第17話 皆とカオルの特訓・2


「さて・・・じゃあ、最初はシズクさんと」


「おうよ!」


「はい」


「じゃあ、この辺に立って下さい。家の中は入らないように。クレールさんは、危ないから部屋の奥まで下がって下さい」


 カオルとシズクが庭の真ん中で向かい合う。

 クレールは部屋に上がり、奥まで下がる。

 マサヒデも下がって、縁側に座った。


「始めて下さい」


「おらあッ!」


 シズクの突きが出され、カオルがマサヒデのように、棒の上に飛び乗るが・・・


「あ!」


 シズクは手を離し、棒は壁まで飛んでいった。

 途中でカオルは前につんのめるように落ち、受け身をとって転がる。

 そこにシズクが跳び込んで、カオルを掴もうと手を伸ばしたが、


「あれっ!?」


 手がカオルを通り抜ける。


(お)


 残像だけを残し、カオルは上に飛び上がり「あれ?」と、くるくると首を回すシズクの肩に飛び降りる。

 シズクが「ば!」と手を伸ばした時、カオルの小太刀がシズクの顔の前で止まる。


「そこまで」


 真剣だったら、目に突き入れて勝負あり。


「う・・・」


 腕を伸ばした格好のまま、シズクが固まる。

 す、とカオルが肩から降りて、中央に戻った。


「カオルさん、腕はなまっていないようですね」


「いえ。稽古ですから・・・」


「くそー!」


 どんどんと地面を踏み鳴らすシズクの背に、


「シズクさん。稽古だからと、力が抜けてしまっていますね。あれだけの勝負をしたんです。こんなにあっさり決まるはずありません。もっと気を入れて下さい」


「ぐ・・・」


 すごい形相で、シズクがカオルの背を睨む。


「さあ、得物を拾って」


 歯ぎしりをしながらシズクが棒を拾ってくる。


「じゃ、シズクさんはこちらに。クレールさん、来て下さい」


 シズクがどすんとマサヒデの隣に座る。

 たたた、と小走りにクレールがカオルの前に立つ。


「よろしくお願いします!」


 ぺこっと頭を下げる。


「よろしくお願いします」


 カオルも頭を下げる。


「実戦だったら、速攻でカオルさんが跳び込んで終わりなので・・・ううむ、カオルさん、三手・・・いや、五手ですね。五手譲って下さい。攻撃さえしなければ、何をしても良いです」


「はい」


「クレールさん。五手でカオルさんを封じて下さい」


「はい!」


 五手で、この素早いカオルを封じられるか。

 すう・・・と息を吸い込み、クレールの目が、あの無心のような目になる。


「では、始め」


「・・・」


 クレールがじっと集中しだす。

 ふ、とカオルが小さく笑う。


(この集中は雷かな?)


 確かに、放たれればカオルでも避けられまい。

 だが、カオルに向かって放つことが出来れば、の話。

 動きを止めていないカオルに対し、放てる術ではない。


(あの速さを見て焦ったか)


 ぱり、と小さな音がして、クレールの腕が雷をまとった瞬間。

 とん、と地を蹴って、カオルが庇に向かって飛ぶ。

 もう一度、とん、と庇を蹴って、音もなくクレールの背後にぴったり立つ。


「あれ!?」


 目の前のカオルが消え、驚いたクレールの腕から、雷が消えた。


「・・・」


 ぽん、とカオルがクレールの肩に手を置くと、


「うひゃあ!」


 と大声を上げ、クレールが尻もちをついた。

 無心のような瞳が消え、目に驚きが宿っている。


「クレール様。一手です」


「う? え?」


「一手です」


 カオルが繰り返し、クレールが立ち上がる。


「う、うーん・・・」


 マサヒデもシズクも縁側に座って、にやにやとクレールの様子を眺める。

 あと四手。


「・・・」


 じっとクレールが集中する。

 随分と集中しているが・・・


「ん!」


 庭全体が、一瞬で泥の海になった。

 いつの間にか、カオルは屋根の上。


「二手です」


 あと三手。

 この泥と組み合わせ、どうカオルを止めるか。

 動きさえ止められれば、クレールの勝ちなのだ。


(カオルさんに、泥がきくかな?)


 マサヒデでも、マツが作った泥の上を、何とか走ることが出来た。

 カオルの身軽さと速さ。

 泥だけでは止められまい。


「・・・」


 ふわ、とクレールの髪が巻き、襟と袖の中から虫が飛び出してくる。

 動かず、クレールの頭の上で止まっている。


「三手です」


 カオルの声が、屋根の上から静かに庭に響く。

 あと二手。


(虫をどう使う?)


 カオルに虫が通用するのか?

 クレールの考えが分からない。


「・・・」


 ぽぽぽん、といくつもの小さな水球が浮かぶ。


「四手です」


(今度は水球?)


 シズクはにやにやと笑ったままだが、マサヒデは眉を寄せる。

 カオルほどの腕なら、マサヒデのように目の前の水球だけを弾いて走れるはず。

 クレールもそれは分かっているはずだ。

 なぜ水球を? 焦っただけとは思えない。


 クレールはじっと集中し、カオルを見つめる。


「いきます!」


 ぼん! と火球がカオルの目の前に出た瞬間、


「五手!」


 とカオルが声を出し、火球をさっと避けて走り出した。

 屋根から落ち際、ぱん! と庇を蹴って、水球を弾いてクレールの前に降りる。


「あ!」


 地に降りた瞬間、べたん! と音を立て、カオルが泥の下に落ちた。

 表面に薄く泥が張ってあるだけで、下に深い穴が空いていたのだ。

 べちゃ、と泥がカオルの上に落ち、クレールの虫がカオルを囲む。


「ふふ、えへへへ! 本当は六手でしたー!」


 満面の笑みで、穴を覗き込むクレール。

 つんのめって倒れたカオル。


 屋根の上で火球が消え、周囲の水球も消え、虫もクレールの袖の中に戻っていく。

 水球も火球も囮だった。

 泥の下に開けた、この大きな穴が本命だったのだ。


 クレールは水の魔術がかなり得意なはず。

 それが、この庭の広さで泥を作るのに、随分と長く集中するな・・・

 そう思っていたら、泥の下に穴を掘っていたとは。


「ふふーん。カオルさんなら、絶対に泥なんか走って来ちゃうって思いました。

 泥で一手と見せかけて、下に穴も掘っておきましたよ!

 実はここで二手使ってました!」


「・・・参りました」


 泥が砂になり、空いた穴が盛り上がって、元の地面に戻る。


「マサちゃーん、六手じゃ反則じゃないの?」


「ほら、カオルさん、自分で一手、二手って数えてたでしょう?

 見抜けなかったカオルさんの負けです」


「く・・・」


 カオルは肩を落とし、うなだれた。


(騙し合いで負けるとは)


 忍としてこれ以上の屈辱はない。

 やったやった! とクレールがくるくる回る。


「さてと・・・シズクさん、審判を頼みますよ」


「はいよー」


 マサヒデが縁側から立ち上がる。


「じゃ、クレールさん、こっちに」


「はーい!」


 ててて、とクレールが走ってきて、ちょこんとシズクの横に座った。


「ふふふ、今のはクレールさんに一本取られましたね。私も騙されました。

 一手目の雷を封じた事で、油断しましたか」


「・・・」


「じゃあ、いきましょう。次は私です」


「・・・」


「気を入れ直して下さいよ」


「く・・・はい」


 マサヒデとカオルが中央で向かい合う。


「それじゃあ、はじめ!」


 ば! とカオルが跳び下がり、手裏剣を3本まとめて投げてくる。

 中央、左右。

 すい、とマサヒデが竹刀を上げる。


「!」


「え!?」


「嘘!?」


 竹刀の先に、まっすぐ飛んできた1本が刺さり、ぴいいん・・・と音を立てる。

 カオルもシズクもクレールも、目を見開いて、竹刀の先を見つめる。


「おっといけない。今のは真剣じゃ出来ませんから、これはカオルさんの一本で」


 しゅ、と竹刀を軽く振り下げ、刺さった手裏剣が「ぱす」と小さく音を立てて地に落ちる。


「・・・」


 唖然とした顔で、3人がマサヒデを見つめた。


「じゃ、次は私が一本取りにいきますね」


 マサヒデが剣先を自然に垂れたまま、すたすたと近付いていく。

 シズクもクレールも、マサヒデを呆然と見つめる。


「カオルさん? どうしました? いきますよ」


 は! として、カオルが構え直し、マサヒデもすたすたと近付いていく。

 そのまま、マサヒデはカオルの間合いに入った。


「う!」


 小さな声を出し、カオルが小太刀を振るう。

 マサヒデの竹刀がしゅっと上がり、カオルの手はマサヒデの頭上を通り過ぎた。

 くるっと竹刀が回り、カオルの小太刀が地面に当たる。


「一本・・・」


 シズクが小さく声を上げた。

 小太刀ではなく、小太刀を握ったカオルの手が、マサヒデの竹刀に乗って滑った。


「カオルさん、焦っちゃだめですよ。ちゃんと隙を見つけて」


 ごく、とシズクの喉が鳴り、背中を冷たい汗が流れる。


(マサちゃん、それは無理だって)


 カオルは小太刀を握った手を見ながら、小さく震えている。

 今のが真剣だったら、カオルの指は落ちていた・・・


「さ、これで一本と一本。次で決めましょう。構えて下さい」


 カオルが腰を落として構える。

 マサヒデも竹刀を両手で構える。

 位置は変わらない。


「はじめ」


 シズクが声を上げた瞬間、カオルは跳び下がる。

 同時にマサヒデも思い切り踏み込みながら、竹刀を切り上げた。

 宙に浮いたカオルの片足を引っ掛け、竹刀が上がる。


「あっ」


 片足が上がり、体勢を崩して、カオルは背中からもろに地面に落ちた。


「ごほっ!」


「・・・」


 シズクもクレールも、言葉も出ない。

 マサヒデはくるっと振り向いて、縁側にすたすたと歩いてくる。


「これは一本ですよね」


「あ! い、一本! 一本だよ・・・」


 シズクがはっとして声を上げた。

 す、とシズクの横にマサヒデが座る。


「クレールさん、背中からもろに落ちてしまいましたから、念の為、カオルさんを見てもらえますか」


「は、はい!」


 クレールは慌てて立ち上がり、カオルに駆け寄って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る