後編

 こうして、クラス目標は、にらめっこで決めることになった。

 それぞれの候補に代表者が出て、相対し、にらめっこで戦う。

 『元気いっぱい』が負け、『明るく楽しく』が負け、『みんななかよく』が負けた。

 最後に残ったのが、

『一笑けん命 笑顔のたえないクラス』

 エビス先生が提案し、エビス先生がにらめっこで勝って、決まった。


 クラス目標の通り、私たちのクラスは、笑顔のたえないクラスになった。

 給食でデザートが余ると、にらめっこで決める。

 勝った人は、デザートが食べられるので、喜ぶ。負けても笑える。

 掃除の時間、どこを掃除するかも、にらめっこで決める。

 勝った人は、楽なところを掃除できる。負けても笑える。

 宿題の量もにらめっこで決める。

 エビス先生が絶対に勝つので、宿題の量が減ることはなかった。でも、笑えた。

 最初のうちは、良かった。

 あるとき、給食のブロッコリーとプリンを交換しようと、一人のクラスメイトが言った。言われたほうは、いやだよ、と断るも、それは、にらめっこで決めることだと譲らなかった。

「笑うと負けよ、あっぷっぷ」

 交換を提案した者が、にらめっこで勝った。

 敗者は笑顔で、プリンを差し出した。

 掃除の時間、トイレで掃除をしていた子が、便器にへばりついたものを掃除したくないと、教室で掃除をしている子に言った。

「笑うと負けよ、あっぷっぷ」

 教室で掃除をしていた子は、ほうきを奪い取られ、笑顔で、便器を掃除した。

 代わりに宿題やってくれよ、

「笑うと負けよ、あっぷっぷ」

 笑顔で、他人の宿題をやった。

 『元気いっぱい』が負け、『明るく楽しく』が負け、『みんななかよく』が負けた。

 最後に残ったのが、

『一笑けん命 笑顔のたえないクラス』

 笑うと負け。笑わせることに命を懸け、笑わないことに命を懸け。

 なにか、おしゃべりしていて、面白いと思っても、笑わないよう、笑わないよう、笑顔を噛み殺す。

 笑うことは、負けること。

「笑うと負けよ、あっぷっぷ」

 勝者は喜び、敗者は笑う。

 みんなが幸せになれる?

 そんなわけはない。


 私は今、先生と対峙している。

『一笑けん命 笑顔のたえないクラス』の終わりの会。

 にらめっこ勝負制度の廃止を賭けた大勝負。

 制服の上着を脱ぎ、スカートから、ブラウスとTシャツの裾を出す。指を伸ばし、手首を回し、肩の力を抜き、リラックスする。

 エビス先生は、

「スカートから服を出してはいけないって、にらめっこで決めなくちゃねえ」

「先生、集中してください。先生が負けたら、そんなこと、決めさせません」

 向かい合う、私と先生。

 クラスメイトはみんな、真剣な表情で、静かに見守る。

 こんな、馬鹿げたこと、今、終わらせてやる。

「だーるまさん、だーるまさん。にらめっこしましょ、笑うと負けよ、あっぷっ」

 あっぷっぷの、二つ目のぷ。それを言う直前。私は目線を先生のお腹の方に向ける。

 先生は、私の目線につられ、自分の目線を、私のお腹の方に向ける。

「ぷっ」

 二つ目のぷ。言った瞬間。

 私は、ブラウスとTシャツを、思い切りめくる。

 化粧台の前で、にらめっこの練習をしていた時のこと、お母さんが持っている、折りたたみ式の鏡が、二つに割れることに気がついた。中には、ペラペラで、折り曲げることのできる、紙のような鏡。

 Tシャツの裏には、その鏡が貼ってある。

「ぷっ」

 三つ目の、ぷ。

 ぇへゃぇへゃぇへゃぇへゃぇへゃぇへゃと、笑う先生。すると突然、先生の手足が、顔が、体が、風船みたいにしぼみだした。

 しゅるしゅるしゅると、音をたて。

 先生は、影も、形も。

 残された、先生のシャツを持ち上げると、ぽとん、と一匹の、細い蛇みたいなのが、ひくひくと。

 多分、笑っていた。

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エービーシーにピーカーブー あめはしつつじ @amehashi_224

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