第二章 特訓

第16話 皆とカオルの稽古・1


 翌朝。


「うっ・・・」


 起き出して居間の前に来ると、酒の匂いがぷんぷんする。

 シズクとクレールが大の字になって、よだれを垂らして寝ている。

 あれだけ呑めば当然か・・・

 もう少し、寝かせておいてやろう。


「ふふ。ご主人様、おはようございます」


 カオルが小さな声を掛けてきた。


「おはようございます。この2人は、もう少し寝かせておきましょうか」


「はい」


 カオルも幸せそうな2人の顔を見て、くす、と小さな声で笑いを漏らす。

 静かに廊下を歩き、そっと玄関を開けて、庭に出て、日課の素振りを始める。

 最近は、この素振りも何か変わったと感じる。

 特に速くなったとかは感じないが、良い音が出るようになった気がする。


 軽く汗を流した所で、少し手を休め、振り方を変える。

 ゆっくり・・・虫が止まっても動かない遅さで、ゆっくり、ゆっくりと振り下ろす。振り下ろした所で、またゆっくりと時間をかけて上げていく・・・


 最後に一本、この振り方で振った所で、朝の素振りを終えた。

 はあー・・・、と長い息をつく。

 縁側に座って手拭いを用意していたカオルが、


「お見事です」


 と声を掛けて、手拭いを渡す。


「まだまだ。とてもとても」


 手拭いを受け取り、水をばしゃばしゃ浴びて、身体を拭く。


「ふう」


 と一息ついて、部屋に上がると、シズクが起き上がって、くあ~とあくびをした。


「おはよ」


「シズクさん。酒臭いですから、まずギルドに行って湯を浴びてきて下さい」


「そう?」


「そうです。部屋に入っただけで、臭いで酔いそうです。

 朝餉は、湯を浴びてきた後で食べて下さい」


「はーい」


 ぽりぽりと首をかきながら、シズクは部屋を出て行った。

 クレールも、会話を聞いてゆっくり起き上がった。


「うーん、マサヒデ様、おはようございます」


「おはようございます。まず、よだれを拭いて下さい」


 す、とカオルがクレールに手拭いを差し出す。


「ああ!」


 クレールは真っ赤な顔で手拭いを受け取り、顔を逸して口の周りを拭く。


「さあ、クレールさんも、ギルドに行って湯を借りてきて下さい。

 部屋がすごく酒臭いですから」


「うっ! すぐに行ってきます」


 ばたばたと部屋に駆け込んで、クレールも着替えを持って飛び出して行った。

 くす、と小さな声でカオルが笑う。

 クレールが走る音で、マツも起き出してきた。

 部屋の酒臭さに、眉をしかめる。


「マツさん、おはようございます」


「奥方様、おはようございます」


「おはようございます・・・うーん、酒臭いですね・・・」


「ええ。昨晩は、クレールさんとシズクさんがここで寝てましたから・・・」


「お二人は?」


「あまりに酒臭いので、ギルドの湯に行かせました」


「ふふふ。そうですか」


「カオルさん、朝餉の準備が出来たら、私達だけで食べましょう」


「お持ちします」


 3人の膳が並べられ、食事が始まる。


「ふふ、なんか我々3人で食べるの、久しぶりな気がしますね」


「そうですね。まだ何日も経ってませんのに」


「あ、そうだ。マツさん、カオルさん、朝は忙しいですか?」


「少し仕事がありますが、何かご用でも?」


「私も特に用事はございませんが」


「お二人が帰ったら、皆でカオルさんと稽古をしようと思いまして」


 お? という顔で、カオルが顔を向ける。


「ああ、それなら特に。私は出入り自由ですから」


「あ、そうでしたね。怪我をしてもクレールさんに治してもらえますし・・・

 時間が出来たら、マツさんもカオルさんと手合わせしてみませんか?」


「うふふ」


 マツは小さく笑い、カオルを見る。

 カオルの額に、小さな汗が浮かぶ。


「ふふ。カオルさんも、最後に稽古したのはシズクさんとの立ち会い前ですし、腕がなまってしまいますからね。もちろん、やりますよね?」


「はい。是非とも」


「カオルさんは、マツさんやクレールさんみたいな、純粋な魔術師という方とは、あまり手合わせした経験はないでしょう?」


「はい。あまりというか、全然。試合と、クレール様の稽古を見たくらいで」


「良い経験になりますよ。カオルさんなら速攻で跳び込んで終わらせてしまう事も可能でしょうが、それじゃあ勿体ないです。本物の魔術師の戦いというのを、じっくり経験して下さい」


「はい」


「では、私は稽古着と竹刀を借りてきますか。向こうで、シズクさんとクレールさんの湯を待って、お二人のも借りてきましょう。訓練用の小太刀も借りてきます。カオルさんは、本気の用意で。即死するような物や、ここらでは手に入らないような物以外は、何でもお使い下さい」


 ぱちん、と箸を置き「ごちそうさまでした」と手を合わせ、マサヒデはさっさと出て行った。


「あの、奥方様は・・・」


「もちろん、参加しますとも。私は稽古着は必要ありませんから」


「そうですか・・・」



----------



 シズクとクレールも朝餉を終え、皆も着替えも済ませた。

 後は、マツに閉じ込めてもらうだけ。


「クレールさん、悪いですけど、レイシクランの忍の方々にはご遠慮して頂けませんか。カオルさんも、あまり他派の方々に手は見せたくないでしょうし・・・マツさんが1人になってしまいますから、皆様にはマツさんを見てもらって。我々は絶対安全な所に入りますから」


「はい! あの、お父様を閉じ込めた術ですね!」


「ええ。父上なら破れるそうですが、他に破れる方は、魔王様くらいでしょう」


「楽しみです! 中はどんな感じなんでしょう!」


「ふふふ、シズクさんも初めてですよね。お二人共、きっと驚きますよ」


「あれはすごかったね! マサちゃんもカオルも消えて、マツさんだけ出たり消えたりして。中はどうなってるのかな?」


「あ、何なら、レイシクランの方々も、稽古に参加するなら入ってもらっても良いですかね? 互いの技術が見られるなら、カオルさんも構わないでしょう?」


「はい」


「皆様、どうなさいますか?」


 庭の隅から、


「ご厚意はありがたく。我々はマツ様の護衛に専念させて頂きます」


 と返事が返ってくる。


「分かりました。ふふふ、ではマツさん。この庭でお願いします」


「はい。では、いきますね」


 す、と音が消え、あの空間に閉じ込められる。


「あ!?」


 シズクはすぐ異変に気付いたようだ。


「ええ!? なにこれ!?」


「? 何か、静かですね?」


 マサヒデ、マツ、カオルはにやにやしている。

 マツが茶を一口啜り、


「うふふ。シズクさん。通りに出てみて下さい」


「うん・・・」


 シズクが門に歩いて行き「あ!」と声を上げる。


「な、なんだこれ!?」


 門の空間に手を当て、驚いている。

 通りの人は見えるのに、通りに出られない。

 大声を上げたのに、誰も気付かない。


「マツさん、あの木は?」


「シズクさんに折られたら嫌ですから、今回は入れてませんよ」


 ふ、とマサヒデは笑い、


「さ、クレールさん。あの枝の雀。あそこに風の魔術をぼん、と」


「え!?」


「大丈夫ですから、ぼん、と」


「は、はい・・・」


 ばふん! と雀たちが止まった枝に風が巻くが、何も手応えがない。

 雀たちは風の真ん中にいるのに、そのまま枝に止まっている。


「あれ!? あれ!?」


 ぼん! ぼん! と何度も風が巻き上がるが、雀は動かない。

 雀どころか、雀が止まっている枝も動かない。


「すごいでしょう?」


「・・・」


 呆然とした顔で、クレールは雀を見つめる。

 マサヒデが木に近付いて、竹刀を突き出すと、竹刀が木を通り抜ける。


「ああ!?」


 驚いて、シズクも駆け寄ってきた。

 シズクが恐る恐る手を出すと、手がすっと木の中に入っていき、向こう側に出る。


「なんだこれ!?」


「見えるだけで、ここにはないんですよ。幻術みたいな物になってます」


「すげえ・・・」


「ここにいる間は、外から我々は見られない。カオルさんは忍ですから、見られたくない技もあるでしょう? だから、マツさんに頼んで、ここで私とカオルさんは稽古していました」


「へえ・・・」


「あの、お父様はこれを破ったんですよね・・・どうやったんですかね・・・」


「さあ、どうやったんでしょう・・・私にもさっぱり」


 マサヒデも首を傾げる。

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