第11話 クレールとラディの着込み・2


「はあ、はあ、ふふふ・・・ぷっ・・・

 さて、まだ日も高いですし、クレールさんの鎖帷子を買いに行きましょうか」


「うふふ、はい!」


「職人街ですから、ラディさんも空いていたら一緒に買いましょう。

 カオルさん、見立ててもらえますか」


「は」


「じゃあ、行きましょうか」



----------



 職人街、ホルニ工房。


 がらり。


「いらっしゃいませー」


「こんにちは」


「あ! トミヤス様! これはこれは。ラディですか?」


「はい。いらっしゃいますか?」


「ええ、少々お待ち下さい」


 すたすたとラディが出てくる。

 先日の着流しではなく、作業着を着ている。


「あ、仕事中でしたか?」


「いえ、銃の手入れを」


「ああ。時間、作れますか? ラディさんの鎖帷子を買いに行きましょう」


「トミヤス様、また娘にお買い物してくれるんですか?」


「そう高い物ではないですよ。必要経費ですから」


「鎖帷子、ですか? 私に?」


 前には出ない。だから銃なのだが・・・


「闇討ち防止の為です。矢や手裏剣、ナイフ程度は簡単に止められますから。

 カオルさんに狙われたらどうなるか、想像してみて下さい」


「む・・・確かに・・・」


「クレールさんも買うんですから、来て下さい」


「クレール様もですか? さすがにそれは重くは・・・」


 あの小さなクレールが、鎖帷子を着られるか?

 潰れてしまいそうだが・・・

 自分だって、着られても長くは動けまい。


「重さは大丈夫。さ、こちらをご覧あれ」


 マツに軽くしてもらった鎖帷子の手甲を差し出す。

 一見、ただの鎖帷子の手甲だが・・・

 くすくすと後ろでカオルとクレールが笑っている。


「軽いのですか?」


「ええ。それはもう。さ、手を」


 手を伸ばすと、ぱさりと鎖帷子の手甲が落ちる。

 あ! 落ちる! と思ったが・・・


「・・・あれ? あ! これは!?」


「どうです。軽いでしょう。固さはそのままなんですよ」


「この軽さで!? そんな馬鹿な!?」


 ふふふ、と笑って、マサヒデはラディの手から手甲を取る。


「さあ、お母上も手を」


「はい・・・」


 ラディのあの驚きようは尋常ではない。

 これはすごい代物のはず・・・

 ばさり、と手の上に鎖帷子の手甲が乗せられる。


「え!? これが鎖帷子!? 革手袋くらいの軽さしかありませんよ!?」


「ね? すごいでしょう。これなら娘さんも疲れませんよ。

 頑丈さそのままで、ここまで軽く出来るんですよ」


「こ、これはお高いのでは!?」


「いえ、普通の物を買ってきて、後から軽くするんですよ。

 だから、値段は普通の鎖帷子です」


「はあー・・・これは魂消ちゃいましたよ・・・」


「これが、3、4日で出来上がるんですよ。すごいでしょう」


「たったそれだけで!? トミヤス様、大儲け出来ますよ!?

 この手甲だけで、一体何着の鎖帷子が買えることやら・・・」


「ははは! 皆、同じ事を考えますね!

 ただ、魔術で軽くしてもらっただけなんですけどね。

 さ、そういうわけで、ラディさん。買いに行きますよ」


「是非とも!」



----------



 先日、鎖帷子を買いに来た鎧屋。

 ここで良いだろう。


「カオルさん、ここで良いですよね。品揃えも良かったですし」


「そう思います」


「そういえば、カオルさんは、忍用の物は特注とか言ってましたけど」


「はい。何か?」


「服の中に着てしまえば、あまり問題ないのでは?」


「いえ、変装の際に困ってしまいます」


「変装に困る? 胴の部分はなぜ良いのです?」


「胴は、ほとんどの服装で出ることがありませんから。

 例えば、このメイド姿は、手首と足首が見えてしまいますね。

 この姿に鎖帷子の手甲、脚甲などは不自然です。

 変装出来る姿に制限が出来てしまうのです」


「む、確かに・・・」


「カオルさんなら、すごい速さで、脱いだり着けたり出来るんじゃないですか?

 一瞬で姿を変えられるんですよ?」


 クレールが疑問の顔を上げる。


「それもそうだ。だめなんですか?」


「さすがに鎖帷子となると、小さく畳むにも限度があります。嵩張ります。

 どこかに隠しているのが、簡単にバレてしまいますね。

 置いていく訳にも参りませんし」


「ううむ、難しいものですね」


 がらり。


「いらっしゃいませー、っと、あれ、トミヤス様じゃないですか」


「こんにちは。また買いに来ました」


「おお、今日は華やかですな。お、ラディちゃんまで?」


「こんにちは」


 軽くラディが頭を下げる。


「で、今日はどういった物を? 上に甲冑ですか?」


「いえ。こちらの2人に鎖帷子を」


「ええ? ラディちゃんと・・・こっちの子?」


 店主が驚いて、クレールの顔を見る。

 ラディはまだしも、この小さな子が?


「ええ。見立ててもらえますか?

 私が買わせて頂いたような、内側に服が付いてるのが良いのですが」


「まあ、あるっちゃありますが、着られますかね?」


「ええ。大丈夫です。こちら見て頂きますか」


 懐から、マツに軽くしてもらった手甲を出す。


「こいつは・・・んんっ!?」


 店主が手甲を手に持って驚く。

 くす、と皆が笑う。


「こ、こ、こいつは一体!?」


「すごいでしょう? とある方に軽くしてもらったんですよ」


「こ、こりゃすげえ・・・」


「どうでしょう。手甲ひとつ、このくらい軽くしたのを持って来ますから、それとこの2人の鎖帷子を交換、なんてことは出来ましょうか? 代金はまず払っておきますから、軽くした手甲を持って来たら、金を返してもらう、という形で」


 お? とカオルがマサヒデを見る。

 中々良い交渉を出すではないか。

 この店で最上の物を選んでも、十分釣りが出るだろう。

 手甲なら1日で出来てしまう。


「もちろんですとも! ささ、こちらへ!」


 店主と一緒に、ぞろぞろと棚に向かう。


「トミヤス様、やはり、前を開けて着る方が良いですかね?」


「そうですね。その方が着やすいでしょう」


「となると、やはりこちらですよ」


 店主が足を止める。

 マサヒデに勧められた物だ。


「さ、まずはラディちゃんだ。袖を通してみな。

 せっかくの綺麗な髪を、鎖に絡ませねえようにな」


 店主がばさりと鎖帷子の肩を持って開く。


「はい」


 よ、と屈んで、手を通す。


「さ、手を離すぞ」


 ずしっ。


「んっ!? んんっ!」


 予想以上の重さに驚き、慌ててラディが前屈みになる。

 にやにやとマサヒデとカオルが笑う。


「ははは! さ、ラディちゃん。これが袖だよ。

 こうやって、ここの金具に、この紐を付けるんだ。

 ほら、右手を伸ばして」


「は、はい」


 ずし。

 かくん、と身体が傾く。


「う!?」


「さ、左手伸ばして。これで重さが左右均等だぞ」


 ずっしり。


「む、これは肩にきます。予想以上に」


「だろう? さ、これが手甲」


「う」


 当然、先程マサヒデに持たせてもらった手甲とは、全然違う。

 手を通して着けてみる。


「むむ、冒険者の皆様は、この重さを着て、日々戦っているのですね」


「そうだよ。すげえだろう」


「ううむ、鎧の道も深い・・・」


「さ、サイズはぴったりみてえだ。これで良いかい?」


「はい」


 よいしょ、よいしょと鎖帷子を脱ぐ。

 どちゃり、と音を立てて、鎖帷子が置かれた。


「ふう・・・」


 ラディが息をつく。


「じゃ、次はお嬢ちゃんだな。

 ふふふ、ラディちゃんみたいにびっくりするぜ」


 店主がにやにやとクレールに笑いかける。


「覚悟は出来ています! あと、私、あなたより年上ですよ!」


 ふん、と鼻息を出すクレール。


「ははは! よおし、このくらいの大きさかな」


 ばさり。


「さ、袖を通して」


「はい・・・」


「うん、合ってるな。じゃ、手を離すぞお~?」


 皆がにやにやとクレールを見る。


「大丈夫ですよ!」


 ぱ、と店主の手が離された。

 ずしーっ!


「あっ、あーっ!」


 どん!

 べったん、とクレールは尻もちをついてしまった。


「いったーい!」


「ははは! どうだい、お嬢ちゃん。重いだろう?」


 皆が笑いながらクレールを見る。


「むむ、こんなの大した事は・・・よーっ!」


 ぐい、とクレールが立ち上がる。


「くっ、肩にきますね・・・」


 気合を入れて立ち上がったクレールに、マサヒデがにやにやしながら、


「ふふふ、そうでしょう?

 アルマダさんは、いつもこんなのを着てたんですよ? しかも袖付きで」


「ふへえ・・・」


「はは、さあお嬢ちゃん、これが袖だよ。手ぇ伸ばして」


 む、と伸ばしたクレールの右手に、袖が通される。


「うぁ!?」


 傾いたクレールを、ほい、と店主が手で止める。


「さ、次は左だ」


 ずしっ!


「お、重い! こんなの着てられませんよ! あー!」


 ぺたん、とクレールが座り込んでしまった。


「ははは! クレールさん、軽くなるんですから! サイズは合せませんと!」


「そうですよ、クレール様。

 一度着てみませんと、ちゃんと大きさが分からないではありませんか」


 カオルがにやにやしている。

 その後ろで、ラディもにやにやしている。

 この人達は!


「くぬ・・・!」


 店主が小さな手甲を持って、クレールの横に座る。


「さあ、お次は手甲だ。手を上げられるかい?」


「無理ですー!」


「ははは! じゃ、大きさ見るだけだからな。通してやろう」


 店主がクレールの手を取って、手甲を通す。


「うん、良いだろう」


「ご店主、ありがとうございます。じゃあ、この2着頂きます。

 それと、この手甲」


 マサヒデが棚から手甲を取る。


「これを軽くしてきますね」


「へい、毎度!」


「早く脱がせて下さーい!」


 クレールが悲鳴を上げる。

 ははは! と皆が声を上げて笑った。

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