第3話 マツの殺し方


 からからからー。


「只今戻りました」


「お帰りなさいませ」


 マツが手を付いて迎えてくれる。

 ばさ! とカオルが服を脱ぎ捨て、メイド姿になる。


「どうでしたか、マサヒデ様。初めての奉行所は」


「楽しかったですよ。本物のお白洲も見られましたし」


 居間に通り、すっと座る。

 カオルが茶を差し出す。


「マツさん。もしかしたら、ちょっと面倒になってしまったかもしれません」


「面倒、ですか?」


「ええ。下手人は忍か殺しの専門家って事が分かりました。そういうのを雇って、人を始末するような組織なり者なりが、裏にいるってことです。目をつけられてなければ良いのですが」


「うふふ。カオルさんも、レイシクランの方々も、おられるではありませんか」


「ここは安全でしょうけど、しばらく1人での外出は控えた方が良いですね。

 マツさんは、外出の際は必ず私達の誰かを1人付けるようにして下さい。

 向かいのギルドに行く時もです。

 人混みの中で、バレないように殺しを出来る下手人です」


「あら、そんなに怖ろしい下手人なんですか」


「念の為です。片付くまではそうした方が良いでしょう。

 お調べにも、興味本位で首を突っ込まないようにして下さい。

 もし目をつけられると、この件が片付いても、きっと後を引く」


「わあ、講談みたいになってきましたね!」


 マツは目を輝かせるが、マサヒデもカオルも厳しい顔だ。


「奥方様、講談のように下手人を捕らえてお裁き、これにて一件落着とはなりません。相手が何らかの組織であれば、トカゲの尻尾切りで下っ端が1人捕まるだけ。際限なく我々に刺客が送られて来るようになりますよ」


「私、魔王の姫ですけど、送り込まれるでしょうか」


「送り込んでくると思います。奥方様の身分を知るのは、ほんの一部です」


「あ、たしかにそれはそうですね」


「そういうことなので、奉行所から片付きましたとお知らせが来るまでは、1人での外出はやめて下さいね。ギルドの中はレイシクランの方々が忍んでいるでしょうから、安全だと思います。しかし、道を挟んだギルドに行くまでの、ほんの少しの距離でもやられますよ」


「え、そこまで警戒しないといけませんか?」


「はい」


「じゃあ、外に出る時は、防護の魔術を服の下にでもかけておいた方が良いでしょうか」


「あ、マツさんにはそれがありましたね」


「これなら、夕飯のお買い物にも行けましょうか?」


「大丈夫でしょう」


「じゃあ、白百合に会いに行っても良いですか?」


「ええ。カオルさん、大丈夫ですよね?」


「・・・」


 カオルはじっと畳を見つめて考える。


 今回の殺しの下手人は1人。

 だが、雇われたのは1人だけとは限らない。

 複数だとしたら、他がどんな手を使ってくるか分からない。


 いや、たとえ1人だとしても・・・

 もし雇われたのが自分なら、他にいくらでも殺しの手段がある。

 相手は腕利きだと分かっている。いくつも手があると考えるのが自然だ。

 目をつけられていない、と、はっきりするまでは警戒はした方が良い。


「ご主人様、やはり1人での外出は避けた方が良いかと。

 相手の手がひとつとは考えられません」


「今回の殺し方だけでなく他にもあると」


「腕利きなのは分かっています。いくつも手を持っているでしょう」


「道理ですね」


 マツがカオルに不安げな目を向ける。


「あの、カオルさん。そこまで?」


「私に暗殺されるかも、とお考えになれば分かりやすいかと」


「・・・」


「相手の目がこちらに向いていなければ、余計な心配ですが」


「そうですね。しかし、用心に越したことはありません」


「あの、参考までにお聞きしますけど」


「はい」


「カオルさんなら、防護の魔術を使った私を、どうやって?」


「・・・尾行して、外で何か口に入れるのを待ちます」


「そこに毒を盛る?」


「ええ。今は屋台がそこら中に出ています。

 屋台で何かつまんだ瞬間、手に持った食べ物に致死性の毒を一滴飛ばす。

 犯人は屋台の主人。私は悠々と逃げおおせる」


「ううむ・・・」


 マサヒデは唸って腕を組む。

 マツの顔が蒼白になり、怯えた顔になる。


「カオルさんって、怖いんですね・・・」


「奥方様・・・何もそのような顔を・・・参考までにと」


「これは、私とシズクさんでは、対処できませんね・・・うん、クレールさんに頼んで、カオルさんがいない時の外出には、レイシクランの方をお一人付けてもらうようにしましょう。シズクさんには必要ないかもしれませんが」


「いえ、相手が鬼族に効くような毒を知っていれば、シズクさんは隙だらけです」


「む、確かに。シズクさんにも必要ですね」


「あの、マサヒデ様。狙われるのはマサヒデ様だけではないのですか?

 奉行所に行ったのは、マサヒデ様だけですけど」


「奥方様。ご主人様は、既に恐ろしく腕の立つ人物だと知られております。

 楽に始末出来る相手ではないとなれば、周りから崩していきます。

 私達の中で、一番やりやすいのが奥方様です」


「え!? 私ですか!?」


「はい」


「そうですね」


「相手は手練れ。我らに目をつけられれば、まず私は忍だと看破されましょう。

 シズクさんは鬼族で恐ろしく勘が良い。

 クレール様には、常にレイシクランの方々が付いておられる」


「あ、あの、それなりに自負はあるんですが」


「確かに、奥方様は怖ろしい魔術を使うと知られております。

 が、相手が分からなければ、魔術の使いようもありますまい。

 勘も鋭いですが、私やシズクさん程ではありません。武術の心得もありません。

 我ら忍のような者に近付かれたら・・・」


「う・・・やっぱり私なんですね・・・」


「そうなります」


「うーん、十分に用心します・・・」


 マサヒデは力を抜いて、マツに声を掛ける。


「ま、こちらがもう首を突っ込むつもりはない、と分かれば、まず手を出してこないはずです。皆、名も顔も知られている。カオルさんだって、私達の身内だと知られている。我らのうち誰かが死んだとなれば大騒ぎです。あくまで念の為です」


「そうですね。相手から見れば、我々は軽々しく手を出せる相手ではありません。

 あの手口、下手人は可能な限り、事を大きくしたくないはず。

 しばらく窮屈な思いをしますが、こちらが動かねば、相手は必ず引きます」


「少しの辛抱ですね」


「そういう事です。中途半端で気持ち悪いかもしれませんが、知ろうとしないようにすれば良いことです。クレールさん、シズクさんにも早く伝えましょう。話が長くなりますし、とりあえず刺客に注意しろとだけ。カオルさん、頼めますか」


「は」


 カオルは立ち上がり、音もなく出て行った。

 茶を一口飲む。

 先程のカオルの『参考』を思い出して、マサヒデにむくむくと疑問が浮き上がってくる。


「ところで、マツさん。魔王様の一族って、毒って効くんですか?」


「さあ・・・何も効かないかも・・・」


 こん! と、ししおどしの音が響く。

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