第4話 演技


「ただいまー!」


 どすどすとシズクが上がってくる。


「マサちゃん、なんか面倒なことになったの?

 さっきカオルが来て、刺客に注意しろって言われたよ?」


「ええ。ちょっと用心のしすぎかもしれませんが」


「ねえねえ! 何があったの!?」


 シズクがきらきらと目を輝かせる。

 話せば、クレールも同じ反応をしそうだ。

 この2人に事件を話すと、きっと好奇心を抑えきれずに首を突っ込む。


「秘密です」


「なんで!?」


「教えると、シズクさんはきっと我慢出来なくなって、首を突っ込む。

 余計な面倒が増えそうですから、教えません」


「そんなことしないから教えてよ!」


「絶対に教えません」


 カオルが昼餉の膳を運んでくる。


「カオル、教えてくれない?」


「さあ、私は詳しく聞いておりませんので・・・刺客に用心しろとしか」


「皆さんには申し訳ないのですが、誰にも話したくありません。とにかく、用心だけはお願いします。後でクレールさんに頼んで、外出の時はレイシクランの方を付けてもらうようにします」


 む、とシズクがカオルを見て「びし!」と指さす。


「カオル! お前知ってるな! 知ってるだろ!」


 やはり、シズクの勘は鋭い。

 余計な所で、この勘の鋭さを出さないでほしい・・・


「知りません」


「嘘だな! お前知ってる! 絶対に知ってる! 言え!」


「何のことやら」


「シズクさん。カオルさんは、刺客に狙われる危険がある、と知っているだけです。細かい部分は知りませんよ」


「マサちゃん! 嘘ついても分かるぞ! カオルは知ってる!」


 さて、どう誤魔化したものか・・・


「ふう、分かりました。お話しましょうか・・・」


「ご主人様」


「いや、構いません」


 ちら、とカオルに目を向け、シズクに見えない角度で口の端を上げる。


「今朝、クレールさんの迎えに出た時、闇討ちされました」


「闇討ち・・・勇者祭の?」


「おそらくは。それも、恐ろしく腕の立つ手練れです。

 私もカオルさんも、全く気配を感じませんでした」


「ここ、まだ魔の国まで遠いじゃん。弱い奴ばっかじゃない? この町にそんな奴がいるの?」


「私の名も顔も、知れ渡ってしまいましたからね。出張って来ても、不思議ではありませんよ」


「あ・・・そうか。たしかに、そうかも」


「カオルさんもシズクさんも、まだ参加はされていませんが、いつも側にいます。

 私の組の者と間違って狙われる危険は、十分にあります」


「どんな奴?」


「全く分かりませんね。

 偶然、小石を踏んでちょっと下を向いた所に、笠に小さな針が刺さり・・・

 小石を踏んでいなかったら、おそらく死んでいたでしょう」


「まじかよ・・・マサちゃんでも気が付かなかったのか」


「カオルさんが追いかけましたが、見つけられませんでした。針が飛んできたであろう所にも、全く人のいた形跡もありませんでした。あれは超一流ですね。カオルさんに見てもらいましたが、針には、人族なら即死する毒が塗ってありました」


「・・・」


「ここやギルドには、レイシクランの方々が何人も忍んでいますから、まず安心でしょう。しかし、何の形跡も残さず私を狙える相手です。祭の闇討ち組であれば、相手は魔族。シズクさんを殺せる毒を知っていても、不思議ではありません」


「む・・・」


「間違って狙われてしまったら、シズクさんも・・・というわけです。

 あれだけの手練れ、針を飛ばしてくるだけではないでしょう。

 いくつも殺しの手段を持っているはずです」


「で、なんで教えてくれなかったのさ」


「探して始末しようと思ってるでしょう?」


「当たり前じゃん」


 マサヒデは真剣な顔をシズクに向ける。


「私は、あの刺客と、戦ってみたいんです。だから、やめて下さい。

 もちろん、間違ってシズクさんが狙われてしまったら、仕方ないですけど・・・

 私のこの我儘、許してくれませんか」


「えー! そんな危ない奴と!?」


「はい。戦いたい。あなただって分かるはずだ。強い奴と戦いたいって気持ち」


「そりゃ・・・でも、強いって言っても、闇討ちしてくるような奴と?」


「ええ。戦ってみたいんです。先に進めば、ああいう人達も増えるはず。

 今、そんな方と戦える機会が訪れているんです。ここは、譲ってくれませんか」


「うーん・・・」


「シズクさん。お願いします」


「分かった・・・でも、襲われたらやっちゃってもいいんだよね?」


「もちろん、その時は仕方ないです。構いません」


「じゃあ、譲るよ・・・でも、一緒にいる時にマサちゃんに襲いかかってきたら、多分やっちゃうけど・・・それは許してくれる?」


 腕を組んで、顔をしかめる。

 ちょっと考えるふり。


「・・・分かりました。

 シズクさんも、後々参加者になるんですから・・・構いません。

 しかし、探すような事だけは、やめて下さい。お願いします」


「うん。こっちから探すようなことはしない。約束する」


「ありがとうございます」


 ぐっと頭を下げる。

 ちら、とカオルに目を向けると、シズクに見えない角度で、口の端を上げている。

 上手くいった。これで、首を突っ込むような事はしないだろう。


「じゃあ、昼餉としましょうか。マツさんを呼んでき」


 がらっ! ぱしーん!


「マサヒデ様ー!」


 とたたた!


「はっ! マサヒデ様! ご無事で良かった!」


 はあはあと息を切らせて、クレールが飛び込んできた。

 かしゃん、とマツの膳が飛び、汁が飛び散る。


「あ!」「うわあ!」

 

 カオルとシズクが驚いて声を上げたが、クレールは無視して「ば!」と膳を挟んで、マサヒデの向かい側に座る。


「先程、カオルさんから刺客に注意と!」


「ええ。狙われるのは私ですが、クレールさんは私の側にいますから、間違って狙われるかも、と」


「マサヒデ様を狙う輩が!?」


「ええ。おそらく勇者祭の闇討ち組かと」


「く・・・皆の者!」


 クレールの声が庭に響き、さささ! と音がする。

 姿は見えないが、レイシクランの忍が集まったのだ。


「クレールさん、待った!」


「なんですか!?」


「お願いです、やめて頂けませんか」


「なぜ!」


 ぱちん、と箸を置き、マサヒデはクレールの肩に手を置いた。

 少し俯いてから、真剣な顔を上げる。


「・・・私が、その者達と戦いたいからです」


「そんな! 闇討ちをするような輩を相手に!」


「クレールさん。知っての通り、勇者祭では、闇討ちは認められています。

 どんな手を使っても、勝った者が正義なんです。今回は、私が狙われました」


「はっ! マサヒデ様、もしかして・・・その者と・・・」


「はい。私は、彼らと戦いたい」


「危険です!」


「承知の上です。どんな戦いにも、危険はあるんです。

 魔の国に近付けば、こういう輩も増えてくるはず。

 今、そのような人達と戦うことが出来る機会が、目の前に訪れているんです」


 ぐっと拳を握り、クレールが俯く。


「ですから、お願いします。譲ってくれませんか」


「・・・」


「ここにいる皆は、いつも私の側にいる。

 私の組の者と間違って狙われる危険性がある。

 だから、刺客に注意しろ、と伝えたんです」


「そう、でしたか・・・」


「もちろん、クレールさんが狙われた時は、やってしまっても構いません。

 しかし、クレールさんから探すような事は、しないで頂けますか」


「・・・」


「私は・・・私は、強い者と戦いたいのです。闇討ちだって、強さのひとつです。

 これが、本物の戦いなのです」


「・・・分かりました」


「ひとつだけ、お願いがあります」


「なんでしょう」


「今言ったように、ここにいる皆が、間違って襲われる可能性があります。ですから、しばらくの間、誰かが1人で外出する時は、護衛をつけてもらえませんか? 忍の皆さんには、迷惑かと思いますが・・・」


「はい!」


 マサヒデはクレールの瞳をじっと見つめ、こくん、と頷いた。

 そして、縁側に座り、庭に向かって頭を下げる。


「皆さん、ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします」


 クレールが出ていた間も、ここには忍が常時張っている。

 最初から話も聞いていたのだ。

 本当の事情は、とっくに皆が知っているだろう。


 とにかく、あの殺しの件に、首を突っ込まないようにすれば良いのだ。


 大成功。

 ぱちん、と片目をつぶり、クレールに見えないよう、庭に笑顔を向ける。

 くす、と小さな笑い声が、マサヒデだけに聞こえた。

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