第三章 新しい馬

第9話 新しい馬・1


 翌朝。


 三浦酒天から戻ったクレールは上機嫌で帰って行き、皆も安心して夜を過ごした。

 シズクだけは「なんでクレール様だけなの?」と拗ねていた。

 マサヒデは素振りを終え、水を浴びた後、手拭いを差し出したカオルに尋ねる。

 

「カオルさん。そろそろ、馬、来てると思います?」


「ええ。頃合いかと」


「じゃあ、今日行きましょうか? 早い方が良い」


「おそらく、泊まりになりますが」


「構いませんよ。一応、マツさんにも話しておきますか。

 増えると知ったら、喜ぶでしょう」


「ふふふ。喜びましょうね」


 座敷に上がり、茶を飲んでいたマツに声を掛ける。


「マツさん。今日、また馬を捕まえてこようと思います。

 泊まりになっちゃいますが、構いませんよね?」


「え! 増えるんですか!?」


「ええ。上手く捕まえれればですけど」


「うわあ・・・」


 マツが瞳を輝かせる。


「私も行きたい!」


 とシズクが手を挙げたが、シズクを連れて行ったら、馬が驚いてしまうだろう・・・


「シズクさんは留守番です」


「えー? なんでさー」


「あなたを連れて行ったら、十里先でも馬が驚いて逃げちゃいますから」


「ええー?」


「シズクさんは、訓練場で代稽古をお願いします」


「分かった・・・」


 シズクはがっかりして、肩を落としてしまった。


「じゃあ、アルマダさんも呼んで、3人で行きましょう。

 カオルさん。悪いですけど、弁当を3人分、用意しておいてもらえますか」


「は」


「私はアルマダさんを呼んできます。では」


「行ってらっしゃいませ」


 マツが頭を下げる。

 うきうきとしている感じが、伝わってくる。

 す、と立ち上がって、マサヒデは出て行った。


「むー! くっそー・・・」


 拗ねてしまったシズクに、マツが顔を向ける。


「シズクさん、仕方ないじゃないですか。あなた、強すぎなんです。馬って敏感らしいですから、シズクさんが来るって分かったら、遠くから逃げちゃいますよ」

 

「むー・・・鹿は取れるけど、だめ?」


「うふふ。きっと、馬って鹿より敏感なんですね」


「そうかなあ? あんなに大きいのに?」


「そうなんですよ。

 だけど、敏感だから、優しくしてくれる人は優しいって良く分かるんですって。

 それで、すぐ懐くらしいですよ。懐くと、危険な時に駆けつけてくれるって」


「私は乗れないけど、懐いてくれるかなあ?」


「きっと、優しくしてればすぐですよ」


「そうかな? じゃあ、白百合もいっぱい優しくしてあげようかな!」


「そうして下さい。あ、お肉なんてあげちゃいけませんよ?

 馬はお肉は食べないんですから。果物にしてあげて下さいね。

 たくさん食べさせて、餌で釣るような真似はしないで下さいよ」


「うん!」



----------



「おはようございます」


 あばら家に顔を出すと、騎士達が寄ってくる。


「マサヒデ殿! 昨日の白百合は素晴らしかったですよ!」


「あれはきっと名馬になりますよ!」


 わいわいと白百合を褒めてくれる。


「ははは。そう褒めてくれると、白百合も喜びましょう。

 実は、今日は皆様にも嬉しいお話で。アルマダさんはいますよね」


 奥で素振りをしていたアルマダがこちらへ来る。


「やあ、マサヒデさん。おはようございます」


「おはようございます。アルマダさん。今日と明日は空いてますか?」


「ええ。特に用事はありませんよ」


「では、馬を見に行きませんか?」


「と、言いますと・・・捕まえに?」


「そうです」


 おお! と騎士達から声が上がる。

 アルマダの顔もぱーっと明るくなる。


「本当ですか! 行きますよ! 是非連れて行って下さい!」


「結構、山を登りますので、泊まりになりますが」


「構いませんとも! すぐ用意します!」


 アルマダが走って中へ駆け込んでいく。

 騎士達がわいわいとマサヒデに話し掛けてきた。


「マサヒデ殿! 次はどんな!?」「色は!?」「明日のいつ頃!?」


「ははは。まあ、まずは現場に行って、捕まえてみませんと」


 やはり騎士達は馬が大好きなのだ。

 マツの同じように、目が輝いている。


「やあ、これは楽しみですな。あのような馬が多くいるのでしょう?」


「らしいですよ。皆、図体が大きいのに、割にはしこい感じだと」


「ううむ・・・白百合のような馬がそんなに・・・」


 すぐにアルマダは出てきた。

 山登りと聞いてだろう。今日は着込みも着けておらず、薄手の皮のローブだけだ。


「準備出来ましたよ! さあ、マサヒデさん! 行きましょう!」


「弁当はカオルさんが用意してくれています。では行きましょうか」


「はい! 砂糖も買っていきましょう!」


「砂糖?」


「馬へのご褒美ですよ。馬は甘いものが大好きですからね。角砂糖です」


「そうだったんですか。私は果物や人参をあげていました」


「ふふふ、餌で釣るなんて感じになっちゃいますけど、早く慣れてほしいですね!

 いやあ、楽しみですね! さあ行きましょう!」


 アルマダもまるで子供のようだ。

 マサヒデも釣られて笑顔になってしまう。


「ここまで喜んで頂けるとは。では行きましょうか」



----------



 マサヒデ、アルマダ、カオルの3人で、街道を歩く。

 アルマダはまだ浮かれた感じで、にやにやしている。

 弓も持ってこようかと思ったが、きつい登山になるから、と聞いてやめておいた。

 カオルは冒険者姿だ。


「ふふふ、こんな浮かれたアルマダさんは初めて見ますね」


「白百合みたいな馬がいっぱいだなんて、嬉しくもなりますよ!

 早く会いたいですね!」


「カオルさん、良い場所を見つけましたね。

 騎士さん達も、そりゃあもう、子供のように喜んでましたよ」


「嬉しいね」


 しばらく歩いて、カオルが鞄から地図を出す。

 山を見て、街道を見て、もう一度地図を見て、うん、と頷く。


「ここからこの街道を逸れて、こう、まっすぐ上に上がった所。

 あんたたちは私ほど登れないから・・・ここは坂がきついから避けて・・・

 うーん、こんな感じかな・・・ま、2人の足を見ながら、ね」


 山の入口から、指で斜めに線を引いて、逆向きに線を引いていく。

 マサヒデとアルマダも顔を近付けて、カオルの辿る道を見る。


「ふーむ」


「で、ここに着くってわけ。目的地ね」


 赤丸の所。


「ほう」


 地図から顔を上げて、山を見上げてみるが、何も見えない。

 しっかり木に囲まれている上、窪地になっているのだ。


「ここから見ても、全然分からないよ。すぐ近くまで行かないと、ほんと全然。

 上から見ても、端っこの方が見えるかもってくらい。良く分からないと思うよ」


「なるほど・・・あまり木の深い所は人も入らないでしょうし・・・

 上から見ても、ほとんど見えない、と。今まで人に見つからなかったわけだ」


「結構、木が深いし、足元悪いから、気を付けてね」


「分かりました」


「じゃ、行こうか」


 カオルを先頭にして、3人は歩いて山に向かって行く。

 ここから山の入り口まで、半刻もかからない。

 どんな馬がいるだろう? 白百合みたいな大きな馬がいっぱい?

 マサヒデも浮かれてきた。

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