絶対改心ドS調教シスター番外編〜エピソード4.5〜

橋広 高

本文

 シスター・サキは刑務所から依頼を受けそこに慰問しては、反省の意思のない凶悪犯罪者を性の力で改心させる凄腕修道女である。男というのは皆、心にエロスへの憧憬とドMの素質があるものだと、彼女は語ったことがある。事実、漆黒で艶やかなボンテージに身を包んだ彼女が鞭を振るう姿を見た時、鞭打ちの跡が赤く浮かぶ囚人を羨ましいと思った。


 しかし、今回語るのはサキの素晴らしい仕事ぶりでも、ただの淫魔サキュバスだった彼女が今の立派な仕事人に至るきっかけであるエピソード・ゼロでもない。


 読み飛ばしても構わない、ごくありふれた平凡な番外編である。


☆☆☆


 2020年某月、サキの姿は墓地にあった。刑期を終えた囚人が更生しているか確認のきちんと言いつけを守っているマゾブタにご褒美を与えるためにしばしば彼らの元を訪れる彼女であったが、その手に握られていたのは鞭でも蝋燭でもない、菊やカーネーションなど、墓に添える定番で構成された花束であった。


 彼は10年前に強姦の罪で捕まった。当時中学生だった少女の純潔を夜の工事現場で奪ったのである。サキは当時彼女の仕事ぶりを観察しにきた姪の助力を受け、3PSM高速交代NTRプレイで彼を改心させることに成功した。


 そんな彼が出所後しばらく経って、殺されたという連絡が入った。刺したのは、被害者の少女の母だという。

 サキは性善説を貫いているので、せっかく正しい道を歩もうと決めた彼が殺されたということも、少女の母親が復讐心に突き動かされ道を踏み外してしまったことも心から悲しいと思った。そういうわけで彼女は墓参りに来たわけであった。


 墓地は立ち並んだ墓たちが歪んで曲がった道を形成していて、まるで迷宮のようだ。遺族の方から聞いた場所に向かうと、そこには先客がいた。瓶の中にある液体を、ドバドバと墓石にかけていた。


 酒を墓にかけるシチュエーションに初めて立ち会えて感慨に浸っていると、視線を感じ振り返った先客と目が合った。


「あ、すみません。ジロジロ見ちゃって」


「いえ、こちらこそ……」


 彼は名を天野たすくと言った。小さな事務所で弁護士をしているという。


 サキはその苗字に心当たりがあった。


「もしかしてあなた……」「はい」


「志帆は僕の妹です」志帆は被害者の名であった。確か彼女は判決後しばらくして亡くなったと聞く。


「その節は……」


 サキは頭を下げようとしたが、侑に遮られた。

 なんで謝ろうとしてるんですか、あなたはちゃんと自分の役割を果たしたじゃないですか、と。


「彼は出所したその足で僕たち家族を訪れました。大粒の涙をぼろぼろ流して、額が擦れる音を立てながら何度も謝っていました。刑務所で素晴らしいシスターに出会えて、自分がしでかしたことの重大さに気づけたと、一生をかけて何をしてでも償うとも言ってました。あなたのおかげで彼は浄化されたんだと思います」


「でも、あなたのお母様は…… 」


「やっぱり、許せなかったんでしょう。娘を実質的に殺したくせにヘラヘラとしていたかと思いきや、次会った時は急に禊払われてて、何勝手に自分の中で完結したふうなんだよって。でも、母は法を犯したんです。仕方のない事ですよ」


 そう言いながら侑は線香に火をつけた。灰色の細い煙が上がっていく。


「侑さんは、彼を恨んではいないのですか?」


「さあ……。よく分からないんです、そこんとこ。でも墓参りができてるってことは、恨んじゃいないってことなのかなあ」


 チャッカマンを石製の収納にしまいながらそう言う侑の背中はひどく哀愁が漂っていて、サキはなんとかしたいと強く思った。


「もう少しお話聞かせてもらっていいですか?」


☆☆☆


 二人は近くの喫茶店に移動していた。道中、会話はなかった。感染症対策で向かい合う二人の真ん中を分断するようにアクリル板が立っている。


 運ばれてきたコーヒーを啜って、侑が口を開いた。


「もともと僕は空気の読めないやつだとか、人の情がないやつだとか言われてきました。

 小学生の頃、こんなことがあったんです。6人くらいのグループで遊んでいたところ、飼育小屋のウサギが猫に食い殺されているのに気づきました。

 犯人の野良猫は小屋の隅でグースカ寝てて、すぐにグループの中でもヤンチャなやつが花壇にかける防虫ネットでぐるぐる巻きにして捕まえました。

 そんな目立つことをやってたわけなので、すぐに人が集まってきました。ことの経緯を聞いた人は怒ったり泣いたり、反応はさまざまでした。

 ふいに誰かがこの猫は殺すべきだ、殺処分だと言いました。それに対してまた誰かが猫がかわいそうだろ!と叫んだのを皮切りに激しい口論が始まりました。全員が弁護士又は検事で、裁判長不在の無秩序の裁判でした。

 僕は隣にいた女子にこう聞かれました。あなたは猫を許せるのか、と。僕は、そんなことより小屋を片付けないと、血の匂いとか残っちゃう、と言いました。

 シンと周囲が静かになって、気づくと全員が僕のことを見てました。この事件があって、僕は学校で浮いた存在になりました。

 ……あ、すみません、関係ない話をべらべらと」


「大丈夫、続けてください」


「もう8年前になるんですね。当時、僕は大学生で弁護士になるために法律の勉強をしてました。志帆が犯罪に遭ってから数日後すぐに、犯人は逮捕されました。裁判は半年ほどで終わって判決は執行猶予なしで懲役7年でした。その晩、両親は行き場のない怒りをテーブルにぶつけ、志帆は顔を隠して泣いてました」


 サキも未成年者を狙った犯罪に対しての懲罰の少なさは問題だと思っていたが、正式な人権を持たないサキュバスの身である彼女ができるのは、短い懲役の中で過分な反省を促すことだけである。

 それが根本的な解決にはならないと、常日頃から自覚しているその事実が再び身に染みて、彼女は強く拳を握りしめたが、その右手は侑には見せなかった。


「でも、僕はあの時、こう言ったんです。

『仕方ないよ』と。

『それが司法なんだから、仕方がないよ』と。

 すぐ、志帆からビンタされました。そのまま2階に上がっていく彼女の背中が、僕の最後に見た姿でした。

 1週間後に彼女は首を吊りました。あの1週間、志帆は僕のことを恨んでたことでしょう」


 そんなことないですよ、とサキは言いかけてやめた。まだ彼は心の中の全てを出し切っていないのだから。サキュバスだから欲求不満とかには敏感なのだ。


「人生には、必ず怒らなければいけない時があると、火葬場に運ばれる志帆を見て気づきました。あの猫の時も、今も。人生の怒りどころを全て取りこぼした僕が、冷たい生き物だとわかって、全部が嫌になったんです。

 まあ、結局全部嫌とか言っときながら、こんなふうに社会的な人間として生きてきたのも、僕の僕が嫌なところですよ」


 アイスコーヒーの氷が溶け、カランとグラスが鳴った。


「僕が帰省していた時に犯人は謝罪に来ました。母が彼を殺したのはその半月後だったので、隣県でアパートを借りていた僕は電話口でそのことを聞きました。

 僕はそれを聞いて、胸がすく思いがしたんです。電話が切れてから、僕は笑いました。僕の心にも、怒りがあったのです。復讐の達成という他人話が隙間風となって、怒りの炎をなぞって姿を明らかなものにしたのです。

 そして理解しました。この炎はこの程度では消えないと、7年触れずに温めた熱は僕ひとりではどうしようもないほど熱いものだと。

 ……サキさん。あの時、僕、墓石に何かかけてましたよね。あれ、実はメチルアルコールなんです」


 墓に酒をかけるのは故人に酒を呑ませるということだと人間社会に馴染みたいサキは知っていて、メチルアルコールを飲むと失明する恐れがあることを拷問のための情報収集を欠かさないサキは知っていた。


「きっと僕の心の熱は間違った方に燃えている……分かってるんです。でも、もう自分でも止められなくなったんです。僕は情のない人間ではない、つまらなくてみみっちい自分を押し込めただけの、矮小な人間だったんだ。

 ……すみません、こんな独りよがりな話しちゃって。忘れてください、この話も、僕のことも」


 そう言うと侑は財布から2000円を取り出し机の上に置いた。


「それでは」


 立ち上がり、背を向けて歩き出す侑。それを見たサキはほぼ反射的に手を伸ばしていた。肩を掴まれた侑は振り向いて、潤んだ目をしたサキと目が合った。


 これより先、何が起こったかについては読者の想像に任せることにする。なぜならここから先は番外編の盤すらも越えた盤外編であり、ここはただの番外編。語るにはあまりにも冗長すぎるのだ。


 絶対改心ドS調教シスターエピソード5「復讐の殺しは譲れても、罪を肉親に着せるのは許せない! シスター・サキ、怒りと涙のドドドドS喉責めで肛門開通」へ続く

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