3
「突然声をかけてごめんなさい。頭をぶつけそうだったんでつい……」
頬を指でかきながら謝る少年を女性はじっと見つめていたが、ハッと目を開いて前頭部を押える。
「もうぶつけちゃった……とかです?」
「ううん、大丈夫! ぶつけてないから」
女性が首を振って主張するのを見て、少年がホッと胸をなでおろす。
「僕、探索者をやってるシルシエっていいます」
「え、えっと。私は冒険者のアイリ。それにしても君は一人でダンジョンに潜ってきたの?」
「はい、僕逃げるの得意なんで、なんとかここまで来れました」
一人でいることに驚くアイリにシルシエは、笑顔で答える。
「逃げるのが得意のも立派な才能だよ。私なんて戦闘も逃げるのもダメダメでさ。今だって歩いているだけなのに頭を派手にぶつけて……いや、ぶつけてないか」
シルシエと話している途中でアイリが頭を押さえる。
「やっぱりぶつけてたとか?」
「大丈夫。私がいくらドジでも、ぶつけたかどうかくらいは分かるよ。声かけてくれてありがとう。おかげで助かったよ」
「ふふっ、良かった。ところでアイリさんこそ一人でダンジョンに潜っているんですか?」
「私? 私はね……えーと、今の階層から下の階層へ行って、奥に……」
唇を指で押さえて考え始めるアイリに、シルシエがそっと口を開く。
「行ってみたら分かるかもしれませんよ」
「あぁ~なるほど、確かに! じゃあ行ってみるよ。ありがとうシルシエくん」
手をポンと叩いて笑顔を見せたアイリがシルシエにお礼を言うと、手を振って先へ進もうとする。そんなアイリに向かってシルシエは声をかける。
「僕も下の階層へ行こうって思っているんですけど。よかったら一緒に行きませんか? 僕としては冒険者のアイリさんがいると心強いんですけど」
「私と? う~ん、私、はっきり言って弱いよ。それにドジだし」
「僕も弱いですから。でも観察力には自信があるので、アイリさんを助けられるかも」
そう言ってシルシエが自分の頭に触れるので、アイリも自分の頭に手を置く。
「なるほどね。じゃあ私がドジらないようにお願いしちゃおうかな」
「はい、よろしくお願いします」
そう言って二人は笑い合う。
「この先なにが待っているんだろうって考えると、わくわくするね」
二人で並んで歩きはじめてすぐにアイリがシルシエに話しかける。
「冒険者の人はそうやって言う人多いですよね。綺麗な景色や不思議な光景に感動することはあっても、ダンジョン攻略そのものにわくわくしないんですよね」
「冷めてるな少年! でもまあ正直、攻略面倒だなって思うこともあるよ。でも、その先になにがあるんだろうと考えるとわくわくしちゃうんだよね」
「アイリさんは根っから冒険者なんですね」
シルシエの言葉にアイリは頭を掻きながら照れる。
「今はもういないけど、私のね、お父さんが地元では結構有名な冒険者だったの。ダンジョンに行った話をしてくれてね、わくわくするってものもお父さんの受け売りだったりするんだ」
楽しそうに話していたアイリの顔にふと寂しさが差し込んでくる。
「冒険者になったのはいいけど、私は全然ダメでさ……みんなに迷惑をかけてばかり……? あれ? みんなって?」
「アイリさん、静かに」
アイリの言葉をシルシエが小声でささやき遮る。人さし指を唇に当てて静かにとジェスチャーをするシルシエが、遠くを指さす。
シルシエの指さす方に、目をやったアイリが目を丸くして驚く。
「リザードマンがいます。気づかれないようにそーっと行きましょう」
小声で提案するシルシエに、アイリは頷いて賛成すると二人はそ〜っとその場を離れる。
そのとき、地面の石につまずきコケたアイリが壁に手をつき、バシッと大きな音をたててしまう。
「シルシエくん、逃げよう!」
音をたてたことにアイリが焦って、シルシエの手を掴むと走り始める。
「アイリさん!」
リザードマンから逃げ始めすぐに、シルシエがアイリの手を引っ張って引き止める。
急に引っ張られて、コケてしまったアイリが顔を押さえながら体を起こす。
「あいたたたっ、どうしたの急に」
「アイリさん、そのまま行くと沼に落ちます」
シルシエが指さす方を見て、アイリは目を大きく見開く。
「危なかったぁ〜ありがとうシルシエくん! おかげで荷物も無事だし……荷物? そういえば私って荷物どこへやったっけ?」
背中に背負っていたはずの荷物がなくなっていることに気がついたアイリが、あたりを見回す。
「先へ進みましょうか」
慌てるアイリにシルシエは手を差し伸ばす。まだ混乱している様子のアイリだが、差し出された手を握り立ち上がる。
「もう少し先に進んでみましょうよ。アイリさんは下の階層へ行くんですよね」
「う、うん。そうなんだけど……私の荷物は……」
手を握ったまま進み始めるシルシエに、アイリが困惑した様子で、話しかけるとシルシエは足をピタッと止める。
「ここから先、アイリさんは荷物を持ってませんから。記憶にないものは持てない。そういうことです」
背中を向けたまま答えたシルシエに、恐怖の色を顔に映したアイリが思わず手を引く。
「ど、どういうこと?」
「どういうことかは、アイリさんがちゃんと思い出して、認識してください。どうします? 行きますか? それとも……」
振り返ったシルシエがアイリに笑みを向ける。
「このままずっと続けますか?」
シルシエの言葉にアイリの顔が恐怖で引きつる。
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