第6話 銃のプロフェッショナル・2


 がらり。


「いらっしゃい」


 太った店主が見もせずに迎える。


「どうも。冒険者ギルドのマツモトです」


 む? と店主の目がマツモトに向く。


「マツモトさん・・・ですか」


 細身の、初老か中老か、といった所。

 ギルドの偉いさんかな。


「射撃場をお借りしたいのですが」


 後ろから、ラディも入ってくる。


「お、ラディちゃん。練習かい」


「はい」


「好きなだけ使っていきな」


「はい」


「弾薬代は私が持ちますので・・・

 今回は、この銃も試し撃ちしますので、こちらの弾を頂けますか」


 ことん、とカウンターに置かれた短銃。

 ぎょ、と主人の目が開く。特徴的な銃身に、はっきりと蛇の刻印。


「アメニシキ・・・」


 サミュエル作、アメニシキ。

 銃職人として、いくつもの銃を作り出した、サミュエル作の1丁。

 彼の作で特に名作と言われる物だけが、蛇の名を冠する。

 現在では数少ない、サミュエルの名作のひとつ・・・


「・・・弾は、どっちを使う? サンパチか?」


「ええ。今日はラディスラヴァさんに使ってもらいますので、三十八を」


 ごとん、と店主が弾薬箱を置く。


「どうぞ・・・」


「どうも」


 受け取って、マツモトはさっさと射撃場に入って行った。

 驚いた顔をした店主を見て、


「どうかしたんですか?」


 とラディが店主に声を掛ける。

 店主は、ふう、と息を吐いて、


「ラディちゃん、この銃は珍しいからな。絶対に落としたりするなよ」


「はい」



----------



 射撃場に入ると、マツモトが満面の笑みでラディの八十三式を持って立っていた。


「いやあ、この銃を撃たせてもらえるなんて、至福ですよ!

 本当にありがとうございます!」


「いえ。買ってくれたのはマサヒデさんですから」


「ははは! では、早速・・・」


 マツモトが八十三式のボルトを引き、挿弾子を押し込む。

 がち、かちん。ボルトが押し込まれ、レバーが下がる。

 ぱぁん! ぴし!


「う!?」


 ラディには当てられなかった的に、1発で当てた。

 的の中心の、ほんの少し左上。


「うむ・・・」


 かちゃ! がち、かちん。ぱぁん! ぴし!

 かちゃ! がち、かちん。ぱぁん! ぴし!

 かちゃ! がち、かちん。ぱぁん! ぴし!

 かちゃ! がち、かちん。ぱぁん! ぴし!


 恐ろしい速さでボルトを引き、全弾撃ち尽くす。

 ほぼ同じ位置に当たっている・・・


「ふぅむ・・・少し、癖がありますね・・・左上に寄る」


 的を見ながら、挿弾子にかちかちと弾を入れるマツモト。

 ラディは流れるように銃を撃つマツモトを見て、喉を鳴らす。


「この辺かな?」


 がち、かちん。ぱぁん! ぴし!

 ど真ん中・・・


「うむ。これでちょうど良い・・・」


 かちゃ! がち、かちん。ぱぁん! ぴし!

 かちゃ! がち、かちん。ぱぁん! ぴし!

 かちゃ! がち、かちん。ぱぁん! ぴし!

 かちゃ! がち、かちん。ぱぁん! ぴし!


 また恐ろしい速さでボルトを引き、全弾撃ち尽くす。

 撃つ度に的は揺れているのに、穴がひとつ。

 まさか・・・


 からん、と転がった薬莢が落ち、ふわりと白煙が登る。


「ええと・・・50間の的は・・・」


 目を細めて、マツモトが射撃場を見回す。

 恐る恐る、ラディが声を掛けた。


「マ、マツモトさん、あれ、全部当たったんですか?」


「ああ、20間ですからね。長物で20間なら、慣れれば誰だって出来ますよ」


「はあ・・・」


 全弾同じ穴に・・・誰だって出来るようになるのか?


「50間・・・あれか」


 すたすたと弾薬箱を持って、マツモトが歩いて行く。

 構える。


 がち、かちん。ぱぁん!

 地面に置いてあった的の後ろから、薄く土煙が上がる。当たったのか・・・


「ううむ・・・歳ですかねえ。やはり目が・・・」


 置いてあった遠眼鏡で、的を見ている。


「マツモトさん」


「ん、なんでしょう」


「お若い頃は、どのくらい当てられたんですか?」


 マツモトは遠眼鏡を置き、ううむ、と腕組をする。


「若い頃、ですか・・・ううむ、物にもよるんですが・・・

 長物でしたら、動かない的で、200間(約360m)を何とか、ですね。

 この八十三式なら、あなたも慣れれば余裕で出来ますよ」


 200間!? そんな距離を当てられるのか!? 余裕で!?

 この八十三式はそれだけの性能があったのか!

 あとは自分の腕次第・・・


「は、はい」


「この、上に遠眼鏡が付いてるやつ、ありますね。

 ああいうのなら、まあ銃にもよりますけど、500間(約900m)ですかね」


「え!? ご、500間!?」


 ぎょっとして、ラディが背を反らす。


「上手い方なら、倍でも当てられますよ。私は、長物はあまり得意ではなくて」


「そ、そうですか・・・」


 得意でなくて、500間の距離が当てられるのか?


「それにしても、歳はとりたくありませんな。目が・・・ううむ」


 マツモトがぐいぐいと目元を押さえる。


「・・・」


「おお、ラディスラヴァさんも、そいつを試してみて下さい。

 10間なら、ぴったり当てられますよ」


 は! と、手に握られたマツモトの銃に気付く。

 店主が言うには、珍しい物との事だが・・・


 10間の的の所に歩いて行く。

 落としてはいけない。

 両手でぐっと握って、引き金を引く。


 ぱん!

 八十三式と違って、乾いた音。


「う」


 がん! と衝撃が来て腕が跳ね上がり、白煙に思わず目を瞑ってしまった。

 目を開けると、銃口とシリンダーから、薄く煙が上がっている。

 様子を見ていたのか、マツモトが歩いて来た。


「短銃は初めてですか?」


「はい」


「そうでしたか。では、出来るだけ上の方を握って。右手の親指の付け根まで深く。左手は、右手の指の隙間が出来ないように添えて下さい」


「こう」


「そうです。で、両足を少し広げて、ほんの少しだけ前のめり。

 ほんの少しだけですよ。あまり腰は落としすぎないように」


「このくらい・・・」


「で、目の高さまで腕を上げたら、両目を開けて狙って、引き金を引く」


 ぐぐぐ・・・

 ゆっくりと引き金を引き・・・

 ぱん! びしっ。

 今度は目を開けていたが、撃った瞬間、一瞬ばふっと煙が上がったのが見えた。

 すわ・・・と白煙が消える。


「あ! 当たった!」


 お? とマツモトが驚いた顔をした。

 ちゃんとした撃ち方を教えたら、いきなり当てるとは。


「ラディスラヴァさんは筋が良いですね。

 少し練習すれば、全弾真ん中に当てられますよ」


 にこにことマツモトが笑う。

 全弾真ん中に? さっき、マツモトは全部同じ穴に通していたが・・・

 あれが『少し練習すれば』で出来るものか!


「じゃあ、私は八十三式をもう少し・・・」


 くるりと振り返って、マツモトは歩いて行った。



----------



 マツモトとラディはしばらく射撃場で銃を撃ち続けた。


「うむ・・・やはり良い・・・」


 しげしげと手に持った八十三式を眺めるマツモト。

 ラディは恐る恐る、


「マツモトさん、銃を扱うのに、まず何を覚えたら良いでしょうか」


 ん、とマツモトが顔を上げる。


「最初は分解と組立ですね」


「え? 射撃練習や掃除ではないのですか?」


「ええ。分解と組立を、早く出来るようにひたすら繰り返します」


「この八十三式だと、どのくらいで?」


「ううむ・・・まずは5分で分解、10分で組立、くらいでしょうか。

 少しずつ、早くしていけばよろしいかと」


「5分、10分ですか」


「ええ。取扱説明書に、分解と組み立ての仕方が載っていると思います」


「分かりました」


「小さな部品やネジもありますので、なくさないようお気を付け下さい」


「はい」


「うむ、まずは一度、ネジ1本まで全て分解して調べ、手入れすることです。

 金属が錆びていないか、木に割れが入っていないか。

 小さな物も、入念に全ての部品を調べ、しっかりと手入れして下さい。

 可動部分には、ちゃんとオイルを塗ってあるようですが、拭き直してもう一度。

 分解組立は、それからですね」


「はい」


「射撃なんか、狩りでもしてれば、すぐ上手くなります。

 それよりも、どれだけ銃を長持ちさせられるかが大事です。

 慣れた物ほど扱いやすいのは、剣でも銃でも同じです。分かりますね」


「はい」


「実際に撃つ時の注意点も、教えておきます。

 絶対に狭い部屋の中で撃たないこと。反響した音で鼓膜をやられます。

 跳弾で、自分や仲間に当たってしまうこともあります。

 幸い、八十三式は銃剣があります。そういう場に際したら、銃剣をお使いなさい。

 慣れないうちは、しゃがむか伏せて撃つこと。そうすると良く当たります」


「はい」


 真剣な顔で頷いたラディを見て、マツモトも頷いた。


「うむ・・・今日は良い物を見せて頂きました。

 ありがとうございました」


 マツモトはラディに八十三式を返し、頭を下げた。


「マツモトさん、ありがとうございました」


 ラディもマツモトにアメニシキを返し、頭を下げた。

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