第7話 気付き・3


 がら! ぱしーん!


「只今戻りました!」


「お、おかえりなさいませ? どうされました!?」


 カオルが驚いて顔を上げる。

 マサヒデは満面の笑みだ。


「カオルさん! 時間ありますか!」


「は、はい? あります・・・」


「少し立ち会いを! 庭に来て下さい! さあ早く!

 立ってて、見てもらうだけで良いですから! 小太刀もいりませんから!」


「はあ・・・では」


 この満面の笑み。立って見てるだけ? 何を見つけたのだろう。

 カオルはつっかけを履いて、庭に下りる。

 声が聞こえたのか、シズクとクレールも縁側に座って2人を見ている。

 マサヒデは子供のようにうきうきした顔で、庭を指差し、


「じゃあ、あの辺に立っててもらえますか」


「は」


 カオルはすぱすぱとつっかけを鳴らし、指差された辺りに立つ。


「うん、いけるでしょう」


 マサヒデが頷いて、庭の隅の方まで歩いていく。


「ちゃんと当たらないようにしますから! じゃあ、行きますよ!」


 行きます、と言った瞬間、マサヒデが低い姿勢でぱっと駆けていく。


(あ!)


 カオルは驚いて、目を見張った。私の動きそのまま!

 ささー、とマサヒデが走って来て、真下から伸び上がる。

 竹刀が振り上げられる。

 しゅっと小さな音がして、カオルの顔の横を竹刀が掠めて行った。

 ぴたっとカオルの目の前で、マサヒデが止まる。


「おおー!」


「すごいね! カオルみたいじゃん!」


 ぱちぱちと、シズクとクレールが拍手をする。


「・・・どうして・・・」


 にや、と目の前のマサヒデが笑う。


「ふふふ、分かっちゃったんですよ。あの斬り上げの秘密」


 つー・・・とカオルの頬を汗が伝って落ちていく。

 ただ斬り上げるだけでなく、あの速さでぴったりと止まる。


「身体が上がった所で、逆足を出して止まるんでしょう?

 踏み込んだ足で止まるんじゃなかったんですね?」


「そ、その通りです」


「じゃあ、もう1回」


 すたすたとマサヒデが庭の隅まで歩いて行く。


「行きますよ!」


 また、さささー! とマサヒデが走って来る。

 伸び上がり、竹刀が掠めて行く。

 刹那、上から竹刀が振り下ろされ、ぴたりとカオルの肩で止まる。


「こう、ですよね?」


 伸び上がった身体が少し沈み、にやっと笑ったマサヒデの顔が目の前にある。

 止めに出した逆足を踏み込みにして、振り下ろしたのだ。


「・・・」


 カオルは喉を鳴らし、小さく頷いた。


 マサヒデの腰が沈んでいる。膝も沈んでいる。

 真剣だったら、肩から胴までばっさりだ。

 この振り下ろしを避けても、柔らかく沈んだ膝は、次の準備が出来ている。


「すごーい!」


「本当にカオルみたいだ! マサちゃんすごいね!」


 ぱちぱちと、まあクレールとシズクが拍手をする。


「やった! こうだった! やっぱり合ってた! ははは!」


 子供のように笑うマサヒデを見て、カオルは背筋が凍るような感覚がした。

 顔から血の気が引いていく。

 この人は一体・・・


 あはは、と笑うマサヒデを見て、クレールもシズクもくすくす笑っている。

 皆の笑い声に釣られて、執務室からマツがにこにこした顔で出て来た。


「こうですよ! こう! あははは!」


 笑いながら、走って斬り上げてぴたり、と繰り返し、庭を走り回るマサヒデ。

 クレールがにこにこしながら、マツに声を掛ける。


「マツ様、カゲミツ様みたいですね」


「うふふ。ほんとですね」


「あははは! ほんとだ!」


 シズクも指を差して、大声で笑った。



----------



 青い顔で、カオルが縁側に座った皆に茶を差し出していく。

 マサヒデがにやにやしながら、カオルを見る。


「ふふうん、カオルさん、頂きましたよ」


「は・・・お役に立てて幸いです」


「カオルさん? なにか、顔色があまり・・・」


 マツが心配そうにカオルの顔を覗き込む。


「いえ、ご主人様の振りに、驚いてしまいまして」


 懐紙を出して、額をすっと拭う。


「すごかったですもんね!」


「な! カオルそっくりだったよ!」


 クレールとシズクは顔を合せ、目を輝かせている。

 横から見ていた2人には、良く分からなかっただろう。


「私はずっと受けの剣でしたけど、これで攻めが出来ましたよ。

 いやあ、カオルさんに感謝しないと」


「は。光栄です」


 マツがマサヒデに胡乱な目を向ける。


「良く分かりませんけど、マサヒデ様が強くなったって事ですか?」


「ええ、そうです。これで数段は強くなれたと思いますよ」


「え!? そんなに!? マサちゃん、私にも教えてよ!」


 ぐい、とシズクがマサヒデに顔を寄せる。


「ふふん、だめです。シズクさんだって、カオルさんと立ち会ってるんです。

 自分で気付かないといけませんよ」


「えー!?」


「シズクさん、前に教えた強くなるコツ、まだはっきりと気付いてないでしょう。

 あれに気付けば、一気に強くなるんですよ。

 ゆっくりの素振りも、もう少し真面目に続ければ、数日でぐっと強くなる。

 そんなに欲張っちゃいけませんよ」


「そんなー!」


「ははは! 救世主だって、親切なだけじゃないんですよ!」


 くす、と、やっとカオルが笑った。

 笑ったカオルに目を向ける。


「カオルさんは、コツに気付きました?」


「ええ。おそらく、ですが・・・

 シズクさんと、ゆっくりの素振りをしていて、ぴんと来ました」


 お! とマサヒデが目を開き、にこっと笑った。


「おお! ゆっくりの素振りの最中に気付きましたか!

 なら、私が思い付いたコツは、恐らくそれです。

 どうです? 数段上がったでしょう?」


 にやり、とカオルがシズクに顔を向ける。


「はい。1段どころかさらに上に・・・気付いた瞬間、そう感じました。

 ふふふ。シズクさん、あなたはまだコツに気付いてませんね。

 もう、私が負けることはありませんよ」


「むむむ・・・」


「マサヒデ様! 私も気付きました!

 訓練場で、皆と魔術の見せ合いをしてて気付きました!

 すごく基本的な事だったんですね!」


 クレールもにこっと笑う。


「お! クレールさんも気付きましたか!

 その通り、本当に基本的な事だったんですよ」


「私だけー!?」


 ごろん、とシズクが仰向けになった。


「ははは!」


 皆の笑い声が庭に響く。

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