第3話 開眼未満・1


 シズクが道場に着いてから、しばらくして・・・


「おはようございます!」


 女の声が道場に響く。

 しばらくして、門弟が出て来た。


「おはようございます。トミヤス道場へようこそ。

 本日はどのような御用件でしょう」


「私、エミーリャと申します! トミヤス道場に入門したく、参りました!」


「おお、それはそれは。どうぞ、お上がり下さい」


「はい!」


 すたすた。


「カゲミツ様! 入門希望者です!」


「お、そうか。全員、休んでろ!」


 門弟達が壁際に並び、正座する。


「こちらへ」


 エミーリャはカゲミツの前に案内された。

 あれは・・・マサヒデ様の所にいた、鬼の・・・

 そういえば、たまにここに来ていると言っていた。


「どうぞ」


 カゲミツが促し、エミーリャは座る。


「入門希望だって事だけど、あんた、魔族だろ?」


 う! また一目で看破された・・・


「は」


「家族には連絡したか? 許しをもらったか? 故郷、遠いだろ?」


「あ、いえ・・・まだです」


「じゃ、まず家族に連絡して、許しをもらってからだ。

 ここまで来たって事は、勇者祭で誰かに負けたって所か?」


「は・・・」


「じゃ、オリネオの町に行って、冒険者ギルドあたりで家族に書簡を送れ。

 急ぎなら、金出して通信使って連絡取ってくれ。

 家族に許しをもらったら、いつでも入門しに来て良いからよ」


「・・・分かりました」


「あー、悪く取らねえでくれ。別に門前払いしてるって訳じゃねえ。

 うちは入門希望者を拒みはしねえんだ。

 でもよ、遠い所で暮らす事になるんだからさ。ちゃんと家族には連絡しなきゃ。

 俺も、お前さんの家族に申し訳が立たねえよ。許してくれるか」


 ぺこ、カゲミツが頭を下げた。

 慌てて、エミーリャは膝立ちになり、ぶんぶんと手を振る。


「そそそんな、許すなどと、頭をお上げ下さい! 私の不心得でしたので!」


「ありがとよ。じゃ、手間取らせちまって悪いけど」


「は。失礼致します」


 エミーリャは頭を下げ、道場を出て行った。

 シズクが後を追いかける。


「なあ、ちょっと」


「は・・・」


「あんた、エミーリャだったよな」


「はい」


「ふふーん。あれだけ痛めつけられて、良く折れなかったな」


「・・・」


「な、早く連絡して、道場に来いよ。

 私も、町出るまではここで稽古してるから。一緒にやろうよ」


「はい」


「カゲミツ様、良い人だったろ? 怖い人じゃなかっただろ?

 あれが剣聖なんだ。口は悪いけどさ、すごく優しいんだ」


「はい」


「じゃ、またな!」


 エミーリャは町に向かって歩いて行った。カオルに負けた時のような、ぐったりした背中ではなく、しっかりと背筋は伸びていた。



----------



 からからからー。


「只今戻りました」「戻りました!」


「おかえりなさいませ」


 カオルが手を付いて迎える。


「うむ・・・カオルさん、一服したら、少し相手をしてもらえますか」


 マサヒデの顔が険しい。


「は」


 上がって、居間に入る。

 カオルが、す、と茶を差し出す。


「ありがとうございます」


 マサヒデは湯呑を取らず「むう」と小さく唸ってから、じっと手を見つめている。


「ご主人様?」


 は! とマサヒデが顔を上げ、


「あ、失礼しました」


 と言って、慌てて湯呑を取った。

 クレールは不思議そうな顔でマサヒデを見て、そっとカオルに囁く。


「マサヒデ様、稽古が終わってから、ずっとあんな感じなんです」


「稽古が終わってから? まさか、冒険者に一本取られたとか?」


「いえ、皆倒れてましたよ」


「倒れていた? ご主人様の稽古で?」


「はい」


 ちょっと引っ掛かる。

 ここのギルドの冒険者達ならば、マサヒデならば倒さずに寸止め一本のはず。

 何かあったのだろうか?


「食堂でも、ずっとあんな感じでしたよ。ずっとコップを持ってて・・・」


「そうですか・・・」


 マサヒデは両手で湯呑を持ったまま、じっと考え込んでいる。

 何か、新しい技でも思い付いたのだろうか?

 ぐい、と冷めた茶を飲み干し、マサヒデは竹刀を取った。


「では、カオルさん、お願いします。小太刀とナイフは持ってきて下さい」


「は」



----------



 庭に下りて、マサヒデとカオルが向かい合う。

 マサヒデは、竹刀を持った手をじっと見つめている。

 カオルはじっとマサヒデを待つ。

 邪魔をしない方が良いだろう。


「では、行きます。受けるか、避けるかしてもらえますか」


「は」


 カオルが小太刀を構え、ナイフを抜く。

 腰が沈んだ瞬間、マサヒデが跳ぶように襲いかかって来た。

 ほぼ地面と水平に跳んでくる。


「う!?」


 竹刀が薙ぎ払われ、危なく避けたカオルの服を掠めていく。

 ぱっと後ろを向くと、マサヒデは既にこちらを向いている。


「違うなあ・・・」


 マサヒデは棒立ちになって小さく呟き、また竹刀を見つめ出した。


「・・・」


 恐ろしい速さだった。

 振り向いた時、既にこちらに跳び掛かる体勢が出来ていた。

 あれで跳び掛かって来られたら、胴が真っ二つだった。

 カオルはぞっとして、棒立ちのマサヒデを見つめる。

 しばらくして、


「もう一度、お願いします」


「は・・・」


 ぐ、と腰を沈めた瞬間、またマサヒデが跳んで来る。

 また薙ぎ払ってくる。避けきれない。

 小太刀でぎりぎり上に流しながら、身体を回して避ける。

 竹刀が顔を掠めていく。


「ううむ、もう少しか・・・?」


 マサヒデが小さく唸り、ぶつぶつ言いながら、竹刀を見つめる。


 変わっている。

 跳んでいるのに、しっかりと踏み込んで来た時のような重さが十分にある。

 軽い振りではない。あれは、ぐっと地に足をつけたような安定感がある。

 十分に恐ろしい振りだが、マサヒデは何か納得がいかないようだ。


 踏み込み、腰を回し、肩を振って、腕が回り、剣先が最後に乗って出てくる。

 流派によって身体の使い方は多少違うが、これが基本。


 だが、このマサヒデの振りは多少ではなく、大きく違う。外れすぎている。

 なのに、しっかりと重さの乗った振りが出来ている。

 一体これは何だ!?


「すみません。お待たせしました。行きます」


「は」


 ぐ、と腰を沈めた瞬間、またマサヒデが跳んで来る。

 もうだめだ! 避けられない!

 ばん! と小太刀に竹刀が当たり、マサヒデが後ろに跳んでいく。

 竹刀が当たった小太刀に流され、まっすぐになって飛んでいく。


「ああっ!」


 後ろでマサヒデが声を上げた。


「そうか、ここか・・・ここら辺か? 今の手応え、きっとここだ」


 後ろを振り向くと、マサヒデが跳んで竹刀を振った。

 ぴた、と横薙ぎの竹刀が止まり、マサヒデも振り終わった体勢で止まった。


「こうか!」


 す、とマサヒデがまっすぐに立ち上がった。


「カオルさん、もう一度だけ、お願いします」


「は!」


 カオルは小太刀を構え、ナイフも前に出した。

 もう、小太刀だけでは受けられまい。

 ぐ、と腰を落とす。


「では!」


 マサヒデが跳んで来る。

 受けながら、流しながら、身体を回す。

 受けきれず、流せず、がつん、とした手応え。

 ナイフと小太刀が飛び、回した身体の腹の横に、もろに竹刀が入る。


「むぐっ!」


 横に倒れるように、カオルは膝を付いた。

 顔を上げると、振り切ったマサヒデが、止まっている。


 がん! かかん、と音がして、小太刀とナイフが壁にぶつかり、地に落ちた。

 今のが真剣であったら・・・


「・・・」


「こう・・・剣先じゃない・・・多分ここら辺・・・」


 マサヒデは竹刀を見ながら、ぽつん、と呟いた。

 しばらくして、竹刀を収め、膝を付いたカオルに振り返った。


「カオルさん、ありがとうございました。

 やはり、あなたと立ち会うと、私は変われます」


 マサヒデが深く頭を下げた。

 カオルは蒼白な顔で、頭を下げたマサヒデを見つめている。

 驚きが少し和らいだのか、今頃になって、打たれた横腹が痛み出した。

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