第10話 新しい馬・2


 しばらく登ると、急に木が深くなってきた。

 足元は湿った落ち葉が積もり、傾斜もある。簡単に滑りそうだ。

 空気も湿気っているし、たまに苔が生えている木もある。


「む!」


 とカオルが手裏剣を草むらに投げつける。

 近づいて拾い上げると、蛇が刺さっている。


「草むらに気を付けて下さい。蛇が多いです」


 ぴっ、とナイフで頭を落とし、しばらく血を落としてから、袋にしまい込む。


「夕食に食べましょうか」


「うん。良いおかずが出来ましたね」


 ぺきぺきと小枝を踏みながら、3人は黙々と歩き出した。

 と、少し歩いた所で、カオルが足を止めた。


「ん?」


「どうしました」


 木の向こう側に目が向いている。

 カオルの横に並ぶと、目がじっときのこに向いている。

 赤く、小さな白い斑点・・・どう見ても食べてはいけない物だ。


「カオルさん、それは食べてはいけないものでは・・・」


「ご冗談を。もちろん食べませんよ。乾かして使います」


「毒ですか?」


 カオルは座り込んで、きのこをじっと見る。


「はい。これは良い拾い物ですね・・・うむ・・・

 場所を探している時は気付きませんでしたが、これは中々手に入りませんよ。

 こんな近くに生えていたとは。また探しに来ましょう」


 カオルは慎重に布で巻いて、きのこを袋に入れる。

 その目は嬉しそうに輝いている。


「それって、どんな効果があるんです?」


「死にます」


「え!」


「もちろん、人間であれば、ですが・・・まあ、早ければ数秒、長くて1分でしょうか。この大きさなら、おそらく熊でもいけます。肉が食べられなくなってしまいますが。効けば、シズクさんでも、軽い目眩くらいはしてくれるかも」


「猛毒なんですね・・・」


「ええ。これは良い物です。実に良いですね」


「良い物・・・ですか」


 マサヒデとアルマダの背に冷や汗が流れた。

 カオルの目はきらきらと輝いている。



----------



 しばらく歩いた所で、カオルの足が止まる。


「一度、休憩を入れましょう。

 もう少し行った所に水もありますので、水も飲んで頂いて」


「はい」


3人は座り込み、水筒から水を飲む。


「カオルさん。我らの足だと、いつ頃になるでしょうか」


「そうですね・・・夕刻前には。遅くとも、日が沈む前には着きましょう」


「うん。じゃあ今日中には捕まえられますね。

 遅くなったら、明日の朝まで待っても良いですし」


「楽しみですね! あんなのが群れで・・・ああ、早く見たいですよ!」


「ふふふ。ハワード様、まるで小さな子供のようですね」


「カオルさんには、感謝してもしきれません!

 本当にありがとうございます!」


「そこまで喜んで頂けると、私も嬉しゅうございます」


「さあ、そろそろ行きませんか!」


「アルマダさん、落ち着いて足を休ませませんと。

 途中でへばってしまいますよ。見られるものも、見られなくなってしまいます」


「うーん・・・」



----------



 昼食を済ませ、また山を登る。

 足元は滑りそうだし、虫も蛇も多いし、中々大変だ。


「結構登りますね。今どの辺りでしょう?」


 カオルが地図を出し、指をさす。


「この辺りですね。あと半刻といった所です」


「もうすぐですね」


 顔を空に向ける。

 まだ日は高い。十分時間がありそうだ。


「この時間なら、今日中に捕まえられそうですね」


「ええ。いけます」


「楽しみですね!」


 カオルが懐に地図をしまって歩き出す。

 マサヒデとアルマダも続いて行く。


 それからまたしばらく歩いた所で、カオルが止まり、手を横に出した。

 振り向いて、口に人差し指を当てる。

 はっとして2人は剣に手をかけるが、カオルはそっと耳に手を当てる。


「・・・」


 2人が静かに音に集中すると、小さく音が聞こえるような・・・

 マサヒデ達には良く分からない。


「これは・・・馬の? 確かに、何か聞こえます」


 カオルがにやっと笑う。

 

「そうです。ここからは、少し足を緩めて、慎重に。

 大きな声や音を出さぬよう、お気を付けて」


「分かりました」


「はい」


 アルマダの顔がにやにやしている。

 もう楽しみで仕方がない、という感じだ。

 少し歩を遅くし、ゆっくり歩いて行く。


 そして・・・


「着きました」


 木の隙間から、向こう側が開けているのが見える。

 そっと歩いていくと、平地になっていて、馬の群れがいくつか見える。

 運良く、こちらが風下になっている。


「おお・・・」


 アルマダが声を上げる。

 白百合のような大きな馬がそこらにいる。

 白百合ほど速くなくても、頑丈な馬車馬として、大量の荷を運べそうだ。


「ふふ、アルマダさん。今回は私の番ですよ」


「え? 私じゃないんですか? 白百合がいるじゃないですか」


「白百合は、カオルさんが捕らえた馬です。私じゃありません。

 ですから、今回は私です。場所が分かったから、良いじゃないですか」


「そんな!」


 ば! とカオルとマサヒデがアルマダの口を抑える。

 何頭かの馬がこちらを見ている・・・


「しー・・・」


「ん・・・」


「アルマダさん。静かに」


「く、分かりましたよ・・・マサヒデさんに譲ります・・・」


「ふふふ。じゃあ、見定めといきましょうか。どの馬が良いかなあ」


 3人でしばらく馬の群れを眺める。


「ご主人様、あの鹿毛なんか」


「うーん・・・」


 遠目からでは、どれも大きくて同じに見える。


「いや、あれです。あの奥の群れの、青鹿毛の馬。

 おそらく、今いる中では、あれが一番です」


 アルマダが奥の群れを指差す。


「ふむ? 青鹿毛・・・右の黒いのですね? つやつやしてる黒いの」


「そうです。あれしかいません」


 アルマダの見立てなら、間違いないだろう。

 3人の中では、一番馬に詳しい。


「じゃ、あれにしましょう」


 マサヒデは縄を取り出し、がさっと茂みを出た。


「ご主人様!?」


「マサヒデさん!?」


「しー・・・」


 マサヒデは振り向いて、口に手を当てる。


「大丈夫です。前にも一度捕まえた事があるんですから。多分いけますよ」


「・・・」「・・・」


「じゃ、行ってきますね」


 マサヒデはかさかさと草を踏み、普通に歩いて行く・・・

 通って行くマサヒデを、首を上げて馬が見つめている。

 マサヒデはそのまま歩いて行き、とうとう奥の群れの近くまで近付いてしまった。


(ちょっと、カオルさん! 蹴飛ばされたりしたら大変ですよ!)


(・・・)


(群れだと、逃げずにまとまって体当たりしてくる事もあるんですから!)


(ええ!?)


 馬の群れが体当たりなどしてきたら大変だ。

 いくらマサヒデが素早いと言っても、群れなのだ。

 もし避けきれずにぶつかってしまったら、大怪我は間違いない。

 アルマダがカオルの肩に手を置いて、


(まだ間に合う! 何か大きな音でも立てて、馬を!)


(はい!)


 カオルが懐からさっと小袋を取り出し、振り上げた時。

 マサヒデは青鹿毛の馬に縄を掛けてしまった。


「あっ」「あ!」


 2人の声に驚いたのか、また近くの馬がこちらに顔を向ける。

 が・・・何も起こらない・・・

 マサヒデはそのまま縄を引いて、歩いてくる。

 群れの近くを通り過ぎた時、何頭かの馬が首を上げてマサヒデ達を見る。


「・・・」


 2人は驚いて、マサヒデを見たまま固まってしまった。

 ばさばさと青鹿毛の馬が草を鳴らして歩き、マサヒデの後に付いてくる。

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