第7話 出発の朝・3


 同刻、トミヤス道場。

 道場に、門弟全員が集められた。

 仁王立ちのカゲミツの前に、ずらりと並んだ門弟たち。

 

「よし、全員聞け!

 昨日いた奴は知ってると思うが、今日の昼過ぎ、偉い人が来る!

 ちょっと訳ありで教えられねえけど、とにかく偉い人だ!

 

 というわけで、今日は稽古は休み・・・と行きたい所だが!

 なんとあのバカ息子が、この偉い人に口を挟みやがった!

 

 随行に、マサヒデのお友達が着いてくる! それも魔族! 鬼族だ!

 このお友達が、今回、うちの稽古に参加したいそうだ!」


 おお、と声が上がる。

 鬼族と言えば、魔族の中でも極めて少数ながら、屈強頑健で多くの武術家を排出する種族で有名だ。

 門弟達も、なんとあの鬼族が! と驚きの声を上げる。


「棒術使いで、すげえ力と磨かれた技を持ってるらしい!

 あのバカ息子からの計らいってのは気にいらねえが、せっかくの機会だ!

 本物の鬼にバシバシ鍛えてもらえ!

 もしお前らに出来るなら、逆に叩きのめしてやれ!

 トミヤス道場の強さを見せてやれ!」


「はい!!」


「俺は客人の相手で道場に来れねえかもしれねえ!

 だから今のうちに言っておく!


 到着の予定は昼過ぎだ! 馬車が来たら、いつも以上に気合入れろ!

 もしかしたら、その偉い人ってのも、覗きにくるかもしれねえ!

 下手すると、この道場が吹き飛ばされちまうってくらい偉い人だ!

 そんな人に情けねえ稽古姿を見せるな!

 それこそ死ぬ気で稽古しやがれ! 分かったか!」


「はい!!!」


「よし!

 全員、昼までは軽くにしとけ! 体力をしっかり温存させておけ!

 客人が到着したら、それこそ死ぬ気で稽古開始だ!

 気合を入れろ! 腹から声を上げろ!

 鬼を叩きのめすつもりでいけ!!」


「はい!!!」


「すまねえけど、俺はこれから、客人のもてなしの準備をしないといけねえ!

 今日は顔を出せねえかもしれねえが、お前ら、この道場を頼むぞ!

 情けねえ姿を見せて、トミヤス道場をなくさないでくれ! 守ってくれ!

 頼む! 気合を入れて、道場を守ってくれ!」


 口こそ悪いが、カゲミツがこれほど真剣に「頼む」「守ってくれ」などと言ったことはない。

 剣聖・武聖と言われるほどの人物から「頼む」「守ってくれ」と言われたのだ。

 それほどの危機が、今、この道場に迫っている。

 門弟達の目に火が入った。


「はい!!!」


「よし! 本日の稽古、開始! 客が来るまでは軽くだぞ!」


「はい!!!」



----------



 がらがらがら、と小さく揺れながら進む馬車。


「マツ様! マサヒデ様のお父様やお母様って、どんな方なんでしょうね!」


「聞いた所によると、お父上はそれこそ『豪放磊落』を絵に描いたような方らしいですよ。道場には貴族の方々も多いから、皆さんのご家族もよく挨拶に来られるらしいですけど、全然態度が変わらないんですって」


「へええ・・・お父様って、剣聖って言われてても、身分は平民なんですよね?」


「ええ。そうですよ。ですけど、御前試合にもよく出られて、陛下ともお知り合いらしいです」


「すごいんですね・・・お父様って・・・」


「でも、そういう所がマサヒデ様の『みんな一緒に』っていう所に影響されたんでしょうね」


「ああ! なるほど!」


「マサヒデ様は礼儀正しい振る舞いをなされますけど、お父上は・・・

 その何と言いましょうか、粗暴というか。荒っぽいというか。

 そうそう、シズクさんのような感じらしいです」


「そうなんですか? 何か想像出来ませんけど・・・もしかして、陛下にもこうやって『よう王様! ご苦労さん!』とか言ってるんでしょうか?」


 こうやって、とクレールがしゅたっと手を挙げる。


「うふふ。そうかもしれませんね。

 でも、口も悪くて態度も大きいけど、すごく、心が広くて優しい方なんですって。      

 道場には、身分問わず門弟の方がいらっしゃいます。大小の貴族から平民まで。

 皆さん、あの心に惹かれてる所があるからなんですって」


「へえ・・・」


「お母上は、私が聞く限り、それこそ良妻賢母の見本という方ですね」


「良妻賢母の見本、ですか」


「ええ。忙しいお父上をいつも影から支えて・・・

 世界中に名の知れた方を夫としているのに、飾らず奢らず。

 質素で、村の方々とも仲が良くて・・・いつも一歩引いてて。

 でも、お客様の前で、態度の悪いお父上を嗜める、なんてこともあるそうです」


「私も、そういう妻になれるでしょうか?」


「なれますとも」


「お母様を見本に頑張ります!」


「くす。そうですね。私達も頑張りましょう」


 2人の話を聞きながら、執事は割れ物を取り扱うように、魔剣を抱いていた。



----------



 こちら、後ろの馬車。


「・・・」


「・・・」


(気まずい)


 殺気こそないが、ぎすぎすした空気の中、馬車が進む。

 会話が少ない。


 カオルもシズクも黙り込んで、じっと相手を見ている。

 目つきに殺気はないが、柔らかいものではない。

 ラディも黙っているが、自分の言葉の少なさをこれほど悔いたことはない。


「・・・あんた、まだ降りないのかい」


「まだです」


「・・・ふーん・・・」


「・・・」


 一応会話はあるが、ずっとこんな感じだ。

 ラディがじりじりとした時間をずっと我慢していると、カオルが口を開いた。


「ところで」


「ん?」


「シズクさんは・・・服は?」


「ああ、私は道場の方に行くだけだから、訓練着だけだよ。

 得物も飾りさ。さすがに無手で得物は貸してねってのもね。

 運が良ければ、マサちゃんのお父さんに稽古つけてもらえるかもね、て感じ」


「ふっ・・・」


 カオルが見下すように笑う。


「? 何か変かな?」


「いいえ」


「???」


「まあ、カゲミツ様にお目通りが叶うと良いですね」


「だね! とんでもなく強いみたいだから、会ってみたいよね!」


「・・・」


「あんたも仕事柄、人前でってのは難しいかもだけどさ、何とか立ち会ってもらえたら良いよね」


「ふふふ。私は別で立ち会いを行いますので・・・」


「忍の技がどこまで通用するかって?」


「ええ」


 シズクが心配そうな顔をする。


「なあ・・・本当にそれやるのか?」


「やります」


「もしバレて、そこだー! とかやられたらどうするんだよ・・・

 マサちゃん、きっと泣くよ・・・」


「・・・」


「なあ、やめときなよ。せっかくマサちゃんが誘ってくれたけど・・・

 危ないと思うよ・・・」


「・・・危険は承知の上です。

 シズクさん。私、ご主人様からこの話を頂いた時、身が震えました。

 このような機会、生涯で二度とないでしょう」

 

「・・・」


「ここで、もし失敗した上に命を落とすようなら・・・

 所詮、私はその程度であった、ということ。

 ご主人様の旅に同行するなど、とても務まらないでしょう。

 今の私の技、どこまで通用するか。しかと確かめたく思っております」


「・・・そうかい」


「そうです」


「マサちゃんを泣かせるんじゃないよ」


「そんなことはしません」


「絶対だよ」


「当然です」


「ならいいよ。あんたも頑張りなよ」


「ふっ・・・あなたも頭をかち割られないように頑張って下さいね」


「ははは! それもそうだけど、門弟さん達の頭、割っちゃわないように気を付けないとね!」


「道場も壊さないで下さいね。ご主人様に注意されたのですから」


「分かってるよ! あ、うーん・・・でも・・・」


「でも?」


「いや、もしね、カゲミツ様と手合わせするようなことになったら、ちょっと分かんないかも」


「それは大丈夫かと」


「なんで?」


「ふふふ。壊す前にあなたが倒れますよ」


 カオルは煽ったつもりだったが、意外にもシズクは下を向いてしまった。


「・・・それは・・・そうかもしんない・・・

 マサちゃんが10人いても、一撃も入れられないって言ってたから・・・」


「それほどまでに強いと仰られたのですか?」


「うん」


「・・・剣聖とは、そこまで強いのですか・・・

 私達は、ご主人様にも、手も足も出ないというのに・・・」


「でもさ・・・もしその強さ・・・直に見れたら・・・良いよね・・・!」


「・・・はい・・・!」


 2人の目に静かな炎が見える。

 少しだけまともな会話になって、やっとラディは安心した。

 安心すると、ラディもうきうきしてくる。

 剣聖の秘蔵の逸品、見せてもらえるか・・・!

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