第36話 真剣勝負 カオル対シズク・3


 ゆっくりと、シズクが近付いてくる。

 痛みが酷すぎるせいか、左腕の痛みが鈍い。

 ひどく視界が回る。


 離れなければ。

 ゆっくりだ。シズクは、もう速く動けない。

 立って、離れられれば、私の勝ち。


「・・・うぁ?」


 かく、と膝が抜けて、落ちる。

 立たねば・・・立たないと・・・


「私の、勝ちだ」


 シズクが近くに来てしまった。


「あっ・・・」


 目眩のせいで、シズクが斜めに見える。


「はあー・・・はあー・・・あー」


 死ぬ。

 どん、と手が降ろされた。

 拳でもなく、ただ、手が落とされただけ。


「?」


 シズクが万歳をしたような格好で、うつ伏せに倒れている。

 シズクの手が、足に乗っている。

 足に・・・


「・・・あっ・・・あっ・・・」


 膝が抜けて、落ちて、シズクが来て、倒れて・・・そして・・・

 右足が、シズクの手で、へこんでいる。

 太腿と、足首が潰れている。


「あ、あ、ああ・・・ああ!」


 潰れた右足から、どくどくと血が流れ出ている。

 痛みを感じない。

 身体が震える。


 シズクが、ゆっくりと、身体を仰向ける。


「・・・へっ・・・へへっ・・・」


 勝った。足を潰した。

 ぼやけた視界で、ゆっくりと手を伸ばす。

 どこでもいい。握れば、勝ち。

 叫んでる。

 勝てる。

 手を上げている。もう、遅い。


「わあー!」


 カオルが声を上げる。

 もう一本。

 背中に隠した、もう一本。

 一本は取らせ、隠し持ったこの一本で、と用意した小太刀。

 右手で抜く。

 動けない。足は抜けない。流れる血。これが最後!

 砕けた左手を柄に乗せ、思い切り体重をかけて、顔に!


「かっ・・・」


 シズクの手が、首に当たる。

 思い切り体重を乗せて突っ込んだ所に、首に、シズクの手。

 ぐっと息が止まり、頭が揺れる。

 気を失う瞬間、火傷でザラザラになった、シズクの手の平の感覚。


(ご主人様・・・)


「・・・もらったよ・・・」


 気を失ったカオルの小太刀が、真っ直ぐ落ちてきて、顔の横に突き刺さる。

 とすん、と音だけ聞こえた。

 もう何も見えない。

 火傷で痛む手に、カオルのどこかを掴んだ感触。

 動いていない!

 私が勝った!


(救世主と、旅に・・・)


 シズクの意識も、消えた。



----------



 シズクの手がカオルの足に落ちた時、マサヒデはラディに声を掛けた。


「ラディさん。走って」


 ぱっとラディが立ち上がり、2人の元に走る。

 トモヤとクレールも走る。


 マサヒデはゆっくり立ち上がり、静かに歩いて近寄る。


(お見事)


 トモヤがシズクの腕を肩で持ち上げ、ラディが出血しているカオルの足を治す。

 クレールも泣きながら、シズクの顔に手を当てて治している。


 カオルはシズクの手にもたれかかるように首を乗せ、気を失っている。

 首は折れていないが、喉が少し潰れているか。

 マサヒデはカオルの背中に回り、そっと上体を寝かせた。

 見開いたまま気絶したカオルの目を、そっと閉じる。


「クレールさん、カオルさんの喉、次に腕。

 ラディさん、シズクさんの火傷、顔から。肩は後で」


「はい」


「はい!」


 火傷でボロボロになったシズクの顔が、ラディの治癒魔術で治っていく。

 クレールの治癒魔術で、カオルの砕けた骨が治っていく。


「トモヤ、背中だ。ひっくり返す」


「おう!」


 2人がかりでシズクを転がそうとしたが、持ち上がらない。


「クレールさん、土の魔術で下から押し上げて。風では無理です。

 全体でなく、こちら側だけ持ち上げて。

 ラディさんもお願いします。浮いた所に膝を入れて」


 クレールが土の魔術で押し上げた所に、ラディにも手伝ってもらい、3人が何とか膝を入れて、やっと転がす。


「こんなに・・・!」


 火傷は深く、べたついた火傷の中に、砂が入り込んでいる。

 ラディがシズクの背中に手を当てて、火傷を治す。

 火傷はすぐに治ったが、呼吸が変だ。喉が鳴っている。

 火を吸い込んだか。


「ラディさん、火を吸い込んだようだ。呼吸が変です。喉か肺。治せますか」


「はい」


 シズクの口にラディが手を当てると、少しして呼吸が落ち着いた。

 2人とも傷は治ったが、限界まで戦ったせいだろう。

 気を失ったままだ。


「ま、マサヒデ様!」


「大丈夫です。気を失っているだけです。さあ、担架を借りてきて運びましょう。

 これで、終わりです」



----------



 念の為に医者に診てもらったが、気を失っているだけで、2人とも無事だった。

 クレールがベッドの側の椅子に涙目で座り、マサヒデ、トモヤ、ラディの3人は立って見ている。

 2人はすうすうと寝息を立てて眠っている。


 マサヒデは医者にペンを借り、懐紙に

 『此度は相打ち。お二方、お見事』

 とだけ書いて、きゅ、と軽く結び、2人の枕の横にあるテーブルに置いた。


「・・・さあ、行きましょう。ゆっくり休ませてあげましょう」


 クレールが涙目で立ち上がり、4人は治療室を後にした。



----------



 ロビーで、マツモトが待っていた。

 無言でマサヒデを見つめ、目礼する。


「・・・見事な勝負でした」


「そうでしたか」


「二人共、助かりました」


「そうでしたか」


「目覚めるまで、治療室で寝かせてやっても良いですか」


「もちろんです」


「ありがとうございます」


 マサヒデが頭を下げると、マツモトも頭を下げた。

 顔を上げると、マツモトは治療室の方を見ている。


「・・・では、また来ます」


「はい。それでは」


「失礼します」



----------



 ギルドの入り口を出て、トモヤが話し掛けてきた。


「のう、マサヒデ」


「なんだ」


「見事な勝負であったの」


「ああ」


「お主の言う通りじゃった。ワシの覚悟は、出来てなかったの」


「お前がそう思うなら、そうなんだろうな」


「・・・ワシは、ここで降りる」


「そうか」


「じゃがの! ワシはマサヒデが勇者になる所も見たい!

 じゃから、ワシが荷物番じゃ! 付いていくぞ!」


「助かる」


「そうじゃろう! わはははは!」


「ふふふ」


「・・・のう、あの2人、入れるんじゃろう?」


「うむ」


「ふふふ・・・さてはマサヒデ。お主、ワシを降ろさせる為に呼んだんじゃな? ここまで女好きであったとはの」


「ふふ、さあな」


「・・・アルマダ殿にきつく言われた。絶対に見るべきじゃと」


「・・・」


「アルマダ殿にも、ワシの覚悟の無さが見えておったんじゃな」


「かも、しれんな」


「では、ワシはあのあばら家に戻る。また、遊びに来ても良いか」


「ああ」


「ではの!」


 トモヤは手を振って去って行った。

 大きな背中を見送っていると、背後から声がかかる。


「マサヒデさん」


「ラディさん」


「私、見ました」


「・・・」


「最後まで見ました」


「どうでしたか」


「マサヒデさんが、言った事、分かりました」


「そうですか」


「お二人の、生き方と、命、見ました」


「そうですか」


「私は、剣を打ち、名を残したかった。

 でも、治癒師になって良かった。治癒師の方が、良かったです」


 つー、とラディの目から一筋、涙が流れた。


「そうですか」


「呼んで下さって、ありがとうございました」


「こちらこそ、助かりました」


「また来ます」


「ありがとうございました」


「では」


 頭を下げ、ラディも去って行った。


 クレールだけが、無言で着いてくる。

 玄関に手を掛けた時、クレールが、ちょん、とマサヒデの裾を引っ張った。


「どうしました」


「・・・」


 クレールは俯いている。


「・・・」


 マサヒデはクレールの言葉を待つ。

 少しして、クレールは喋りだした。


「・・・マサヒデ様。私、やっぱり覚悟が出来ていませんでした。マサヒデ様に告白されて、でも、マサヒデ様は私よりずっと命が短くて、それでも私をって。私も、それでもって。それだけで、覚悟が出来てたつもりでした」


「はい」


「でも、今日お二人の勝負を見て、思いました。

 マサヒデ様の言われた通り、武人の妻になるって、まだ覚悟がいるって。

 私、嬉しいだけで、見えてなくて、ちゃんと覚悟が出来てなかったんですね」


 クレールが顔を上げた。

 いつもと目の力が違う。


「そうです」


「マツ様も、こういう覚悟、出来てるんですね」


「ええ」


「あ、あの」


 マサヒデはこくん、と頷く。


「・・・じゃあどうして、マツさんを見届人にしなかったかって、思ってますね」


「はい」


「もし、あの立ち会いに私が立っていたら、マツさんは私を止めませんでした。

 マツさんは、私の死・・・斬り合いでの死を、覚悟しています。私の妻だから。

 でも、他の人が立ったら・・・仲間とか、友人だとか。

 いくら蔑まれようと、止めてしまう。そういう人なんです。

 ふふ、何か、不思議ですね。すごく怖い所もあるのに、すごく優しい」


「・・・」


「クレールさんも、止めようとしましたね」


「はい」


「でも、今は覚悟が出来た。強い目だ。

 今までだったら、あなたは必死に私を止めようとしたでしょう。

 ですけど、もう、あなたは私が勝負に立つ、と言っても止めないでしょう。

 でも、やはりカオルさんとシズクさんが、と言ったら、止めてしまうでしょう。

 あなたも、すごく優しいから。

 ほら、マツさんと同じだ」


「・・・」


「あなたも、武人の妻になってくれた。

 とても優しい、でも、すごく心が強い、武人の妻」


 そっとクレールの頭を抱く。


「偉そうなこと言って、すみません」


「いいんです。私が子供だったんです」


 しばらく、そのままクレールの頭を抱いていた。

 クレールの髪は、優しい香りがした。


 そっとクレールの頭から腕を外すと、クレールはマサヒデを見上げた。

 いつものキラキラした目に戻っている。

 マサヒデは軽く笑顔を浮かべた。


「さあ、マツさんも心配してます。2人の無事を知らせてあげましょう」


「はい!」

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