「続けるって……どういう意味……かな?」


 アイリは頬に流れる汗を拭うこともせず、瞳を震わせながらも必死に目の前にいるシルシエに震えた声で尋ねる。


「そのままの意味です。アイリさんは沼に落ちたあと荷物を失い、そのまま下の階層へと向かって進みます。あと少しで下の階層へいけるというところで、足下にある罠の存在を忘れ、足を挟まれます」


 シルシエの説明を聞くアイリの顔が青ざめていく。


「そして身動きのとれないアイリさんは、天井から落ちてきたペンデュラムによって腹部を貫かれ、お亡くなりになります」


 歯を鳴らし振るえ始めるアイリを、シルシエは右目に映し続ける。


「……正確には、お亡くなりにです」


「やめてぇっ!!」


 アイリが頭を抱え屈み込みながら叫び、シルシエの言葉を遮る。


「違う、違う、私は……」


 絡んで頭を抱えたまま呟くアイリに、シルシエは言葉を続ける。


「アイリ・マーメット、三年前にこのダンジョン、マーレに単独で挑み地下三階にて罠にハマり命を落とす。享年二十一歳……」


「やめて、やめて、やめて……」


 シルシエの言葉にアイリはブツブツと同じ言葉を繰り返す。


「死因は腹部を貫かれたことによるショック死。遺体の回収も引き取り手がおらず放置され白骨化。そしてあなたはずっとこの地下三階と地下四階の階段の手前を行き来するマーレの亡霊として……」


「やめてって言ってるでしょ!! 私は死んでなんかない! その証拠にこうして手足もあるし、こうやってあなたと話をしている! これのどこが死んでるって、亡霊だって言うの!!」


 立ち上がったアイリがシルシエ胸ぐらを掴み、泣きながら叫ぶ。


「こうやって触れることもできる! 涙も流せる! これのどこが死んでるって! 説明してみなさいよ! ねぇ! なんとか言いなさいよ!!」


 アイリに掴まれ揺さぶられるシルシエが、アイリの手を握る。


「先に進みましょう。そこでまずは今のアイリさんを見てください」


 そう言ってシルシエは、右の眼帯を取り金色に光る目にアイリの姿を映す。


「あなたは…あなたはいったいなんなの? 何者なの?」


「なにでもない、でも存在する。そんなところでしょうか。だからこうしてアイリさんともお話ができる」


 曖昧な答えだが、そこに言い表せないなにかを感じたアイリは、シルシエの引く手を握り先に進む。

 ほどなくしてたどり着いた真っ直ぐな道で、アイリは立ち止まってしまう。


「ここ……知ってる」


 シルシエに引かれ再び歩き始めたアイリは、壁に寄りかかって座る白骨死体の前に立つ。

 白骨死体は、服は朽ちてなくなっているが、腹部に大きな穴の空いた上半身のプレートだけを着ている。


「アイリさん、最後になにがあったのか、少しだけ記憶を見せてください」


 そう言ってシルシエが向けた右目の瞳に咲く黒い花を見たアイリが、膝から崩れ座り込む。そして頭を抱えて体を震わせながら涙を流し始める。


「なんで……なんで私は。そう罠があるって知ってた、何度も予習してた。だけど、もう少しで行けるって思って……忘れてた。ああ、なんてドジなんだって、なんてバカなんだって。もう一回やり直したいって……そう思って」


 アイリの頬を伝って落ちる涙は、地面に落ちても滲むことはなく消えていく。


「よければアイリさんのこと、教えてもらえませんか?」


 シルシエが頭を抱えるアイリの前に屈んで話しかけると、アイリはゆっくりと顔を上げる。


「私の……こと?」


「はい、アイリさんのことが聞きたいです」


 涙で潤んだ瞳でアイリは、笑顔を見せるシルシエを見つめる。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る