第3話 『実戦』稽古


 ソウジと2人で、駆けて斬り上げ、また駆けて斬り上げ・・・

 とやっていると、段々と人が集まってきた。


 なんだろう? 斬り上げの練習か? と皆が2人に視線を注ぐ。

 2人の顔を見ると、とてもただの斬り上げの練習には見えないが・・・

 少し離れて、皆が正座する。


 少しして、マサヒデは止まった。

 ソウジも止まった。

 マサヒデはソウジの方を向いて、


「何か分かりましたか?」


「全く・・・」


 ソウジも、困惑した顔をしている。

 2人とも、カオルほどではないが、それでも身の軽さは尋常ではない。

 マサヒデは、相手の得物に足を乗せ、蹴り跳ぶ事が出来る程だ。

 ソウジだって、並の獣人ではない。冒険者生活で鍛え上げられた獣人なのだ。

 その2人でも、全くあの動きの謎が分からない。


「ううむ・・・」


 2人が腕を組み、じっと地面を見つめる。


(!)


 マサヒデが、はっと顔を上げる。

 ソウジがマサヒデを見て、


「何か分かったのですか!?」


「む・・・いや、別のことです」


「そう、ですか・・・」


 マサヒデの手首の目付け帯が、反応している。

 近くに、弓か鉄砲か、マサヒデを飛び道具で狙っている祭の参加者がいる。


「んん?」


 稽古着を着て、短弓を持った者が入ってきている・・・

 すたすたと歩いて来て、正座している皆の端に座った。

 波がかった、長い薄い金色の髪を束ねている。白い肌の女。


 はあー、とマサヒデは息をついて、かくん、と肩を落としてしまった。

 次いで、ぷ、と小さく笑いが漏れてしまう。

 一緒に斬り上げの練習をしていたソウジに、笑顔を向ける。


「ぷ、くふふ。そろそろ、皆と、稽古を始めましょうか」


「? はい」


 ソウジも、なんだ? という顔をして、皆と並んで座った。

 急にくすくすと笑い出したマサヒデに、皆が胡乱な目を向ける。


 マサヒデはくすくす笑いながら、壁に立て掛けてあった竹刀を片手に持った。

 木刀と竹刀を持ち、皆の前に立つ。


「皆さん、おはようございます」


「おはようございます!」


「本日は稽古を始める前に、皆さんに『実戦』を見て頂こうと思います」


 実戦? 皆が顔を合せて、何のことだ? とざわざわし始める。

 1人だけ、短弓を持った者がぎくりとして、目を合わさないよう下を向く。


「ご存知の通り、私は勇者祭の参加者でして・・・

 ここに目付けの帯が着いております」


 左手を上げ、手首をとんとん、と指先で叩く。


「この目付けの帯ですが、飛び道具で私を狙っている者がいると、教えてくれる魔術が仕込まれております!」


 マサヒデが短弓を持った冒険者に目を向けると、皆の目もその冒険者に向く。

 短弓の冒険者の顔が蒼白になっている・・・


「ぷっ!」


 マサヒデが吹き出すと、冒険者達もげらげらと笑い出した。


「あははは!」「ぷー!」「ははははは!」


 笑いながら、マサヒデは竹刀をその場に置き、木刀を持って、短弓を持った冒険者の前に立った。


「さて、と。始める前に、あなたの名を聞いておきましょうか」


 おや。

 何か隠しているかな、と、稽古着をじろじろ見ていて気付いた。

 下に何か黒い物を着ているように見えるが・・・

 よく見ないと分からないが、稽古着の襟や裾の所が、ほんの少しきらめいている。


(ははあん)


 ぴん、ときた。これは、虫人族だ。

 中に、羽を巻いて隠しているのだ。

 きらきらしているのは、おそらく鱗粉だ。

 あれは、着替える時に付いたのだ・・・


「どうしました? さあ、遠慮しないで。羽を出しても良いんですよ」


 え! と驚いた顔をして、真っ青になった顔が上がる。

 その様子を見て、また冒険者達が笑い出す。


 綺麗な顔立ちで、人族と見分けがつかない。

 髪や肌の色を見ると、アルマダの実家の地方にいそうな感じだ。

 が、よく見ると瞳が人族と違う。

 驚いている瞳を覗き込むと、黒い瞳の中に、小さな瞳がいくつもある。


「あはははは!」


 マサヒデも冒険者達に釣られて、声を上げて笑ってしまった。


「ど、どうして・・・」


「ははは! ほ、ほら、皆、良く見て! 稽古着、きらきらしてますね!

 これ鱗粉ですよね!? あなたの髪みたいに綺麗ですよ! ははは!」


 冒険者達が膝を叩いたり、腹を抱えて笑い出してしまった。

 中にはシズクのように、ごろごろして笑っている者までいる。


「あははは!」「トミヤスさん、また妻を増やすんですか!」「ははは!」


 笑いの渦で巻き込まれ、訓練場の中の冒険者達が、なんだなんだと寄って来る。

 マサヒデは訓練場に大声を上げる。


「皆さーん! これからー! 勇者祭のー! 実戦を開始しまーす!

 私ことマサヒデ=トミヤスと、こちらの虫人族の方の対戦ですよー!」


 げらげらと笑い転げる、稽古の参加者達。

 わらわらと集まって来る冒険者達。

 真っ青な顔をして、マサヒデを見上げる虫人族の者。


「ふふふ、さあ、立って!」


 マサヒデが手を差し出すと、ぱん! と手を払って、


「く、くそ!」


 と、虫人族の女が立ち上がった。

 蒼白だった顔が、恥と怒りで真っ赤に変わっている。


「ははは! さて・・・と」


 しゅ、と片手で木刀を振り下げ、気を入れ直す。

 マサヒデの空気が変わる。


「どなたか、治癒師を呼んできて頂けませんか」


「はい」


 冒険者が駆けて行った。


「では、始める前に、あなたの名を聞いておきましょうか」


「貴様に、貴様に、名乗る名はない!」


 真っ赤になった顔で、ぶるぶると震えながら、怒りを込めて怒鳴る虫人。

 今まで笑っていたマサヒデの顔も、冷たい顔に変わっていた。

 笑いが消え、目が鋭い。


「一応、治癒師を呼びはしましたが・・・

 あなたの墓に刻む名が、必要です。そのつもりで」


 う! と、短弓を構えた虫人がぴたっと固まり、顔がまた蒼白になる。

 笑い転げていた冒険者達も、いつの間にか静まり返っている。

 沈黙したまま、しばらく待っていると、ぎい、と訓練場の扉が開いた。

 先程の冒険者が、治癒師を連れて来たようだ。


「さ、治癒師も来ました。もう一度だけ、聞きます。あなたの名は」


「エ、エミーリャ・・・です」


「そうですか。では、エミーリャさん。あなたの得物は弓だ。離れて下さい。

 一手、譲りましょう」


「一手? 譲る?」


「あなたが一手攻撃するまで、私は手を出しません。動きはしますけどね。

 最初の一手、あなたに譲ります」


 右手に持った木刀を上げ、ぽん、と左手に乗せる。

 目は木刀を見つめている。


「・・・」


「あ、一手では不足ですか? では、三手譲ります」


「馬、馬鹿にして・・・」


 言葉とは裏腹に、エミーリャの顔からは完全に血の気が引いている。


「さあ、始めましょうか。得物は訓練用ですが、これは『本番』です」


 木刀を見ていた顔を上げ、鋭い目がエミーリャに向けられる。


「うわ、うぁ、うわあー!」


 エミーリャは恐ろしくなって、大声を上げ、背を向けて走って行った。

 足を止め、ばさっと稽古着をはだけると、羽が広がった。

 鱗粉が舞い、きらきらとエミーリャの周りが輝く。

 羽の下には、さらしを巻いていた。


 き、と弓が引かれ、マサヒデに向かって、まっすぐ矢が放たれた。

 ばしん!

 マサヒデが手を振ると、手に矢が握られていた。


「一手!」


 避けもしない。

 まさか、飛んでくる矢を手で握って受けるなんて。

 手しか動いていない・・・


「嘘・・・」


 思い切り引いて、もう1射。

 ばしん!

 マサヒデの手に、2本の矢が握られている。

 また、手しか動いていない。


「二手!」


 そう言って、矢を握ったマサヒデが、ゆっくり歩き出した。

 こちらに向かって来る。

 エミーリャの恐怖が限界まで高まった。

 逃げなければ死ぬ!


「わあーっ!」


 エミーリャがばさばさと羽を動かし、ゆっくり上に上がって行く。


「あっ、あ・・・しまった・・・」


 訓練場は、丸くドームのように屋根が付いている。

 飛んでは逃げられない・・・


「うー、うあー!」


 上から弓を構え、思い切り引く。

 マサヒデの目が、じっとこちらを見ている。

 風を切って、矢が飛んでいく。


 ばしん!

 マサヒデの手に、3本の矢が握られた。


「三手!」


 マサヒデがばらりと2本の矢を落とし、手を振った。

 矢が飛んでくる。


「あっ!」


 身を逸したが、羽に当たって、ばん! と音がした。

 がくんと姿勢が崩れ、身体が横になる。

 揺れた視界で、マサヒデが矢を拾うのが見えた。

 また、手が振られる。


「いっ・・・」


 左の太腿に刺さった。

 横向きにくるくると回りながら、エミーリャはゆっくりと地に落ちた。


 逃げなければ・・・

 立ち上がると、マサヒデが矢を握ったまま、歩いてくる。


 背を向けて走り出す。

 数歩走って、足に刺さった矢が稽古着の袴に引っ掛かり、ぱたん、と転ぶ。

 袴の左の太腿周りが、血でじっとりと濡れている。

 走って来た所に、点々と血溜まりが出来ている。

 立ち上がって、走り出す。


 びっこを引いて、かくん、かくん、と走るエミーリャ。

 後ろから、マサヒデが手を振った。


「うあっ、つ・・・!」


 右足の背中側に矢が刺さり、エミーリャが転がる。

 矢を抜こうと、手を伸ばそうとした所で、歩いて来るマサヒデが見えた。

 後ろから、治癒師が走って来る。

 マサヒデがゆっくりと歩いて来る。


 がたがたと震えるエミーリャの前に、マサヒデが立った。

 木刀が振り上げられる。


 しゅ、と音がして、エミーリャの鎖骨を砕き、木刀がめり込んだ。

 骨を伝って、ご、と骨が砕ける低い音が、耳の奥で響く。


「うぶっ」


 変な声が出て、痛みで視界が歪む。


「降参しませんか」


 マサヒデの声が、遠くにいるように聞こえる。

 数秒して、反対の肩の鎖骨に木刀がめり込んだ。


「かっ・・・」


「降参しませんか」


 マサヒデの木刀が見える。

 目が回って、顔が良く分からない。

 降参しないと、死ぬ。


「こうさん・・・」


 何とか声を絞り出し、エミーリャの意識は途絶えた。

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