第9話 挨拶・2 ワインと名刀


 とりあえず、カゲミツ、アキ、マツ、クレールの名乗りは終わった。


 しかし、カゲミツはまだ何かある、と察している。

 ここで、鋭敏になったカゲミツの勘が働き出す。


「カゲミツ様。お父上、とお呼びしてもよろしいでしょうか」


「マツ様のようなお美しい方に父と呼ばれるなど、この私も光栄です。

 クレールさんも、どうぞ私めを父と呼んで下さいますか」


「お父上。ありがとうざいます。

 どうぞ、私めもマツとお呼び捨て下さい」


「お父様! ありがとうざいます!

 私もクレールとお呼び捨て下さいませ!」


「ところで・・・本日は、マツさん、クレールさん、そちらのホルニコヴァさんと・・・先程の、シズクさんと、執事の方で?」


「はい」


 カゲミツは察知している。

 この部屋を、何者かが見ている。忍か。

 クレールが何者かは知らないが、おそらく貴族・・・

 この忍はどちらか、または両方の護衛だ。


(ふふん、こっちも驚かされたんだ。少し驚かせてやるか)


「ふむ・・・に、しては・・・」


 気配を感じる方に、ちらちらと目を向けて・・・


「・・・随分と客が多くみえますが!」


 大声で、カゲミツ以外の全員がびく! と身をすくめる。

 にやり、とカゲミツが笑う。


「ふふふ・・・随分とお供が多いようで」


 は! と、クレールが慌てて、


「す、すいません! 私の家の者です!

 いつも一緒にいるものですから、うっかり・・・

 お父様、申し訳ありません・・・」


 しゅんとして、下を向くクレール。


「いえいえ・・・身分のある方であれば、普段一緒にいるのも当然ですから・・・

 まあ、この通り貧乏道場の平民ですので。

 そういう暮らしに気付かなかった私も悪い。お許し下さいますか」


 すぅ、と息を吸い込む。


「どうぞ皆様! お気遣いなく!」


 しーん・・・


 クレールは下を向いたまま、驚いていた。

 今まで、レイシクラン家の忍が見つかったことはなかったのに・・・


「・・・すみませんでした・・・」


「いえいえ。お構いなく。皆様にもどうぞおくつろぎ願いたい。

 ははは。皆様、なかなかの腕の方のようで」


「・・・はい・・・」


 カゲミツは気配が消えていくのを感じ、にやりと笑う。


(くくく。やってやったぜ!)


 空気を察した執事が、廊下から声を掛ける。


「カゲミツ様。ささやかながら、我らからの手土産がございます。

 どうか、お受け取り願いますか」


「いやそんな・・・わざわざ、用意して下さいましたか。申し訳ありません」


「順を違えて申し訳ありませんが、こちら温度が変わると味が落ちてしまいますもので・・・まず、お嬢様、クレール様より。当家自慢のワインを」


「ワインですか。これはこれは。私、酒には目がありませんので。ありがたく」


(ふん。貴族の奴らは何でもワインだな)


「さ、どうぞ、お味見を」


 執事が用意していたワイングラスに、土産のワインを注ぐ。

 ふん、と思いながら口に入れる・・・


「ん?」


 このワイン、どこかで飲んだことがあるような・・・

 安物ではない。そこそこ高いはずだ。

 だが、どこかで・・・


「このワインは・・・」


「当レイシクラン家の自慢のワインでございます。

 カゲミツ様のお口に合いましたら、我らも光栄でございます」


 レイシクラン。

 はて? どこかで聞いたような・・・

 待て。これは危険だ。何か危険なワインだ・・・


「・・・」


 グラスをじっと見つめるカゲミツ。

 毒ではない。

 だが、何か危険だ。


「お父様、このワイン、うちの葡萄で作ったものなんです!

 レイシクラン自慢のものなんです! いかがでしょう!」


「ええ、実に美味しい。素晴らしい香りです」


 レイシクラン?

 ワイン?


「・・・レイシクランの、ワインですか・・・」


 『当家』『うちの葡萄』と言ったか・・・?

 レイシクラン。思い出した・・・魔の国でも屈指の大貴族だ。

 つー、とカゲミツの頬を汗が落ちていく。


「こちらが、クレールさんの家で作られているワインですか。ううむ・・・ありがたいことに、ウチの道場には貴族の方々にも足を運んで頂いておりますが、これほどの逸品を頂いたことは、ありませんでした」


(あの女たらしのバカ息子が・・・姫の次はレイシクランだと!

 魔王の姫だけでは飽き足らず、レイシクランまでたらし込むとはな・・・)


「おや、カゲミツ様。汗が。どうぞこちらを」


 執事がハンカチを差し出す。

 表情は笑っていないが、目が笑っている。

 完全に踊らされている・・・

 マサヒデの野郎!


「カゲミツ様。こちらは、マサヒデ様よりお預かりして参りました」


「マサヒデが? これは・・・刀、か・・・マサヒデが・・・

 客人の前で申し訳ありませんが、ちと見せてもらってもよろしいでしょうか。

 私、刀剣には目がないものでして」


「はい。お父上が刀剣にご興味があると、マサヒデ様が町中を走り回ってお探しになっておりました」


「そうでしたか」


 さらりと袋を開ける。

 桐箱・・・刀だ。

 蓋を開けて、手が止まった。


「!」


 これは、名刀!?

 誰の作だ!?

 どこから、どうやって仕入れた!?


 立ち姿が違う!

 醸し出す空気が違う!


 手に取ろうとして気付く。

 ・・・紙だ。

 手に取ってみると、何か書いてある。


 『ラディスラヴァ=ホルニコヴァ様の御父上作。名はまだなし。されど名刀也』


 マサヒデの字。

 名はまだなし。されど名刀・・・


「・・・ホルニコヴァさんと申しましたか」


「は」


「これは、あなたのお父上が?」


「はい」


「抜いてみても?」


「カゲミツ様のものでございます」


「・・・」


 桐箱から取り出し、ゆっくりと抜いてみる・・・


「・・・これは・・・」


 幅は広め。反りは浅い。切っ先がやや大きめだ。

 小垂れごころの、広めの直刃の刃文。

 地金が細かく泡立ってきらきらと輝いている。


 マサヒデに与えたものと特徴は似ているが、これは格が違いすぎる。

 まさに名刀だ・・・


「うーむ・・・」


 唸ってしまった。

 まさか、このような名刀が、オリネオの町にあったとは。

 しかも、打った刀工がいる。そのような話は聞いたことがない。

 市井に埋もれていたのか・・・


「ホルニコヴァさん・・・素晴らしい作だ・・・

 ううむ、名がないのが信じられない・・・」


「父をお褒め頂き、ありがたく」


「機会があれば、是非あなたのお父上ともお会いしてみたい・・・素晴らしい!」


「お言葉、ありがたく。父も喜ぶかと存じます」


「むう・・・」


 一体、いくらしたのか。

 嫁の金で買ったのか?


「マツさん。マサヒデは、これをいくらで買ったのかご存知で」


「金貨249枚でございます」


「え!?」


 驚いてマツを見る。


「ホルニコヴァ様は、マサヒデ様の旅の友として、金貨249枚で。

 ホルニコヴァ様のお父上は、私が打った刀は我が子も同然。ならば同額で、と」


「そうでしたか・・・私が打った刀は我が子も同然、と・・・」


 ううむ、と唸って、改めて刀を見る。

 とても金貨249枚などで買える物ではない。

 100倍でも・・・いや、金を積めば買えるような作ではない・・・


 打った刀は我が子も同然。

 一流、いや、それ以上の刀工しか、口に出来ない言葉だ。

 二流、三流が言っても、ただの恥。

 この刀を打った人物は、十二分に口にすることが出来る。


「・・・」


 カゲミツはすーっと刀を鞘に収めた。

 正に、名無しの名刀。

 これはマサヒデに、いや、刀工ホルニに一本取られた。


 しかし、このままでは、マサヒデ側にやられてばかりだ。

 何とかもう一本取らなければ・・・

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