第19話 帰り道


 酉の刻前、トミヤス道場の門前。


 マサヒデは中を覗かないよう、門の横の壁に背を持たせ、腕を組んでいた。

 まだ夕刻には早いが、日が傾いてきている。

 しばらくして、門からマツが黒嵐の手綱を持って出て来た。


「お待たせしました」


「どうでしたか」


「うふふ。お父上、魔神剣を出してきましたよ」


「おや。そこまで馬が欲しいと。場所は教えてあげましたよね」


「はい」


「そうですか。じゃあ、行きましょうか」


 マサヒデは手綱を受け取り、黒嵐の顔を見る。


「父上はどうだった? 恐ろしかったか? 面白かったかな? ふふふ」


 鞍袋からりんごを出して、黒嵐に食べさせる。

 ぽんぽん、と首を叩いた後、さっと跨る。


「さ、マツさん」


 すうーと勢い良くマツの周りに風が集まっていく。

 なんだ? と黒嵐の目がマツの方を向く。


「どうどう。マツさんが乗るからな。驚くなよ」


 ふわ、とマツの身体が浮いて、すっと黒嵐の上に乗った。

 驚いたように黒嵐が上を向き、ぶるる、と鳴く。


「どうどう。どうどう。大丈夫。マツさんが乗っただけだから」


 少し落ち着かせてから、マサヒデは黒嵐を歩き出させた。

 ぽっくり、ぽっくり・・・


「ふふふ、正直な所、まさか魔神剣を出してくるとは思いもしませんでした」


「余程、黒嵐を気に入ったんですね」


「魔神剣はいりません。場所は教えますよ、って言った時のあの顔!

 真っ赤になって怒ってしまいました。子供のように地団駄を踏んで」


「ははは!」


「ハワード様にも怒ってましたよ」


「え? アルマダさんにもですか?」


「ハワード様が珍しい馬を手に入れたって教えて差し上げたら、それはもう。

 よっぽど羨ましかったんですね。『小僧が馬鹿にしやがって』なんて」


「ははは! アルマダさんには、悪いことをしてしまいましたか。

 別に、アルマダさんが馬を自慢しに来た訳ではないのに」


「うふふ」


「これは道場に帰った時が怖そうですね。びしびしやられそうですよ」


「それと、私、お父上とお母上にお願いをしてきたんです」


「お願い? 何をです?」


「この子の名前、お父上とお母上に付けてもらいたいって」


「名を・・・そうですか、名を、父上と母上に」


「お父様もお母様も、怒っちゃうかもしれませんけど、これは譲りませんよ。

 お父上もお母上も、この子の顔、見られないかもしれないんですから。

 マサヒデ様も、譲って下さいますよね?」


「ええ。勿論です」



----------



 道場のある小さな丘の上。

 遠ざかって行く馬を、カゲミツとアキがじっと見ている。


「くそ・・・絶対、すげえ馬を見つけてやるからな・・・」


「ふふふ。あなた、タダで場所を教えてもらったんですから」


「ちっ! 俺を試しやがったのが気に食わねえなあ」


「でも、それだけの価値がある馬なんでしょう?

 あなたが刀を出すくらいなんですもの」


「まあ、んー、まあな。確かに、あの馬はすごかったぜ・・・

 ちきしょう、絶対に、もっと良い馬を見つけてやる。

 マサヒデの野郎が、ビビって腰を抜かすくれえの奴をよ」


「綺麗な馬でしたね。艶のある、良い馬でした」


「ああ」


「あんな馬に乗れるなら、少しくらい許してあげなさいな」


「ふん! ・・・奥に、厩舎建てるか。明日あたり、大工に行かなきゃな。

 何頭分作ろうかな。本格的に、馬術の稽古も出来るようになるな」


「まあ、気の早いこと。何頭も捕まえたりして、世話なんかどうするんです」


「む、そりゃそうだな」


「あなたの馬だけ置いておいて、後は馬屋さんにお預けしましょう。

 あまり沢山捕まえちゃうと、大変じゃないですか。お金もかかりますし」


「だな、馬屋に預けるか。何頭か捕まえてきて、1頭は馬屋にやればいいのよ。

 そうすりゃ、タダで全部、世話してくれるはずだ。

 あの黒嵐ほどじゃなくたって、それだけの価値はあるぜ・・・」


 マサヒデ達の乗る馬は、もう見えなくなった。

 2人の目は、じっとマサヒデが遠ざかった方向を見ている。



----------



 ぽっくり、ぽっくり・・・

 街道を、黒嵐がゆっくり歩く。


 もう、日が沈みそうだ。

 む、日が沈む・・・マサヒデの顔が苦い顔になる。


「あ、しまったなあ・・・」


「どうされました」


「いやあ、帰りは夜になるって分かってたのに、松明忘れちゃいました。

 今頃思い出すなんて。村で買えたのに」


「私が着けて行きますよ。こうやって」


 マツがすっと人差し指を立てる。

 ぼ、と小さな火の玉が宙に浮き、うお? と黒嵐が驚いて、ぶるっと顔を背ける。


「あ、どうどう、大丈夫・・・」


「あら、さすがの黒嵐も、初めて火の魔術を見たら驚きますね?」


「ふふふ。マツさんの魔術は怖くないぞ。よしよし」


 え、とマツがマサヒデに顔を見上げた。


「む、怖くないんですか?」


「ええ。だって私達を燃やしたりしないでしょう?」


「それはそうですけど」


「だけど、稽古だと怖いです」


「うふふ・・・あ、稽古で思い出しました。

 お父上が黒嵐に乗ってる間、道場で稽古しましたよ」


「おお。皆さんの様子はどうでした?」


 ん、とマツが俯く。


「ちょっと調子に乗って、脅かしすぎちゃって・・・

 途中で、誰も相手になってくれなくなりました・・・」


「ははは!」


「仕方なく、私も座って待ってたら、お父上が帰ってらっしゃいまして」


「ほう。怒りましたか?」


「いえ、思いの外・・・でも、ちょっとがっかりした感じが」


「ふふ。相手がマツさんでは当然、と思ったのでしょう」


「もう、道場の方には行かない方が良いでしょうか?」


「ははは! そんな事はありませんよ!

 また機会があったら、びしびしと」


「良いんですか?」


「私もアルマダさんも、マツさんの稽古のおかげで、大きく成長したんです。

 ここで驚いて腰が抜けちゃったままなら、上は望めませんからね。

 父上が一緒にいれば、腰が抜けた人にも気合を入れてくれます」


 薄暗くなった所で、マツが火を灯す。

 ぽ、と周りが明るくなった。

 黒嵐の休憩を入れても、亥の刻二つには帰れるだろう。


 街道から外れた向こうに、野営の火が見える。

 街道を歩く人々も、松明に火を着けだしている。

 ぽつぽつと小さな光が、街道をゆっくりと動いて行く。

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勇者祭 11 気付きとお披露目 牧野三河 @mitukawa

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