


 じろじろと上から下までジロウを眺めるカゲミツに、胡乱な目が向けられた。


「あ、これは失礼しました。

 こちらに、コヒョウエ先生のご子息がおられると聞きまして」


「私です。父上のお知り合いでしたか」


「はい。お父上が首都におられた頃、門弟に身を連ねておりました」


 ぱ、とジロウの顔が笑顔になった。


「おお、そうでしたか! 私、ジロウ=シュウサンと申します」


「申し遅れました。私、カゲミツ=トミヤスと申します」


 ぺこり。

 ジロウの笑顔が一変し、驚いて、目を見開いた。


「ええ!? あ、あなたがカゲミツ=トミヤス様!?」


「はい。息子から、こちらの道場の事を聞きまして」


「おお、マサヒデ殿から! さ、どうぞお上がり下さい!

 どうぞこちらへ、茶などお出し致しますので!」


 いそいそとジロウが中へ上がり、カゲミツは部屋に通された。

 座って待っていると、ジロウが茶を持って来た。


「どうも」


「此度はわざわざのお運び、ありがとうございます」


「いや、息子もアルマダも、もう貴殿には勝てないと、ぐったり肩を落としておりまして。それほどの方、一目お会いしたいと」


「ははは。もう勝てないなどと・・・謙遜に過ぎますよ。

 私も、父上にぐっさりと釘を刺されまして」


 父上。コヒョウエ先生はここにいるのか・・・?

 どきどき。


「お父上に釘を刺されましたか。ははは」


 何と乾いた笑いか。自分でも分かる。


「ん! んん! 時に、お父上、コヒョウエ先生は・・・」


「父上は、ここから少し離れたヤセキ村の近くで隠棲しております。

 ふらふらしておりますので、今いるかどうかは分かりませんが・・・

 ご挨拶であれば、門弟を呼びに行かせますが」


「ああーいやいや! コヒョウエ先生に足を運ばせるなどと! とんでもない!」


 ぶんぶんと顔の前で手を振る。


「え? よろしいのですか?」


「いや、このような身なりで挨拶などと、とても! 土産も持っておりませんし!

 改めて、ご挨拶に伺わせて頂きますので、お気を使わずに!」


(良かったー! 助かった!)


 がっくりと肩の力が抜け、カゲミツの調子が戻ってきた。

 ジロウも固かったカゲミツが、急に力が抜けたのを見て、


「あ、そうでした。首都にいた頃に・・・

 あの頃は随分と厳しかったと聞いております。

 今は、ただの田舎の年寄りになっておりますから」


「そ、そうかい? 良かった・・・本当に、緊張しちまったよ・・・」


「ははは! そのご様子、余程父上に絞られたのですね」


「ああ、そりゃもう! 恐ろしくてたまんなかったんだよ!

 こう、ばしん! と頭叩かれてぶっ倒れたらよ、庭まで引きずり出されてさ。

 他の門弟達がばっしゃばっしゃと水かけて、目が覚めたら、こっち来い!

 また倒れた所で、がすがす横腹蹴られてよ・・・」


「それはまた・・・父上はそんなに厳しい稽古を」


「おお、怖いのなんの! マサヒデの手紙には、あんたの事しか書いてなくてさ。

 ここに来る途中、もしいたらどうしよう! なんて、小便ちびりそうだったぜ」


「ははは! 剣聖ともあろうお方が、小便などと」


「剣聖なんて肩書、こっそり御前試合に出ちまったから、付けられただけだって。

 世の中、俺より強い奴は、まだまだ掃いて捨てるほどいるってなもんよ」


「それこそご謙遜ではありませんか?」


「いいやあ、そんなことねえぞ。

 剣聖になったー! ってお父上に報告しに行ったらどうなったと思うよ。

 馬鹿野郎、お前みたいなガキが剣聖なんて名乗れるか! 返上してこい!

 で、またボッコボコ。それで道場追い出されちまったんだよ・・・」


「ええ!? まさか、父上がそんな事を!?」


「そうなんだよ・・・当時のお父上は、俺より遥かに上だったのさ。

 少なくとも、剣聖をボコボコに出来るくらい、強かったって訳だ」


「・・・」


 父が、まさかそこまでだったとは。

 ジロウは呆然と、口を開けてしまった。


「コヒョウエ先生と鎬を削るような剣客は、何人もいた。

 てことは、その人達は皆、俺より強かったって事だ。

 少しはあの頃より腕は上がったつもりだが、まだまだ敵うとは思えねえ」


「父上が、まさかそこまで・・・」


「もう歳もあるだろうから、今なら、もしかしたらだけど、勝てるかもしれねえ。

 でもよ、俺と同じくらい強かった門弟は、道場に何人もいたんだ。

 そいつらは、俺より遥かに上に行っちまったかもしれねえ」


「・・・」


「当然、俺と同じくらい強い奴は、お父上の道場にいた奴だけじゃねえ。

 剣聖なんて肩書はいらねえ。御前試合なんか興味もねえ。

 俺みたいに道場を構えてのんびりせず、今でも人知れず腕を磨いてる。

 そんな、名が知られてねえだけで、俺より強い奴はごろごろいるんだ」


「ううむ・・・」


 唸ったジロウを見て、にかっとカゲミツが笑った。


「て、ことでよ! 早速だけど、一本やろうや!

 せっかくここまで来たんだからよ、息子にもう勝てねえって言わせた剣・・・

 見せてもらえるよな!? な!?」


「稽古をつけて頂けるのですか!?」


「勿論だとも! あんたの剣を見に来たんだ! さあさあ!」


 すぱん、と障子を開けて、カゲミツは道場に入って行ってしまった。

 慌ててジロウも立ち上がり、道場に入って行った。

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